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第22話 禍室・1(縁)~神さまのために生きている~

 1.


 母親は、自分とよく似ていた。

 母をよく知る人間に会うと、「生き写しだ」と驚かれる。


「可愛い縁、大好きよ。あなたは母さんの宝物よ」


 母親は、年をとってますますあでやかさが増す繊細な美貌に優しい微笑みを浮かべて、よくそう囁いた。


 幼いころは、母親とほぼ二人きりの生活だった。

 母親がする話は、大抵決まっていた。

 自分たち「禍室」は、「神さま」に身を捧げるために生きている。

 自分たちが犠牲になることで「神さま」は生きることが出来るのだ、という話だ。


「神さま」は私たちがいるから、神々しくいることが出来るの。

 私たちは「神さま」を存在させるために生きているのよ。

 選ばれた神女なの。


 母親は恍惚とした表情で繰り返しそう語り、事あるごとに縁にも

 神さまのためだから。

 神さまが見ているから。

 神さまが褒めて下さるから。

 と言った。


 そのためか縁の頭の中には、幼いころから自分を遠くから見つめたり、時に自分の側にぴったり寄り添う「神さま」が存在していた。


「あなたは、私よりもずっと呪毒が強い」


 母親は縁の艶やかな黒髪を撫で、その白い頬に手を滑らせて、うっとりとした口調で呟いた。


「数え切れないくらいたくさんの人たちがあなたに焦がれて、切望して、あなたという室に囚われる。そうしてたくさんの穢れをあなたの中に残すわ」


 母親は愛しそうに、縁の癖のない黒い髪に唇をつける。


「縁、あなたは天性の禍室ね。あなたがいるから、母さんはもう安心。お母さんがこの暗い部屋に閉じ込められて生きた意味を、あなたが継いでくれるのだもの」


 母親は幼い縁を膝の上に乗せて抱きしめ、耳元で子守歌のようにそう囁いた。

 縁を抱く手は、話せば話すほど力がこもる。時にその力は、縁が悲鳴を上げて泣き出したくなるくらい強くなることがあった。


「縁、あなたは本当に親孝行ないい子だわ。まさか、男の子として生まれてくれるなんて」


 母親の声は、時に何の予兆もなく音程が狂い、おかしな響きが混じる。


「私をさんざんいたぶり、汚し、蔑み、踏みにじった『男』として生まれてくれるなんて。あっは、今度はお前らが穢れを引き受けるんだ。お前ら男が、いたぶられ犯され汚されればいいんだ!」


 母親は激昂したかのように叫び、狂ったように笑い出す。


「縁、ありがとう。あなたのおかげで、母さんは、男どもに復讐できるわ。私の肉体をさんざん汚した男の肉体が、今度は汚しつくされるのよ。あっはは、いい気味、本当にいい気味だわ! 今度は男が禍室になるのよ!」


 そういう時、縁は母親の腕から逃れようと必死で暴れ、放すよう叫んだ。

 しかし楽し気に嗤う母親の耳には、縁の声はまったく届いていないようだった。縁が暴れれば暴れるほど、その抵抗を楽しむかのように強く縁のことを捕らえ抱きしめた。


 母親は気が高ぶると、自分を踏みにじった「男」という生き物を口を極めて罵り、自分を犠牲にしながら蔑んでいる「神」への憎悪を語った。

 母親は他人に踏みにじられ支配され続けた自分の人生を呪っていたが、いやだからこそかもしれないが、縁に自分の人生を受け継ぐように言い聞かせ、自分が人生から得た全てを仕込んだ。


「縁、ありがとう。あなたが禍室を受け継いでくれたおかげで、母さんの人生は意味のあるものになるわ。あなたが禍室として在り続ける限り、母さんの生きた意味はあるのよ。感謝しているわ、とっても」


 母親は、縁が十二歳のときに死んだ。

 本当に気が狂っていたのか、狂ったふりをして本音をぶちまけていたのかは最後までわからなかった。

 縁は冷たい瞳で、自分とよく似た風貌の母親の顔を見つめた。

 優しい微笑みを浮かべながら、腐臭のする暗い牢獄につなぎとめる足枷を息子にはめた、女の顔を。



 2.


 初めて「客」を迎えたのは、母親が死んで一年足らずの十三歳の時だ。

 そのころになると、自分が生まれたときからひどく異常な環境に置かれている、ということは理解できた。

 母親や時折家に訪れた他の人間から幼いころから仕込まれたことの意味や、これから自分がどう生きていくかを実感すればするほど、怒りと絶望で体の震えが止まらなくなった。

 あの女が望みレールを敷いた通り、自分は穢れを納め治めるためだけに存在する「禍室」になった。

 もう、ここから出ることは叶わない。

 何故なら、自分を閉じ込める「ここ」とは……「禍室」とは自分自身だからだ。


 母親が死んだあとも、縁は禍室の中に一人きりにはならなかった。

 縁の心の中には、母親が物心ついた時から語り続けた「神さま」がいた。


 怒りと憎悪が抑えきれなくなるとき、縁は母親と同じようにその衝動を「神さま」にぶつけた。「神」を足蹴にし、地面に叩き伏せ、唾を吐き、そうするとようやく少しだけ自分の中の屈辱や絶望が治まった。

 心の中の「神さま」は、縁のどんな罵詈雑言も衝動的な言動も黙って受け止めた。

「神さま」がそうしてくれることで、かろうじて暗い穢れに満ちた禍室として生きていくことが出来た。



★次回

神さまと暮らすルート

「第23話 禍室・2(縁)~神さまが結婚する~」

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