第4章・第2話 獅子頭の鬼
瞼開かぬ妖の姫と娘たち、刀を佩かぬ手負いの人。
相手は、逃げれば主に詰め腹を切らされる兵の群れ。
忠心を誓った主とも、ここで別れを告げねばならぬのか。
「敵が人ならば私も人の身。最早逃げ切れませぬ」
重々しい私の話に、控えていた薄が近寄る。
「私らが道を開きます。主を守るのは僕の務め」
薄の言葉に、周りの娘たちが各々(おのおの)の得物に手を掛ける。
「黙りなさい! 私をあの太々(ふてぶて)しい殿様に貶めるのか」
姫は激しく撥ね退ける。
僕を使い捨てるた播磨守を、毛嫌いしていた富姫。
同じ道を辿るのは真っ平なのだろう。
「口惜しい、もう、せめて一時暇があれば、夜叉ヶ池のお雪様、遠い猪苗代の妹にも、手伝いを頼もうものを」
打ち破られる間際なのだろう。
床を伝う揺れは、今までで最も大きくなっている。
「姫、雲を――」
薄がまた何かを切り出そうとするが、富姫は眉間の皺で黙らせる。
時があれば助けを呼べる。
ならば助けを呼ぶ術を、妖なら持っていてもおかしくない。
それを姫が試さぬのは、偏に私が人の身故。
私は部屋の真ん中に置かれた、鎧櫃の上の獅子頭を見た。
「姫、この獅子頭は?」
「それは人の御霊を吸い上げ、妖の力を膨らます曰く付き。触れてはなりませぬ」
それを聞いた私は、音を立てぬように獅子頭に歩み寄る。
目の見えぬ姫なら、私の動きも分らぬて。
私は獅子頭の前に姿を正して座った。
「姫、頭を借ります」
短く叫び、慌てた姫の声。
「それを被れば人には戻れませぬ!」
私は口の端を持ち上げた。
「もう目が霞んで、姫のお顔が見えませぬ」
「そ、それは……」
私は獅子頭に手を伸ばした。
「私の心は貴女に傾いているのです」
触れた先から、何かが流れていく。それは私を枯らすことなく、得も言われぬ力が戻ってくるではないか。
そして独りでに獅子頭の罅が塞がり、朱い漆が輝き始める。
漆の輝きは、私が身動ぎをする度に揺れ、燃え盛る炎のよう。
獅子頭に見蕩れていると、ふと富姫の驚いた顔が映る。
そういえば背中の傷に走っていた、痛みが鳴りを潜めた。
右手で探ると堅く薄い物が当たる。
前に戻して見てみれば、赤い牡丹の咲いた櫛であった。
裾を引き摺る音、すすすと私の隣に姫が進んでこられる。
「こ、これは!」
私は姫の前髪に櫛を飾る。
「花は私に似合いませぬ」
「図書之助様……」
私を火照る眼差しで見つめる姫。
照れた私は、お道化た言葉を重ねる。
「何、三の丸に、見渡す限りの牡丹を咲かせましょう」
眼の戻った獅子頭を片手で掴むと、顎から下が外れる。
裏の黒漆は底が見えず、もっと寄越せと強請っていた。
そう慌てずともよい。
私は藤袴が持っていた大太刀を借り受け、獅子頭を被って切り穴の前に立った。
止まぬ槌の音。御霊は尽きることが無かろうて。
私は太刀の柄に手を掛け、踏み込む次の足に備え、やや低く屈む。
「獅子頭の鬼・図書之助、いざ参る!」
私は閂ごと、階段へと降る扉を踏み抜いた。
原作: 『天守物語』
原作者:泉鏡花
発表年:1917年
青空文庫『天守物語』
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