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第27話 禍室・6(縁)~神さまと暮らす~

 1.


「どういうつもりなんだい?」


 何日かぶりに「禍室」を訪ねてきた里海は、テーブルを挟んで向かいの椅子に半ば寄りかかるような姿勢で座っている縁に向かって言った。

 昼間の明るい時間にこの家を訪ねたのも、リビングに……「室」以外の場所に通されたのも初めてだった。

 縁はうるさそうに眉をしかめた。


「どうもこうもない。俺は休みの間は、苑と暮らすことにしたんだ。禍室の最も大事な務めは、本家の『神さま』の穢れ払いだ。『神さま』っていう上客が来ている間は、他の『客』はぜんぶ門前払いだ。理にかなっているだろう?」


 縁は里海のほうを見ようともせずに、素っ気なく言った。

 里海は、なおも食い下がる。


「それは別にいいさ。他の『客』が遠ざけられるのは、むしろホッとしているよ。でも……」


 里海は気のなさそうな顔をしてソファーに寄りかかっている、縁の顔を観察するように視線を向けた。


「縁、君が苑さんに僕との婚約を取りやめるように言ったんだろう?」


 縁は一瞬、里海のほうに目を向け、また目をそらした。


「だったら、何だ?」

「言ったよね? 僕が苑さんと婚約したのは、本家の当主になって君をここから救い出すためだって?」


 縁は馬鹿にしたような笑いを浮かべて、里海のほうを向いた。


「『救い出して』? 救い出して、どうするんだ? お前に囲われるのか? それならここにいたほうがマシだ」


 里海は一瞬黙ってから言った。


「『客』の中には、君にとって耐えがたいことを強いる人だっているんじゃないの?」


 強張った縁の表情を探りながら、里海は言った。


「少なくとも僕は君を愛している。君にとって不本意だとしても」


 里海が口調を強くした瞬間、縁は荒々しく目の前のテーブルを足で蹴った。

 光線の加減で青みがかって見える瞳は、抑えきれない憤怒で冷たく燃えていた。


「『客』なんて、どいつだろうと同じだ。人のことを物みたいに品定めして、好き勝手扱いやがって。

 里海、お前、自分だけが違うとでも思っているのか。俺にとっては、お前も他の汚い親父たちも同じだ。どいつもこいつも絞め殺してやりたい。下衆野郎が!」


 里海はナイフで切りつけられたかのように顔を歪めた。その表情を縁に見せまいと、急いで顔を伏せる。

 ややあって、絞り出すような声音で呟いた。


「縁……僕は、君が苑さんを、『神さま』を恨んでいるんだと思っていた。ずっと憎んでいたんだと」


 縁の目の中に、波紋のように苛立ちが広がる。

 縁は吐き捨てるように言った。


「ああ、そうだ。だからこうやって、あいつを閉じ込めていいようにしているんじゃないか」

「閉じ込めて? いいようにしている? このおままごとが?」


 里海は嘲るように叫んだ。

 口調とは裏腹に、顔は強い苦痛を耐えているかのように真っ青だった。


「ここに入るとき、庭で苑さんに会ったよ。婚約を止めたことを謝られたけれどさ、鼻唄を歌いながら花の世話なんかしちゃって、楽しそうだったな」


 里海は背けられた縁の端整な横顔に、刺すような眼差しを向けた。


「良かったじゃないか、縁。君の大好きな神さまも、このお遊びが気に入ったみたいで」


 目を合わせようともしない縁に、里海は半ば嘲るように半ば訴えるように言った。


「君はこういうことを夢見ていたんだろう? 君の神さまがいつも側にいて、一緒にご飯を食べて、疲れたら一緒に眠って、たまに喧嘩して仲直りして楽しく幸せに暮らす。でも、それは一時のものだよね? 苑さんには自分の人生があるし、君はそれについていくわけにはいかない」


 里海は抑えても抑えきれないかのように、悪意が滲み出る声で言った。


「それともついていくの? 今までのことを全部苑さんに話して、寝床のこと以外、何も知らないし何も役にも立たないけれど、一緒になってくれって頼むの?」


 縁は大きく目を見開き、里海の顔を凝視した。

 その顔を見て、里海は自分が言うまでもなく、それは何千回と縁が自身に問いかけてきた答えのない問いかけなのだ、ということがわかった。

 その問いの出口のない息苦しさを想像して、里海は言葉を失った。


「帰れ」


 縁はひどく静かな、感情の映らない瞳で里海を見つめ、呟いた。

 その眼差しの静けさに気圧されたかのように、里海は目を伏せた。後悔が寄せてくるさざ波のように、胸を震わせた。


「……ごめん」

「帰れ」


 縁は繰り返した。


「二度と来るな」



 2.


 夕方、庭仕事を終えて道具を片付けると、苑は家の中に入った。 

 二階のリビングに上がると、縁がソファーに座って窓の外を眺めていた。


 縁は、苑の気配に気付いて振り返り、「座れ」というように自分の横の部分を掌で叩いた。

 苑が横に座ると、縁は「自分は好きなように振る舞う権利がある」という雰囲気を漂わせて、苑の肩に寄りかかった。

 苑は特に逆らわず、そのままでいた。

 縁は、強情そうな声で小さく呟いた。


「お前の肩、高さが丁度いいんだ」

「そうなの?」


 苑はなるべく動かないようにしながら、縁の顔を見て少し笑った。


「苑……」

「なに?」

「苑……」

「うん?」

「……苑」

「なあに? 縁」


 縁は苑の肩に寄りかかったまま呟いた。


「お前、何も聞かないな」


 縁は体を動かさないまま、独り言のように付け加えた。


「何で、何回も呼ぶのか、とか」


 苑は少し黙ってから笑った。


「呼びたいんでしょう?」


 縁は苑の腕に顔を隠すように、額を摺り寄せた。

 腕から伝わってくる温もりが、ひどく温かく感じられた。


「名前を呼んで返事が返ってくるって……いいな」


 苑は微笑んで、自分の腕に顔を埋める縁の髪にそっと触れた。


「これからは、縁が呼んだらいつでも応えるわ」


 縁は苑の腕の中で、わかるかわからないかくらい微かに頷いた。



 そうして二人は、一か月半ほど一緒に過ごした。

 そろそろ夏休みが終わろうという八月の最後の週に、苑が突然倒れた。




★次回

神さまと暮らすルート

「第28話 禍室・6(縁)~少しの間だけで良かった~」

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