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第16話 夢想・4(縁)~ずっと待っている~

 1.


 縁は少女の手を握ったまま、月明かりに照らされた庭を案内した。

 九伊家の敷地は、整備されていない私有地まで含めるとかなり広い。

 縁にとっては隅から隅まで熟知している、庭のようなものだった。

 人を案内するのは初めてだった。

 どこにどんな植物が生えているか、どんな虫や鳥がいてどんな習性を持っているか、事細かに少女に説明した。

 最初はこんなことは大した意味がないというような勿体ぶった態度を取っていたが、少女が何を聞いても驚き感心するので、そのうち夢中になって話してしまった。


「何でも知っているのね」

「何でも、のわけないだろう」


 少女の素直な讃嘆に、縁は赤くなった目元を見られないようにするために顔を背ける。


 少女が一番目を輝かせたのは、小高い丘の上の原っぱで三百六十度星空が見える場所だった。

 並んで座って星の説明をすると、感動したような顔をした。


「不思議ね。ずっと住んでいた場所なのに、こんなに色々なものがあるなんて知らなかったわ」


 少女は星を見上げながら呟いた。

 縁はその横顔に何回か視線を走らせる。


「気に入ったならば、また来ればいい」そう言いたかったが、どうしても言葉が出てこなかった。


「客」は気に入れば、何度でも穢れ払いに来ることが出来る。

 そのことをちゃんとわかっているだろうか?

 気になって仕方がなかった。

 でもこんなに楽しそうで……、自分だってこんなに楽しいのだ。

 ことさら説明しなくとも、近いうちにまた来るのではないか。

 熱心に空を見上げている少女の横顔を見ているとそう思えた。

 次はどこを案内しよう。

 星の説明をしながら、縁はそう考えていた。



 夜が明けそうな帰り間際「気を付けて帰れよ」と言うと、少女はわずかに頬を染めて頷いた。

 だから「また」と言われなくとも、また来るのではないかとそう思っていた。



 2.


 他の「客」を「室」に迎えているときも、少女の姿がしょっちゅう頭に思い浮かんだ。


 単衣を着て震えている様子。

 呼びかけたときのはにかんだような笑顔。

 星を見上げているときの横顔。


 握り返してきた温かい手の感触が、繰り返し蘇りそのたびに心が温かくなった。

 そうすると自分の体を貪られる辛さや屈辱も、耐えることが出来た。

 今までいつも一人で行っていた場所に行くと、隣りに少女がいるような気持ちになれた。


 前に来たときは、いくら何でも少し素っ気なくしすぎた。

 縁は、先日の自分の態度を思い返して反省する。


 とても内気なようだったから、もう少し優しくしてやらないと。

 何と言っても女だしな。


 少女が来たらこんな風に話そう、こんなことを話そうと何度も何十度も頭の中で繰り返す。

 どんな反応をするだろう。

 そんなことを考える時間が、一番楽しかった。



 だがいつまで経っても、少女が来るという知らせは来なかった。

 段々不安になる。

 ひょっとして少女は「穢れ払い」が本当は何をするものなのか、誰かから聞いたのではないか。

 それで気おくれして、来ようかどうしようか悩んでいるのではないか。

 嫌ならそんなことをする必要はないのだ。

 今すぐ会いに行って、そう説明したかった。


 自分だってそんなつもりはない。

 ただ普通に話したりして、楽しく過ごすことだって出来るのだ。

 そう伝われば来るはずだ。

 何とか少女に伝える方法はないものか。

 色々考えたが、そんな方法はひとつも思い浮かばなかった。


 学校の寮に入っている、と言っていたから、次に休みまでは来られないのかもしれない。

 縁は「客」から、さりげなく一般的な学校の休みの期間を聞き出し、その日を指を折りながら待ち続けた。

 少女が来たら、ちゃんと「穢れ払い」のことを説明しよう。

 そんなことをする必要はないのだ、と言おうと思い、何度も話すべき内容を考えた。

 少女を案内した場所を何回もめぐり、そこでどんな反応を少女が示し、どんなことを話したか繰り返し思い浮かべた。


 少女と出会ってから、それまでは何も感じなかった一人でいることが、堪らなく寂しいと感じるようになった。

 自分が禍室としてしか人に見られないことが、ひどく苦痛で辛いことのように思えた。

 少女に会うまでは、それが当たり前のことだと思っていたのに。

 少女を案内した場所で一人で座っていると、心が締めつけられ、泣きたい気持ちになった。


 もう忘れてしまっているのだろうか。

 そもそも覚えていた期間などあったのだろうか。


 少女にとっては、自分は突然押し付けられた奇妙な風習の一部に過ぎず、夜が明け、日常に戻ると同時に忘れてしまうような存在だったのではないか。

 そう思うと、まるで世界中から音が死滅してしまったかのように、心の中が冷たく静かになった。


 それなら。

 それならあんなに楽しそうに話したり、自分の話に耳を澄ませたり、星空を見て目を輝かせたり、握った手を握り返したりしなくても良かったのに。

 少女のことを思いながら、縁はそう考えていた。


 そうして、少女に会ってから一年が経った。


★次回

神さまに恋するルート

「第18話 夢想・5(縁)~再会~」

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