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第1章・2話 佐助、はしめてのてひき

「お嬢様こいさん、ほな行きますよ」

 

 私はお嬢様の手を握り、ゆっくりと歩きだしました。

 

私はお嬢様とは関わらないようにと思っていましたが、奉公を始めて一週間でその誓いは崩されました。

 お嬢様は私がやってくる少し前に、病気で目が見えなくなったのです。

なので外に出るとき、目的地まで連れて行ってもらう手曳きがいないといけません。

 その役目を今日は私が任されたのです。


 今向かっているのは春松検校けんぎょうの家です。

 道修町の鵙屋からは10丁|(1.1キロメートル)離れたうつぼにあります。

『春松』は朝廷から与えられた名前で、『検校』は同じく朝廷から与えられた特権階級です。朝廷に  

 納めた金額に応じて、盲人は琴や三味線演奏の独占権を買いました。

 その中でも『検校』は最も高い位で、それだけ演奏が卓越している証明になります。

 春松検校は三味線の名手で、お嬢様は毎日丁稚や女中に曳かれて、稽古に通いました。


 聞くところによると、お嬢様は琴や舞が大層たいそう上手かったそうですが、目が見えなくなってからは三味線を習い始めたようです。

 四歳の頃より舞を始めると、素晴らしいふるまいを備え、さす手ひく手はあでやかで美しく、本職の舞妓もかなわなかったとか。

 時のお師匠様もしば〱(しば)舌を巻いて、「天下に響き渡る舞の才能と身体をあわせ持ちながら、良家の子女に生れたのは幸せと言えないし、不幸せとも言えない」と呟いた、とも聞きました。


「お嬢様こいさん、今日はいい天気ですよ」

 秋空はどこまでも青く、時々冷える風が吹きますが、日射しで暖かく成り過ぎた身体を冷ましてくれるのでいい塩梅あんばいでした。

『こいさん』は大阪の商人が使う船場せんば言葉です。

大阪は言葉遣いが荒い河内弁や泉州弁が一般的ですが、客に丁寧な物腰で話す商人の家では船場言葉が使われました。

商家の主人の長女を『愛しい人』を意味する『お糸さん』や『糸さん』と呼びます。そして次女・三女を『小糸さん』『こいさん』と呼ぶ習わしでした。


 私も先輩に習い、丁寧な呼び方・話し方を心掛けました。

 気を使って話の種をいたつもりですが、お嬢様は口をもごもごさせて、額にしわを寄せました。


まずい。初日の激しさを思い出して、首筋がきゅっと締まりました。


 ですがお嬢様は人の目を気にしてか、口を開くことはありません。

 それからは黙々とお嬢様の手を曳いて、師匠の家に連れていき、帰りも一言もしゃべりませんでした。


「お嬢様こいさん、家に着きましたよ」


 お嬢様は道中俯うつむいていましたが、そう呼びかけると私の顔を見上げました。

 しばらく私の顔を見た後、女中がやってきて家の中に入りました。


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