「百鬼夜行」
気がつくと真っ暗闇な場所にいた。何も聞こえず何も見えずここがどこなのかわからない。
「お目覚めですか。ナドゥさん」
「だれだ……?」
「秋茜です。以前に二度ほどお会いした。今回は災難でしたねぇ、村紗さん即死だったそうですよ。犯人は誰なんでしょうかねェ???」
「さぁな」
秋茜は真実を知っているようだった。バレバレなのにソレを隠しているのがとにかく苛立つ。
「ナドゥさん。あなたって自身を特別な存在だと思いますか?」
「……急にどうした。頭でもイカれちまったか?」
「いえいえ、ただ聞いただけです。あなたは自分を特別な人間、つまり人間を越えたものと言ってらっしゃったので」
あの夜のことはこいつには筒抜けのようだった。
「なぁ、お前は誰なんだ……? とにかく人間ではない『人ならざるもの』であるようだが」
「私ですか? 私はですねェ……… 」
その時自分が目をつむっているから暗闇であることに気づく。目を開けるとまばゆい光が眼球を刺す。
そこにあるのは白い天井。自分の部屋ではないことをすぐに理解する。
「おはようございます。宇奈月さん。私、警察の後宮というものです」
「あぁ……どうも…………」
「早速で悪いんですが、少し事情聴取を…… 傷口が痛むようでしたら休んでもらって構いません」
「あ……あの…… 誰にでも良いから聞きたいんです。俺って特別な存在なんですよね……?」
「……? まだ意識が朦朧としていますか?」
「私は特別な人間なんですよね?! お願いです! はいって言ってください!」
「…………あなたはこの世に生まれて、そして唯一無二の存在なんです。だから特別だと思います」
「……よかった……」
「でもね? そんな存在であることは私も同じなんですよ」
「………?!」
「あなたはもちろん。私だって唯一無二の存在ですし、この世に生きるすべてのものは特別な存在なんですよ。ただソレに名前がつけられて生物学的名称がつけられているだけ。
そう考えると、私達って実は特別な存在じゃないのかもしれませんね」
「…………」
後宮さんの説明には納得した。納得したんだ。俺なんて特別な存在じゃないこと。『人間の形をしたなにかであること』
だからこそ、だからこそ特別な人間になる必要があるんだ。どうすれば特別な人間になれる?
答えを出すのに時間はかからなかった。俺と似ているやつを全員消せば俺は唯一無二になれるんだ。特別な存在になれるんだ。
そう思った時笑いがコレまでにないほどこみ上げてきて、自分が特別な存在になる方法はこんなにもかんたんだったのかと。
「大丈夫ですか? まだ体調がよろしくないようですので私はここでおイトマさせていただきます。失礼いたしました」
ふと我に返る。不気味に笑っていたものだから頭のおかしいやつに見えたのだろう、気づけば後宮さんはいなかった。
その夜だった。病室のにあるのは静寂のみで他には何もなかった。俺の中には一つの考えだけがあった。夏暁郷の村人を全員殺す。
そうすれば俺は特別な存在になれる。完全犯罪とはいったもののいずれはバレる。だから今のうちにやるべきなのだ。
部屋の中にアキアカネがいた。なぜかはわからない。おそらく窓を開けたときにはいってきたままなんだろう。
その時だったアキアカネが異様な形に変化し霧のようになった。ソレがみるみると俺と同じくらいの身長になる。
そこから秋茜が現れた。やはりこいつが人間であると考えるのはやめたほうが良さそうだ。
「な……なんだよ…………」
「いえいえ、なんでもございません。作業をお続けください」
「なぁ、俺が何をしようとしているかわかってるんだろ?」
「なんのことですかねェ?」
「シラを切るな。わかってるんだ。お前が俺のすべてを知ってること」
「はぁ。嘘はつけないみたいですねェ。私はあなたの心が読めます。ソレだけは確かです。でも勘違いしないでください。あなたが今こうなっているのはあなたのせいですし、私はなんの関係もありません」
「嘘だッ! 嘘だ嘘だうそだウソダッ!!! コレはすべてお前が仕組んだ陰謀なんだ! そうじゃなきゃ俺はこんなことしない!」
「傲慢ですねェ。良いですよォ。あなたこそルシファーの下僕にふさわしい。すべての事を済ませた時また現れますので。それでは」
そう言ってまた霧の中に消えていった。手を伸ばしても掴めずただ空気を握るだけだった。
*
夜の静寂の中病院を抜け出す。まだこんなにも暑い夏だというのに夜になると秋の訪れを感じさせる。
スズムシ、コオロギのきれいな音色が自分の中を浄化する。こんなにもどす黒い感情でいっぱいなのに。
その時自分の中の良心が語りかけてきた。ソレは耳にはっきり届いた。幻聴だった。
「本当に良いの……?」
「もうすべて終わったんだ。これから何があろうと驚くことはない」
「まだ……更生できるかもしれない……」
「自信なさげだな。更生できないって言ってんのと同じじゃないか」
「もう行っちゃうの………?」
「…………いかなきゃならない」
家に帰り着く。裸足で硬いアスファルトを通ってきたにもかかわらず痛みは感じなかった。いや感じれなかった。感じたいのに。
もう人間的感性は死んでいた。なんで特別な存在になろうとしたんだっけ。どこから俺の人生は狂い始めたんだっけ。
そうだ、秋茜に合ってからだ。あいつが全ての元凶なんだ。
ペンと紙を取り出し震える手で殴り書く。
『もう私は人間的な感情を全て失いました。もう後悔はありません。懺悔もしません。でも一つ言えることがあります。秋茜がすべての元凶だということです』
台所から包丁を取り出し外へ出る。もし生まれ変われるならまた村紗に会いたいな。殺しておいて自分勝手なのはわかっている。でももう一度村紗に会いたい。
夏暁郷一丁目一番地へ向かう。
*
『夏暁郷百鬼夜行事件』
未成年が起こした日本最大の連続殺人事件。少年は夏暁郷村一丁目一番地から三丁目四番地までの村人全員を殺害。
その後自ら警察に通報。少年は未成年であったため実名報道はされず少年法が適用された。
少年は「俺は神になったんだ」などと発言しており、おそらく精神障害を患っているものと思われる。
少年は精神病院に入院し退院後少年院に移送される予定である。