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第21話 夢想・9(縁)~お祓い~

 1.


 黙ってしまった縁の顔を伺いながら、少女は思い切ったように口を開いた。


「変なこと……聞いてもいいかしら?」


 縁が黙っていると、少女は言葉を続けた。


「女の子を、好きになったことはないの?」


 縁は震える唇を噛み締めた。いま口を開くと、何かとんでもないことを言ってしまう気がして話すことが出来なかった。

 しばらく沈黙が続いたあと、少女は俯いて消え入りそうな声で呟いた。


「ごめんなさい……変なことを聞いて」


 縁は少女のほうに視線を向けた。


「俺は、今まで一人の人間しか好きになったことはない。この先ずっと、そいつのことが好きだと思う。俺の中には、そいつに対する気持ちしか存在しないんだ」


 縁はジッと、俯いたままの少女のことを見つめ続ける。

 少女に顔を上げて欲しくなかった。

 でも上げて欲しかった。


「男とか女とかは関係ない。そいつのことを好きな気持ちだけが、俺だけのものだと思える唯一のものなんだ」


 少女は俯いたままだった。

 縁は目を伏せて、感情のこもっていない声で言った。


「だから応援しなくていい。されたくないんだ」

「そう……なんだ」


 少女は笑おうとしたようだった。

 だが唇から洩れた声が、僅かに涙で歪んでいることに自分でも気づいたらしく、慌ててそれ以上話さないように口を閉ざす。

 何とか涙を呑み込むと、顔を上げて笑顔を作った。


「そんな風に思ってもらえるなんて……いいな、里海さん」


 縁は目を閉じた。


 そんな風に思ってもらえるなんて……いいな、里海さん。


 言葉というのは刃物のようだ。

 何気ない一言でさえ、心を引き裂き殺すことが出来る。


 少女は誤魔化すように笑顔を大きくし、また顔を伏せた。


「あのね……もし、私が里海さんよりも早く、あなたに会っていたらどうだったかな、ってちょっと思っちゃったの」


 縁は長いこと淡い闇の中で少女の姿を眺めていたが、やがて言った。


「お前、もうここに来るな」


 少女は唇を噛み締める。

 そうして長いこと黙っていたが、唇から言葉を絞り出すように呟きを落とした。


「来ちゃ駄目……?」


 声が涙で歪みそうになっている。

 縁は、出来うる限り柔らかい口調で話しかけた。


「外に行くんだろう? 里海に聞いた」


 少女が自分の言葉に小さく、だがはっきり頷くのを縁はジッと見守った。


 縁は少女の髪に手を伸ばす。

 優しい手つきで髪に触れ、その髪の感触を味わうように撫でる。

 少女の顔を見つめながらそうした後、縁はゆっくり手を離した。

 指先が名残惜しそうに、少女の髪を微かに揺らした。


「お祓いしてやったから大丈夫だ。お前は外で、自分の力で生きていける」


 少女の顔の細部を確認するように長いこと見つめたあと、縁は微笑んで言った。


「じゃあな」


 少女が何か言おうとするのを封じるように、縁は言葉を続けた。


「飯、美味かった。ありがとう、苑」



 2.


 苑は、自分の部屋に帰った。

 返された弁当箱を机の上に置くと、微かに中で音がしたことに気付く。

 少し考えてから、そっと開けてみる。

 中には綺麗に包装された髪留めが入っていた。

 苑は、繊細な花の形の飾りがついた髪留めを手にのせて、しばらくジッと見つめた。

 見つめているうちに瞳から涙が溢れ、頬を伝い幾筋も流れ落ちた。


 お祓いしてやったから大丈夫だ。

 お前は外で、自分の力で生きていける。


 少年の笑顔と髪を撫でてくれた優しい手つきを思い出して、苑は号泣した。



 そして春。


 苑は九伊家を離れ、外の世界へ出て行った。

 花の形をした飾りのついた髪留めで髪を束ねて。




(BAD END2 神さまが旅立った/条件①入手)





(分岐)

 周回する→

「第四章 禍室~神さまと暮らすルート~」


 六年後、九伊家に戻る→

「第十章 憎悪~あなたに憎まれるルート~」




 ※※※


 第三章「神さまに恋するルート」を読んでいただいてありがとうございます。

 いただいたブクマや評価は大変励みになります。ありがとうございます。


 二人の恋は、まだまだ続きます。

 引き続き見守っていただけたら幸いです。


 次章は二人が禍室で一緒に暮らす「禍室ルート」です。

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