「巡り」
鋭く照りつける太陽の下を数分歩いた。進んでいくたびに木々が増えていき、たどり着いたのは大きい古風な屋敷だった。
高さはないが横に広く、かつ庭が入念に手入れされていて見ていて気持ちよささえ感じた。
「ここが私の家です。お出しするものは何もないですが上がっていきますゥ? 私の自慢の娘は差し出せませんからねェ」
「あはは……大丈夫ですよ」
「娘はねぇ、あなたと同い年なんです。多分学校も同じですよ。名前を村紗と言いましてね。もう本当にかわいくて可愛くて……」
と郷長の娘の自慢話が5分ほど続いた。暑さでフラフラしていたのか郷長は私の方を見ていった。
「おっと、すみません。長話、失礼いたしましたねェ…… とりあえず上がってください。お茶ぐらいなら出せますから」
「じゃっ、じゃぁそうさせていただきます……」
玄関には模造刀や鷹の彫刻が置いてあり、いかにも金持ち屋敷な感じがプンプンした。別に嫌いなわけじゃないが、こういうのを見るとくしゃみが止まらないんだ。
アレルギーなのかな。古物アレルギー。
と靴を脱ぎながら考える。すると屋敷の奥から元気な声が聞こえてくる。少女が靴下の滑りを使ってスケートのようにこちらへ向かってきた。
「お父さんおかえり! どうだった? ナドゥのお家。広かった?」
「こっ、コラ! すみませんねェ。うちの娘が無礼をいたしました」
郷長がかなり焦っている。ということはナドゥってのは自分のことを指しているんだろう。少女はこちらを向くなり顔を赤くした。
「すすすッ! すみません!!!! 私が無礼をいたしました!」
土下座をする勢いでこちらへ謝罪をしてきた。こういうときに変な空気にならないように気を使うのが自分の役目だ。
「苦しゅうない! 面を上げぃ!」
頭を上げてくださいだとなんか、かたっ苦しいだろ? かといってツラあげろは怖すぎる。その間の言葉がこれだ。
「はっ! お代官様!」
どうせ苦笑いでスルーされる、かと思いきや案外ノリの良い人だった。そのノリに逆にツラれてみる。
「名を名乗るが良い! 我が名はナドゥで良いぞ」
「ありがたき幸せェッ! 私の名前は師岡村紗でござる」
と一通り終わったところで郷長の仲介が入る。
「ふたりとも馬が合うねェ。 村紗は将来、ナドゥ君のところに預けようかな」
その一言で今までのノリが嘘のように村紗は顔をお真っ赤にした。耳から湯気の輪っかがポッっとでて頭の頂点から湯気が吹き上がる。
「ちょちょちょちょッ! お父さん! 流石にそれは恥ずかしいって!」
「ハッハッハッ。冗談冗談。村紗は誰にも渡さないよ」
「それもどうかと思うけど……」
三人で笑い合いながら居間の方へ向かう。これからも暇だろうと思っていた夏休みだが、一つの光が指した気がした。
「ナドゥ君。コーヒーとお茶どっちがいい? どっちを選んでもハズレはないよ。コーヒーは苦くないし、お茶は丁度いい渋さだよ」
コーヒーは苦手だ。自分は苦さよりも妙な酸っぱさが嫌いだった。コーヒー牛乳は好きなんだけどな。
「その顔はコーヒーだねェ。顔に珈琲って書いてあるよ。ハッハッハッ」
顔面蒼白。とは行かないが少しの絶望を味わった。飲まず嫌いとかじゃなくて本当にコーヒーが嫌いなんだ。
「あっ、あの、お、お茶の方を……」
絶対聞こえてるはずなのに郷長は振り返らずに台所へ向かった。嫌味なのかなぁ? それともただ聞こえてないだけなのかなぁ。、
「フッフツフッ。驚くぞォ。うちのコーヒー。バカみたいにうまいからなァ」
コーヒーができるまで村紗と話すことになった。かなり話しやすい性格で、話してて楽しかった。
「ねぇねぇ、なんで俺の名前ナドゥなの?」
「それがね、お父さんがナドゥと会ったとき、昔飼ってた猫にすごい似てるって言ったんだよ。それで飼い猫の名前が奈堂だったからナドゥになったわけ」
確かに動物でいうと猫に似てるって言われることはよくある。性格は土竜って言われるけど。
「今日はじめてナドゥに会ったけど、予想外の性格だったな。私の予想はかなり硬いやつだと思ってたけど、本物は少しの礼儀と御巫山戯を兼ね備えた完璧超人だ」
「そこまででもないと思うけどな……。それよりも村紗の性格のほうが驚いた。名前はすごく高潔なのに、性格はすごく大胆だし」
「なによそれェ。まるで品性の欠片がないやつって言ってるみたいじゃないィ。それよりナドゥの本名ってなんなの?」
「俺の本名は……」
「できたよ! コーヒー! いやぁデキは完璧だァ!」
机の上にドンッとコーヒーが入ったマグカップが置かれた。一口も口をつけづに変えるのは流石に失礼すぎる。かといって飲めるかというと……
「ササッ、飲んでみてよ。苦くないよ。甘くないよ。でも水じゃないよ。かほり高き珈琲だよ!」
「飲んでみな、ナドゥ。私のコーヒー嫌いもこれで治ったからさァ」
二人の勢いに押され意を決して飲んで見る。舌によくわからない刺激が走る。でも嫌な感じじゃない。どちらかというと食欲をそそるような。
酸味はかなり抑えてある。つまり自分の珈琲の苦手要素が死滅したわけだ。喉を通すと熱さが感じられるが、やけどはしないけど温くない丁度いい温度だ。
胃の底の方にコーヒーが溜まってるのがわかるくらいに存在感を放つ。食欲をそそる刺激のせいなのかお菓子が食べたくなった。
机の上に置いてあるお菓子を口に放り込む。これがまた美味い。もちろん単体でも美味しいのだろうが、欠けてる部分を補い……いや、2つとも最初から欠けていない。
どちらとも完璧だからこそ、2つが合わさったとき完璧以上のものが生まれたのだ。
「ウンめぇェェ!! これ、すっっっっごく美味い! 」
「おぉそうかそうか! やっぱり私の腕に間違いわなかったってことだねェ!」
気づけばコーヒーを飲み干していた。もう十杯ほど飲みたいが、コーヒーにはカフェインが多く含まれていて飲み過ぎは体に悪い。
「あの、すみません。お茶の方ももらえませんか?」
「おぉおぉ、いいよいいよォ。何杯でもごちそうするよ」
少し待つと次に来たのは抹茶だった。温かいお茶といえば緑茶と勝手に思ってたから少し驚いた。
抹茶は少ない量を何回かに分けて飲む。とりあえず半分くらい飲んで次は和菓子を口に放り込む。やっぱり美味すぎる。
抹茶の苦味と和菓子の強い甘みが体で表現できないほどにマッチしている。こちらは尖りあった部分がうま~く合致し合うことで美味が生まれている。
食の勘合貿易とはこのことなのか。そう感心していると村紗が自分の湯呑を強奪してお茶を飲む。驚いてお菓子を鼻から吹き出しそうになる。
「あぁあぁぁぁぁァ。うまいうまいィ。やっぱりお父さんの淹れるお茶は格別だねェ!」
「ちょっ、ちょっと……! それ俺の湯呑だってェ」
「別にいいよ。お茶ってことに変わりはないし」
「でもでも…… それって間接……キス……じゃん?」
そこまで言うと村紗は急に顔を真赤にする。というかそれにさえ気づいていなかったのか。
「もっ、もぅゥ! バカァァ!」
というと右頬に激痛が走る。このシチュエーションなら自分はビンタされたんだろう。耳鳴りがする。威力強すぎだろ。
「イテテテ…… 」
「あっ、あっ、ごめんね…… ごめんごめん」
「村紗ァ。ビンタは左頬にって言っただろゥ?」
「そういうことじゃねぇぇェ!」
と気づけば言葉に出していた。
・郷長
夏暁郷の村長。国は郷と認めていないため村長となるが、本人は郷長と呼ばれる方がいいらしい。
家庭菜園が趣味。でも才能がないので成功した例なし。
・師岡村紗
夏暁郷の郷長の娘。変わった格好をしている。大胆な性格だけど優しいし面倒見が良い。
ただ少しバヵ……おっちょこちょいなところがある。