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第25話 禍室・4(縁)~神さまの引っ越し~

 1.


 苑は困惑したような眼差しで、縁の美しい顔を見つめた。


「ここに住む……って、住むってこと?」

「そうだ」


 縁は興奮で頬を赤く上気させ、青みがかった黒い瞳を明るく輝かせていた。

 そういう表情をしていると、禍室の姿をしているときの神秘的な雰囲気が消え、年相応の普通の少女のように見えた。

 縁は、苑の顔を横目で見た。

 何故か拗ねた子供のように見える。


「嫌なのか?」


 苑は益々困惑したように首を捻っていたが、やがて何かを思いついたかのようにおずおずとした口調で切り出した。


「……人がいなくて困っているの? だったら……」

「世話をする奴ならいる。でもこれからは、お前が俺の飯を作って、掃除をしたり布団を干したり洗い物をしたりするんだ」

「あの……」


 苑はいまいち、事の次第がうまく呑み込めない風に口を開く。


「それなら……うちに来てもらったほうがいいんじゃないかしら? 人手も多いし、快適に過ごせると思うの」

「俺は快適に過ごしたいんじゃない。お前と……」


 縁はハッとしたように口をつぐみ、そっぽを向いて言い直した。


「お前をこき使って、憂さを晴らしたいんだ」


 苑はやっと合点がいったかのように、神妙な表情になった。

 しばらく考えていたが、やがて縁の顔を見つめて言った。


「分かったわ、それで少しでも縁の気が済むなら」


 縁は驚いたように苑の顔を見返した。


「……いいのか?」


 縁の小さな呟きに、苑ははっきりと頷く。


「私の家は、縁を小さいころからひどい目に合わせてきたんだもの。縁がそう思うのは当然だと思うわ」


 縁は何となく苑の顔から視線をずらした。


「縁が『そう思う』のは当然だ」と苑は言うが、自分がどう思っているのか縁はよくわからなかった。

 苑が自分の要望を受け入れたことに喜びを感じる反面、苑が固い表情で何かを思い込んでいる様が、何となく気に食わなかった。


「とりあえず休みの間だけで勘弁してやる。その代わり、こっちにいる間は、ずっとここで俺のために働けよ」


 苑が真面目な顔つきで頷くの確認すると、縁は立ち上がった。

 そうと決まれば、すぐに明日から二人で住む準備をしなければならない。

 明日からのことを考えると、生まれて初めてひどく心が浮き立つのを感じた。

 禍室の姿を解き、自らも服に着替えた苑を迎えると、縁は言った。


「お前、九伊から出て行くのは止めるんだから、里海との婚約も必要ないだろう? 取り消せよ」


 苑は驚いたように言った。


「私と里海さんが結婚しないと、里海さんは縁を屋敷に連れて来られないけれど」

「里海なんて関係だろう。俺はお前とここで暮らすんだから」


 苛立ったような縁の言葉に、苑は怪訝そうな顔になった。


「でも……里海さんのことが好き、なんじゃないの?」


 顔を赤らめて口ごもりながらそう言う苑の顔を、縁は睨みつけた。


「あんな奴、好きじゃない」

「……え?」


 苑の混乱したような表情から縁は不機嫌そうに顔を背け、そのついでのように苑の手を取った。


「里海のことなんてどうでもいい。二階にいくぞ。二階の奥の部屋が、お前の部屋だからな」


 縁は苑が驚くような強さで手を握りしめると、二階に向かって駆けだした。



 2.


 その日の夜、縁は苑に家の中を案内し、何がどこにあるかを教えた。

 買い物は欲しいものがあれば、尋ねて来る世話係に頼めばほぼ何でも取り寄せることが出来る。

 家の中には、外部との通信手段はない。テレビやネットもないが、苑も余り好きではないのでそれは構わないと答えた。


 父親を始め屋敷の者たちには、学校の寮に残ることにした、と伝えれば問題はなかった。元々中等部の頃は、畑の世話をするために長期休みでも寮に残ることが多かった。


 ただ一人、それでは騙しおおせない人間は、次の日に苑の荷物を運ぶ手伝いとして一緒にやって来た。


★次回

神さまと暮らすルート

「第27話 禍室・5(縁)~何を考えているの?~」

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