第15話 夢想・3(縁)~握り返された手~
自分のことを言われたのだ、と気づいて、縁は不機嫌になる。
外見のことを言われるのは余り好きではなかった。
今でも心を押さえつけないと、女の恰好をさせられている、ということに対して屈辱がわいてくる。
縁の表情があからさまに変わったので、少女は怯えたように体をすくませた。
「お前、名前は?」
苛立ちを押さえつけるために、縁は話題を変える。
少女は口を開いて答えたようだが、何故か聞き取ることが出来なかった。
声が小さすぎたせいかもしれない。
「何か話せよ」
「何か、って?」
「そうだな」
縁は、少女を横目で見ながら言った。
「学校は行っているのか?」
縁の質問に、少女は虚を突かれたような顔をして反射的に頷いた。
だがすぐに、何か思い当たったかのように、遠慮がちに口を開いた。
「……あなたは行っていないの?」
縁は黙った。
何故、学校の話など持ち出してしまったのか、我ながらわからない。
かと言って、他に特に話すべき話題も思いつかない。
少女は縁の顔をジッと見つめていたが、やがて口を開いて色々なことを話し出した。
九伊の分家が運営している、この地方では大規模な中高一貫の学校に通っていること。
仲のいいクラスメイトのこと。
優しい教師、怖い教師、教え方のうまい教師、出来るだけ手を抜いて授業をする教師、色々な先生がいること。
寮に入っていて、多くの同級生と集団生活をしていること。
規則は厳しく、学年同士、同級生間でも時々もめ事はあるが、基本的には楽しくやっていること。
見回りの先生の出し抜き方や寮の主だとみんなが思っている、気まぐれに現れる猫のこと。
少女の話し方は自分の話したいことを話している感じではなく、聞いている縁を楽しませるような話し方だった。
だからだろうか。
心に痛みを感じることがなく、遠い異国のおとぎ話を聞くような気持ちでその話を聞くことができた。
「変な場所だな」
話がひと段落ついたとき、縁は思わず呟いた。
言ってから、自分が学校に行ったことがないことに妙な気持ちを持ったのではないかと少女の顔を伺った。
意外なことに、少女は笑った。
「変な場所よね」
その笑顔を見た瞬間、縁の頭の中に、少女が語った学校の中で生活をしている自分の姿が思い浮かんだ。
縁の席は少女の隣りで、授業中、何となく横目でそちらを見てしまう。
たまに忘れ物をしたフリをして、少女に話しかけて借りる。
返すときに、「お礼に何かおごってやるからついて来い」と言うと、少女は頬を染めて嬉しそうに笑った…。
縁は、薄暗い闇の中で立ち上がった。
驚いたように見上げる少女に向かって声をかける。
「ひと晩中、こんなところに閉じこもっていてもつまらないだろ。外に行くぞ」
縁は髪飾りを頭から乱暴に引き抜きながら、愛想のない口調で言った。
戸惑ったようにその場にいる少女に、縁はさらに言った。
「着替えは外にあるんだろう? 早く着替えてこい」
少女は慌てて、続き間のほうへ行った。
縁は女物の着物を脱ぎ捨て、手早く化粧を落とす。
普段着に着替えると、背負っていたものを思い切り投げ捨てたかのような、ひどく爽快な気持ちになった。
少女が戻ってくると、続き間の部屋の窓を開けた。
「音を立てるなよ。玄関に見張りがいるんだ」
「出ていいの?」
不安そうに言う少女の言葉に、縁は笑った。
「いいんだよ」
外は月明かりしか頼りになるものがなく、木立に遮られた場所は真っ暗だった。
最初は躊躇っていたが、少女が余りに何回もつまづきそうになるので、その手を思いきって取った。
「暗いからな」
目を背けたまま、言い訳のように呟く。
少女は少し驚いたような顔をしたが、すぐにその手を握り返してきた。
その手の温かみを感じながら、縁は月明かりの中を駆けだした。
★次回
神さまに恋するルート
「第17話 夢想・4(縁)~ずっと待っている~」