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第28話 禍室・7(縁)~少しの間だけで良かった~


 苑が倒れた数日後、ひと月半ぶりに里海は「禍室」を訪れた。


 縁はいつも通り、禍室が「客」を迎える装いをし、手をついて「客」を迎える口上を述べたが、その声はいつもよりずっと小さく震えを帯びていた。

 里海が「客」の口上を述べると、縁はすぐに顔を上げ里海に食ってかかるように言った。


「里海、苑は? 苑はどうしているんだ?」


 自分に必死の表情でしがみつく縁の顔を、里海は驚きと微かな胸の痛みを持って見た。

 いつも傲慢で横柄な縁が、こんな表情を里海に見せるのは初めてだった。


「苑さんは病院に運ばれたよ。意識は戻った、って聞いたからね。大丈夫じゃないかな」

「本当か? 本当に大丈夫なのか? お前、会ったのか? 苑に?」

「会ってないよ。病院に運ばれてしばらくは、家族以外は誰も面会できなかったんだもの」



 その日の午後、苑はいつものように庭で花の世話をしていた。

 縁は夕食の準備をして待っていたが、いつまで経っても苑が戻ってこないため、庭に呼びに出た。そこで倒れている苑を見つけた。

 最初は熱中症かと思い、家の中に運び涼しい場所に寝かせて体を冷やしたが、一向に意識が戻らない。慌てて世話係を呼び、医者を呼んだのだ。

 病院でも理由がよくわからず、意識が戻らずただ徐々に体が衰弱していく。治療と言っても点滴を打って、様子を見ているだけだ。


「何で、何なんだよ。あいつ普通で元気だったのに。何か病気だったのか?!」


 叫ぶ縁の顔を、里海は奇妙な表情でまじまじと見つめた。

 やや躊躇ったのち、思い切ったように口を開く。


「縁……君、苑さんに『穢れ払い』をしなかったの?」


 里海の言葉に、縁は虚を突かれたように目を見開いた。

 何か理解出来ないものでも見たかのような顔つきで里海の顔を凝視する。

 二、三度、口を開き、口を動かしただけでまた閉じるという動作を繰り返した。

 里海はその縁の反応を見たあと、俄かには信じられないと言うように呟いた。


「……していないのか。驚いたな」


 里海は、蒼白い顔をして言葉を失っている縁の顔を首を傾けてジッと見つめた。


「一体君は、何のために苑さんをここに来させて、一緒に暮らしていたの?」


 縁は里海の体から手を放し、呆然として目の前の宙を眺めた。


「『穢れ払い』って……。そんなの……迷信だろ……」

「僕もそう思っているよ」


 里海は、抜け殻のように体を弛緩させている縁を痛ましそうに見る。


「ただ、当主は……苑さんの父親は、そう思っていなかったみたいだから」


 里海の言葉に縁は顔を上げた。その瞳に浮かぶ何かを見るのが辛く、里海は視線をそらした。


「何て言っていたんだ……? あいつの父親は……何て?」


 縁は黙っている里海の肩を掴み、激しく揺さぶった。


「何て言ったんだ! 里海! 答えろよ! 里海!」


 里海は縁の顔から眼をそらしたまま、呟くように言った。


「……()()()、って」

「呪毒……?」


 縁は瞳を大きく見開いた。


(あなたは、私よりもずっと呪毒が強い)

(数え切れないくらいたくさんの人たちがあなたに焦がれて、切望して、あなたという室に囚われる。そうしてたくさんの穢れをあなたの中に残すでしょう)


 里海の肩を掴んでいた縁の手から力が抜け、ぶらりと下に垂れ下がった。

 俯いたまま、感情のない声で呟く。


「俺が……あいつにとって、毒だったっていうことか……」


(穢れは『神』の一部でありながら、分離していなければならないものだ)

(つまり『禍室』が在り、しかも『神』から離れていることによって、『神は成立している』)


「俺がいることも、俺が話すことも、俺が触れることも、俺が作った飯も、俺があいつのためにしてやることは全部、全部、あいつにとっては『穢れ』で毒なのか」

「この家も『禍室』だからね。『穢れ』が重なったんだろう」


 里海は迷うようなあやふやな口ぶりでそう言った。

 縁は里海の言葉など、耳に入らないかのように呟いた。


「あいつと寝ればよかったのか……。そうすれば……そうすれば、こんなことにはならなかったのか……」

「僕はてっきり……。それが君の『復讐』なんだと思っていたよ……」

「そんなこと……出来るわけないだろう!」


 縁は激昂して、言葉を床に叩きつけた。

 それから全身を握りつぶされる苦痛を味わっているかのように、かすれた声を唇から落とす。


「あいつはいつか外に行くんだから……」

「縁……」


 里海は俯いている縁の肩に、宥めるように手を置いた。俯いた先にある床は、流れ落ちてくる水滴で濡れていた。


「側にいて……呼んだら応えてくれるだけで……それだけで良かったんだ……」


 縁は声を震わせながら呟いた。


「それだけで……幸せだったんだ。あいつが俺に応えてくれるだけで……少しの間、そうしてくれるだけで……」


 里海は縁の震える細い体を抱きしめた。


「……わかるよ」


 縁は里海の体にしがみつき、声を殺して泣き出した。



★次回

神さまと暮らすルート

「第30話 禍室・8(縁)~俺の神さま~」

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