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第1章・4話 春琴の世界を知りたいと、三味線を特訓する佐助

 お嬢様に呼び付けられたあの日から、手曳きは私の仕事になりました。

 不思議なのものでお嬢様と手を繋いでいると、お嬢様の心持ちが少しずつ分かるようになりました。

 盲目だからこそ、私ども目明めあきには見えない景色が見えているように思います。

 関わらないように努めたつもりが、段々だんだんと心がお嬢様に引き寄せられてしまいました。


 欲を張って、もっとお嬢様の世界を知りたいと願うようになりましたが、なにせあの性分です。

 お嬢様のお傍にいられるだけでも嬉しいのですが、口を利かないことを長所に選ばれたので話しかけることができません。


 琴三月、三味線三年というように、三味線は習得するのが難しいとされていましたが、お嬢様は始めて一年もしないうちに、お師匠様から褒められていました。

 私が手曳きを任された十の歳には、難曲『残月』を巧みに弾いておったからです。

 お師匠様は彼女の才を愛し惚れ込み、我が児以上に可愛がってくださいました。

 お嬢様の体調が悪い等で欠席することがあれば、直ちに使いを道修町に走らせ、あるいは自ら杖を曳いて見舞いに来られました。

 常にお嬢様を弟子に持っていることを誇りにし、玄人筋の門弟たちが大勢集まっている所で「お前達は鵙屋のお嬢こいさんの芸を手本とせよ」とおっしゃっておられました。


 お師匠様が弟子に稽古をつける部屋は奥の中二階にありました。

 私は番が廻って来ると、お嬢様を導いて段梯子を上がり、お師匠様の向いの席に座らせて、三味線をその前に置きます。

 そして一旦控え室へ下がって、稽古が終わるのを待っていました。

 稽古がいつ終わるかは判りませんから、呼ばれない内にお嬢様を迎えにあがるのに、油断なく耳を立てていました。

 お嬢様の手曳きを任せられて一年もしていると、お嬢様の習っている音曲が耳に馴染むようになりました。

 お嬢様にお近付きなるにはこれしかありません。


 私はご主人から頂く手当や、お使い先で貰う祝儀を貯め始めました。

 丁稚には基本、給料はありません。その代わり食べる物・着る物は主人から頂き、住む場所の家賃は取られません。

 先輩丁稚が何か買ってくるのを横目に、お金を集めて粗末な一挺の三味線を手に入れました。

 主人や丁稚の頭・番頭にとがめらぬよう、棹と胴を別々に天井裏の寝部屋へ持ち込みました。

 私は5・6人の手代や丁稚共に、立つと頭がつかえるような、低い狭い部屋へ寝ていました。

 彼等の眠りを妨げぬことを条件として、三味線の稽古を内緒にしてもらうように頼みました。

 丁稚は昼間、力仕事や呼び込みをしますが、営業時間が終わると、主人や番頭に算盤そろばんと読み書きを教わります。

 これが商人を目指す子にとって、寺子屋の代わりになります。

 いくら眠っても寝足りない年頃なのに、頭と体に疲労を蓄えた奉公人共は、たちまちぐっすり寝入ってしまいますから、苦情をいう者はいませんでした。


 読み書き・風呂を済ませて丁稚仲間と天井裏の寝部屋に来ると、私は皆と同じように布団を敷いて、体と横たえました。

 そして皆の寝息が、大人しくなったのを確認してから布団を出て、押入れの中で稽古をしました。

 天井裏は蒸し暑いのですが、夏の押入れの中は格別に暑かったものです。

 しかしげんの音が外へ洩れるのを防ぐことが出来、寝言をさえぎってくれるので都合がよいのでした。

 三味線を弾く時は、杓文字しゃもじの丸い上半分を切ったようなはちを使うのですが、大きな音が出るので使えません。

 そこで爪を使って弦を弾きました。爪弾きは室内の狭い空間で演奏する、小唄などで使うほどなので音が小さくて助かりました。

 

 窓のない天井裏でふすまを締め切った、真っ暗な所で手探りで弾くのですから、普通なら不便に感じるでしょう。

 しかし私にこの暗闇は心地好かったのです。

 盲目の人は常にこういう闇の中にいる。お嬢様もまたこの闇の中で三味線を弾きなさるのだと思うと、私も同じ暗黒世界に身を置くことが、この上もなく楽しいものでした。


 稽古を始めた当初は、代々の薬種問屋を継ぐ目的で、丁稚奉公に住み込みましたので、三味線で食べていくような覚悟も自信もありませんでした。

 ただお嬢様の好む音楽に寄り添うことで、少しでもお嬢様の見る世界を見てみたかったのです。

 なのでお嬢様にも話さず、人知れず稽古を続けました。


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