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第14話 夢想・2(縁)~こいつが神か~


 縁は驚いて、薄暗い禍室の室内で目をこらして娘の顔を見る。


 見知らぬ娘、ではない。

 想像の中でいつも出てくる九伊本家の娘、「神さま」だ。

 年齢は自分と同じくらいで、小柄で内気そうに瞳を伏せている。

 清められた単衣を着ただけの体は、極度の緊張のためか、見ただけで分かるくらいガチガチに強張っている。


 どういうことだ?


 縁は辺りを見回す。

 里海はおらず、灯りがひとつ灯されただけの薄暗い禍室の中には、娘と縁の二人だけだった。


 縁は自分の体を見下ろした。

 見慣れた女物の派手すぎない品の良い美しい着物、長い髪の毛は美しく結い上げられている。顔には化粧が施されているはずだ。


 禍室は「客」を迎えるとき、必ずこの姿になる。

「客」は入口で入浴し身を清め、単衣を纏っただけの姿で、布団がしかれた薄暗い室に入ってくる。

 二人は正座をし、向かい合っている。

 禍室は「客」を迎える口上を述べ、「客」は禍室に入る口上を述べる。

 どれほど馴れ合った「客」との間でも、この入室の儀式は行われる。

 その後は「室」に入った「客」が神となる。

 禍室は神に仕え、その荒ぶりを鎮めるために身を捧げる。



 2.


 室内には沈黙が下りていた。


 少女は戸惑ったように、強張った眼差しを落ち着かなげにさまよわせている。

 縁と目が合った瞬間、体を震わせ目を伏せた。

 それから頬を染めて、もう一度、縁の顔を見つめる。

 この世ならざるものを見たような、感嘆に満ちた眼差しだった。

 特に禍室として女の装いをしている時、縁はこういった眼差しで見られることに慣れている。

 大抵の場合は、このあと行われることに対する期待で、下卑た性欲が眼差しに含まれているのだが、少女の瞳には、ただひたすら美しいものを見る感動しかなかった。

 そのことはむしろ、縁に居心地の悪い思いを抱かせた。


 縁は床に両手をつき、「客」を「室」に迎えるときの口上を述べ、美しい所作で頭を下げる。

 少女は一瞬、ギョッとしたように目を見開き、たどたどしく「客」としての口上を返した。

 それから僅かに怯えたような目で、縁のことを見る。


「お、男の人……?」

「そうだ」


 縁の返答に、少女は薄い単衣の前で体を隠すように腕を組み、身を縮こまらせる。

 縁は馬鹿にしたように笑おうとしたが、少女の手が僅かに震えているのを見て、考え直したように顔つきを改めた。


「お前、ここで何をするって言われて来たんだ?」

「……お、お祓いみたいなことをするって。行った先の人がちゃんとしてくれるからって……」


 少女は小さな声で答える。


(丸投げか)

 と思ったが、口には出さなかった。

 小さくなって震えている少女を見ると、何故か苛立ちが湧いてきた。

 こんな右も左もわかっていないような娘を、よくもこんな場所に放り込めるものだ。

 初めて「客」を迎えたときの自分は、それまでに色々なことを仕込まれていた。それでも最初のときは、怒りや恐怖を抑えきれなかった。


 縁が手を動かすと、少女は体をビクリと大きく震わせた。

 縁はちょっと躊躇ってから、その柔らかそうな髪になるべく優しい手つきで触れ、すぐに引っ込める。


「これで終わりだ」

「……え?」


 身をすくませて固く目をつぶっていた少女は、驚いたように目を見開いた。


「終わりだ」


 縁は不機嫌そうな声で繰り返した。

 なぜこんなに苛立つのか、自分でもわからなかった。

 少女は少し黙ってから、おずおずとした口調で言った。


「…でも、ひと晩ここにいろって…」


 縁は、微かにため息をつく。普段は「客」が好きなように振る舞うので、自分が何かしなければならない状況には慣れていない。

 少し安堵したように緊張を緩め、こちらを讃嘆の眼差しでちらちらと見ている少女を、縁は眺めた。


(こいつが俺の神か)


 会ったら思い切り嘲り踏みにじってやろう、今までどんなことを経験してきたかを味合わせながら語ってやろうと思っていた。

 だが目の前の少女のことを見ていると、不思議なことにそんな気持ちは陽射しを浴びた朝霜のように溶けてどこかに吸い込まれて消えてしまっていた。


 この少女がこんなに純粋そうで可愛らしく見えるのは、自分が穢れを引き受け続けてきたためなのだろうか。

 だとすれば、少女の目からは自分はどう見えるのだろうか?


「綺麗……」


 少女の言葉で、縁は我に返った。


★次回

神さまに恋するルート

「第14話 夢想・3(縁)~握り返された手~」

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