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メタル・マンカインド

作者: 松下智音

説明不要!

一人の男はビルの屋上で立っていた。

屋上から見える景色は男にとって爽快なものだった。

高層ビルからの景色は都会のネオンを映し出していた。

「明日、俺はアレをやるんだ」

そう心の奥底で決意した男は屋上を去っていった。

屋上から景色を見降ろす時間はコンマ3秒。


スーパーでアルバイトをしているとある2人の会話。

「カラオケって知ってるか?」

高宮隼人は外国人の出稼ぎ労働者である白人のジョンソンに聴いた。

「アア、カリオケネ!」

ジョンソンは片言で答えた。

「カリオケじゃねーよ!カラオケな!」

「オーウ!ニホンゴムツカシイネ!」

「このやろうーところでジョンソンさ、昨日あれ見たか?」

「ナニ?」

「キングダム!」

「オオ!ワスレテマシタ!」

「オメー見ろつっただろ!違法サイトにあれだけ動画挙がってんだからつべこべ言わず見ねーと損だぞ」

「フザケンナコノヤロウ!」

「ばかっいきなりきれんなよ!」

ジョンソンは激高し、高宮隼人の胸倉を掴んだが、2人の間では日常のなれ合いのようなものであり、どうってことはなかった。ジョンソンは身長が196cmあり、体重は100kgを超えていた。見た目はプロレスラーであり、スーパーのレジ打ちにしてはとても違和感があった。

一方の高宮隼人は身長が175㎝で体重65kgと平均よりもやや痩せていた。2人の身長差は20㎝もあるので、子どもと大人のように見える。ジョンソンと主婦のアルバイトが並ぶとアリ対ゾウのようである。

ある日、高宮隼人が店長に何故ジョンソンを雇ったのかと聞くと、店長の真壁雅也は煙草を吸いだした。

真壁雅也曰く「わからねぇ」らしい。

その時の店長は右鼻から鼻毛が2本生えており、さらにもう1本は白髪だった。それを見た高宮隼人は「お疲れ様です」と颯爽と家へ帰ったのだった。家へ帰ると違法のエロサイトで「ノン・ストップ・マジック・ミラー24 宮池花」を見て、性欲が沸かなかったため、風呂に入りそのまま寝た。


高宮隼人は次の日、変な夢を見て起きた。

「はあ~かったりい」

いつものセリフを吐き出し、アルバイト先のスーパーへと向かう。

就職活動に失敗した高宮隼人は卒業してから実家でフリーター生活をしていた。

今年で27歳になる。フリーター生活も5年目を迎え、両親からは就職するようにと口酸っぱく言われていたが、当の本人は就職する気はなかった。

会社の歯車にはなりたくない。就職活動を失敗した理由は、この思いが強すぎたからかもしれない。現に内定は貰っていたが納得する企業ではなかったため、卒業してからも就職活動は続けていた。しかし、1年2年とたつうちにアルバイト中心の生活となってしまい、目標を見失ってしまった。

日々の繰り返しに嫌気も刺していたが、高宮隼人にとってそんな思いはとっくの昔のように感じていた。むしろ今は忘れている。

幼い頃の将来の夢はビルのオーナーだった。ビルを経営し、自分の好きな店を入れる。幼稚園の頃はおもちゃが大好きで、どこに出かけるにしても恐竜のおもちゃを常に握っていた。小学生になると、カードゲームにはまり、自分でカードを作ったりもしていた。絵心があった。そしてカード作成から絵を描く中心の生活になっていった。成績は悪く授業中は自由帳に絵を描き続けていた。絵画コンクールに入賞し賞状を貰う機会も多くなった。

「表彰!高宮隼人!」

「はい!」

「全国花とゆめコンクールにおいて優秀な成績を納めました!以下同文!」

高宮隼人の通う小学校の校長はいい加減な人だった。毎週ある全校集会では話す内容は同じで、誰も聞いていなかった。いつだったかの4年3組が全校集会を忘れてしまい、合唱コンクールの課題曲「怪獣のバラード」の練習をしていたのはいい思い出である。高宮隼人も4年3組の一人だった。

中学に入ってから高宮隼人は本格的に絵にのめり込んだ。美術部に入り、放課後はデッサンの練習、しかしこれが高宮隼人にとっては苦痛だった。とにかく面白くないのだ。描きたい絵を描けないという思いからストレスを溜めていた。その反動からか、家に帰ると漫画を読み漁り、キャンパス・ノートに漫画を描き続けていた。中学2年の時は週刊誌の新人賞にいくつか応募したりもしたが、惨敗だった。それでも、家族や友人に自分の手掛けた漫画を読んでもらうことは嬉しかったようだ。

美術部には行かなくなってしまい、幽霊部員となった。そんな高宮隼人を友人の倉田まさみは心配していた。倉田まさみは美術部で生徒会長も務める活発な子だった。文化系の部活所属の人間にしては珍しく、友人関係も広くクラスの中心的存在だった。高宮隼人と倉田まさみは中学3年間同じクラスだった。中学2年の新人賞応募の時は睡眠時間2時間という厳しい生活をしていた高宮隼人は授業中はいつも寝ていた。そんな高宮隼人を倉田まさみは見て見ぬふりはできなかった。

アルバイト先のスーパー「廉太郎」に到着すると、高宮隼人は制服に着替えた。

おはようございますとひとしきりパートの主婦たちに声をかけ、持ち場に入った。

「おはようございます。安西さん変わります」

「おはよう~うん、今日もよろしくね」

主婦の一人と交代し長い一日がスタートした。

といっても午前中はピーク時の夕方と比較すると暇である。

レジ打ちの仕事は高宮隼人からすると何も考えなくていい楽な仕事だった。

ただ釣り銭を渡す時だけ集中していればよかったので、仕事中はほとんど、別の考え事をしていた。今ロシアの貴族たちはどんな洋服を着てどんなものを食べ生活をしているのかといったくだらない考え事だ。そして今日、高宮隼人が考えているのは、パプアニューギニアの農家の暮らしだった。誰も分かるはずのない答えにあえて自問自答してみることで世界を俯瞰して見るというこの感覚が高宮隼人は好きだったのだ。だからこそ、ジョンソンに対して興味が沸くのだ。高宮隼人はジョンソンと一番仲が良く、アルバイト終わりの時間が被っていればともに食事に行くことさえあった。近くのファミレスから牛丼チェーン、ファーストフードと手あたり次第様々な店に周った。ジョンソンの家に行って、映画漬けの夜を過ごしたりもした。

高宮隼人にとってジョンソンは不思議な存在であるが、最も身近な理解者であるかもしれない。

しかし、この頃こういった妄想癖が転じてミスが増えてきたのも事実だ。締め作業でレジの金を金庫に格納する際。金額が合わなかったりと要因を突き止めると高宮隼人である可能性が高いのだ。

そのせいでなにか災いが起きると高宮隼人のせいにする従業員も増えてしまっている。

「アレ、キョウモセンエンタリナインデスカ?オレダシマスヨ!」

そういった厄介毎をジョンソンはいつも解決しようとしていた。

廉太郎の店長である真壁雅也は2人を嫌っていた。出来る限りシフトを重複しないようにと、努めていたが店舗の人員不足も深刻な為、そうはいかなかった。真壁雅也の考えとしてはいい加減学生でないのだからしっかりとしてほしいというまっとうな理由だった。現に何度か契約更新では契約はしないと、高宮隼人に忠告したこともあった。しかし、アルバイトといえどもいきなりクビにするのも難しく、ミスは増えていたが色々と助けてもらう機会が多いため、真壁雅也にとって難しい課題だった。マネージャーの北村潤太郎は高宮隼人を社員に奨めろと命令があるが、真壁雅也は腰を重くしたままだった。そしてそのまま石になってしまうことも多々あった。

仕事を終え高宮隼人は帰り支度をしていると、真壁雅也に呼び止められた。

「高宮君。はなしたいことがあるんだけど時間大丈夫?」

「あ、はい。大丈夫ですよ」

「就職活動はどう?」

「やってないっすね。店長知ってるじゃないですか」

「いや、まあね。高宮君は学生の頃から此処で働いているからさ。なんだかずっと就職活動しているイメージがあってさ」

「まあ、そうですね」

「何度か話出ていると思うんだけど、うちの入社試験受けてみたら?」

「うーん・・・」

「まだ高宮君27、28とかだっけ?なんとなくもったいない気がするんだよね。学生時代の友達とかもほとんど働いているでしょ。」

「そうっすね・・・話は聞いたりしますよ」

「高宮君実家暮らしだよね?両親はなんて言ってるの?」

「あんま、話さないんで分からないっすね」

高宮隼人はこの場から早く抜け出したいと思っていた。しかし、不器用であるため、どのように交わせばいいのか分からなかった。店長から社員への誘いは内心では嬉しいものであったが、すぐには飛びつけなかった。飛びつけない理由がこれといってある訳ではないが、社員になると積み重なる責任にプレッシャーを感じずにはいられないからだった。

「高宮君には言ってなかったけな。俺も実は留年しててさ、社会に出たのも27歳なんだよ」

高宮隼人はドキッとした。

「結構遅いんですね」

「そうだねー俺も高宮君となんとなく考え方は似ているかもしれないなーでも考えてみてよー」

「はい、分かりました」

高宮隼人にとって店長と話す時間はとても長く感じられた。年を重ねるごとに何故か分からないが、年上の人と話すのが苦手になっていった。そしてどことなく淡々と感情のこもっていない店長が苦手だった。仕事終わりの缶コーヒーを飲み干し、自転車に足をかけ家路を急いだ。

帰りの途中で、百円を見つけハッピーな気分になった。自分の目の良さに呆れかけていた。

高宮隼人は家に帰るといつも通り、事務的に親にただいまと伝え、夕食をとった。会話はほとんどない。

そして、テレビを少し見て自分の部屋に戻った。テレビと言っても繋ぎのニュースだ。高宮隼人は殺人事件ばかりで嫌になるのでほとんど無気力で見ている。

今日あった出来事を頭の中で振り返っていると、ジョンソンから電話がかかってきた。


「どうした、ジョンソン」

「タカミーヤバイヨ!ヤバイッテ!」

「ん?どうしたの?」

「テンチョウシンデル!」

「は・・・?」

高宮隼人は呆然とした。

さっきまで話していた店長が死んだという。頭で理解が追いつかなかった。

「え?よくわかんないんだけど、どういうこと?」

「トリアエズミセキテ!」

「わ、わかった、いくよ!」

高宮隼人は急いで階段を下りて靴を履いた。そうすると母がやってきた。

「ちょっと!隼人!あんたの店で殺人っ」

「わーったから、話はまたあとで!」

母親の話を遮り急いで家を出て自転車に乗った。

慌てて外を出て自転車に乗る。誤ってベダルが脛にぶつかってしまい、痛っとなってしまった。

百円を見つけた場所で「百円の恋」を思い出し、ボクシングがしたいという衝動に何度も駆り立てられたがやるはずがなかった。

そして店に着くと、救急車が走っていった。パトカーが並んでおり現場の状況説明をジョンソンがしていた。とても違和感のある現場にじゃじゃ馬の客が紛れ込み、パニック状態になっていた。

そして、高宮隼人は冷静になり何故ジョンソンから連絡が来たのか深く考えた。

「ん?なんで?」

頭の中がこんがらがってしまい、呼吸も荒くなっていた。

何故こんな事態になったのか遠くからジョンソンを見つめ、眉間にしわを寄せる高宮隼人を尻目に、客たちは「ええじゃないか」と踊り始めた。

それを見て従業員たちも踊り始めた。神輿もやってきて、獅子舞も踊っていた。

「踊る阿呆に見る阿呆どうせ見るなら踊らな損損」

1人の警察が言った。そして取り調べ中の警察たちも拳銃を天空に打ち上げ、仕事やってられねえと叫び、小さい子どもたちはかけっこ競争をはじめた。周囲の狂気にジョンソンはおびえはじめ、誰かに電話している。高宮隼人は電話を取った。

「どうしたジョンソン」

「タ、タ、タカミ―イツツクンダメーン!?」

「もう、着いたけどこれ一体どうなってんだ・・・?」

「ワカラネエヨ!!」

ジョンソンは声を荒げ、怒りをあらわにし泣き出した。そしてこの異様な状況を高宮隼人は見つめるだけだった。


次の日、高宮隼人は夢から醒めた。

「夢だったか、、、」

息が詰まり、苦しかった。こんな壮絶な夢を見るのは久しぶりだったのでとても心臓に悪かった。

そして大量の汗をかいていた。風呂にも入らずにベットで爆睡してしまったことを後悔しシャワーを浴びた。今日は一日中オフなので、気兼ねなく休むと決めた。


高宮隼人は昼過ぎにベットから起き上がった。

休みの日は大体昼過ぎまで寝ている不摂生な休日だ。

洗面所に行き顔を洗った。高宮隼人にとってこの儀式は朝のルーティンである。

父は仕事に行っていた。母はリビングで掃除をしている。

「おはよう~~」

高宮隼人は無視した。

「おはようでしょうよ!」

高宮隼人は二度目の無視をした。

「あんた、聞いているの?」

「ふぁ~い」

「ふぁ~いじゃないのよふぁ~いじゃ!就職活動はやってるの?」

またその話かと思った高宮隼人は、昼食の準備に取り掛かる。かといって本格的な料理を作る訳ではない。目玉焼きと納豆ごはんと昨日の残りのみそ汁だ。料理の腕前は大したことはないが、手際よく茶碗にご飯をよそう。食料は実質タダ。実家暮らしの良き部分だ。

高宮隼人は昨日の夢について考えていた。

もしこの夢が現実になったらどうなってしまうのだろうと何かの映画であったことを思い出した。

「あれ!なんやっけなあ~」

「ん?どうしたの?」

思わずむずがゆくなったため、無意識のうちに声に出してしまった。

「なんでもねーよ」

「ねーよじゃないでしょあんた」

「あ、そうだね。そういえば母ちゃんは昨日夢見た?俺変な夢見たよ」

「そうなの?私も変な夢見たよ」

「何見たの?」

「お父さんがやけに優しいの。出会ったころに戻ったときみたいに。今じゃ考えられないわ。今日も朝何も言わずに会社いっちゃったんだから、いつもありがとうぐらい言ってほしいわよね。何で言わないのかしら。そういう一言が大事なんじゃない。違う?」

「ああ・・・」

高宮隼人は母が話し始めた「お父さんがやけに」の部分から訊くのをやめた。そして、出来上がった目玉焼きを皿に載せいつもの朝定食を食べた。

「ねえ、なんであんた夢についてなんて語ったの?」

「んあ?怖い夢見たから」

「どんな夢?」

「さーあーなー」

母はフローリングの掃除にコロコロを使っていたが、コロコロが汚くなったので破いて新しく替えた。そのベリッという音とともに、外にいる猫が鳴いた。

「またあいつかよ」

「えさがほしいのよ全く」

「もうさ、あの猫飼っちゃえばいいじゃん」

「え~黒猫怖いじゃない。昨日呪怨見ちゃったから」

「関係ねーだろ。ホラー信じるばばあがどこにいるかよ」

「かれーこっこいちば~ん」

いつものものボケを決める母に高宮隼人は無視した。そうこうしているうちに朝定食を食べ終え、自分の部屋に戻った。

高宮隼人は部屋に戻り、PCを開いた。いつも通り今期のアニメを見て過ごす。これ以上の至福の時はなかった。高宮隼人のリフレッシュ術その1である。

その2はお菓子を食べながらアニメを観ることだ。高宮隼人はお菓子が好きでうまい棒は明太味、ポテトチップスはカルビーのうすしおと決まっていた。チョコ系はアポロ、コアラのマーチ、食べっ子水族館、エリーゼでどれもペプシコーラとともに食す。胃の中がおかしくなる不健康な状態が快感なのだ。体質からかこのような食生活でも細身である。酒は飲まない代わりにお菓子とコーラを食べる。スーパーでアルバイトをしたきっかけもお菓子が身近にあったからなんとなくという理由だった。

高宮隼人は部屋に忍ばせておいたポテトチップスとペプシコーラを流し込んだ。

何をやっているんだ27歳という言葉が頭に浮かんだが、一瞬で消え去り、見ているアニメに夢中になった。

母は新聞を読みながら塗れせんべいを食べていたが、卵ととりの胸肉がないと気付き買い足しに行くことにした。自転車ですぐのスーパー「廉太郎」には高宮隼人から行かないようにと口うるさく言われている為、少し離れた「はなげや」に行かなくてはならなかった。高宮家の食卓は野菜中心である。その為、野菜をいかに安く買うかが母にとって重要な要素であった。野菜に関しては「はなげや」の方が比較的安いので多少遠くても都合がいい。しかし、困るのは「廉太郎」恒例毎週火曜日の特売日だ。この日に限っては野菜も肉も魚も普段より安くなる。そして特売日は従業員は全員出勤する店の決まりがあった。母はさっぱりしているように見えるが、人一倍傷つきやすかった。息子が嫌がる顔を見るのは心痛かったのだ。

「はやとーいってくるねー」

2階にいる息子に聞こえるような大きな声で母は言った。

「うぃーいってら!」

高宮隼人はポテトチップスをむしゃむしゃ食べながら言った。高宮隼人は自分がマザー・コンプレックスなのではないかと思った。でもその考えも刹那で消えた。アニメ「コーヒーブレイク」の喫茶店オーナー・南方無敗がサイフォンを用いてコーヒーを煎れた。今作の最大の見せ場だ。出来上がったコーヒーを注ぐ擬音も忠実に再現されており、カフェ専門店のバリスタ監修のもと制作されている。本格的なコーヒーアニメだが視聴者もなんでこれを見ているんだろうという感覚になるからか、今期のアニメの中で最低視聴率だった。しかし、高宮隼人は「コーヒーブレイク」が今期の中で一番好きなアニメだった。

そうこうしていると夕飯の時間になった。アニメに夢中になり過ぎて、同じ姿勢で椅子に座っていた為、多少腰が痛くなった。高宮隼人は伸びをしたついでに欠伸をした。その空いた口はあまりに大きく涙が出た。右目から出た涙は頬を濡らした。それを手で拭い、部屋を出た。ポテトチップスの袋とペプシコーラの空いたペットボトルを持って下に降りた。高宮隼人はおかしいと思った。一向に母が帰ってこないことに。どこかほっつき歩いてるのではないかと思ったが、長い時間ゆく当てなどあるのか検討がつかなかった。時間は20時を過ぎ、家にある合わせ物でなにか作ろうとした。冷蔵庫の食材は母が実権を握っており管理者である。その為、料理をするのはいいが後々、面倒臭いので母にLINEを送った。

「家にあるものでご飯作ります。母ちゃんの気に触ったらごめん」

するとLINEは直ぐに既読になった。おかしいと思ったが、携帯を置き料理に専念することにした。

そして、高宮隼人はもう1つある点に気づいた。

父も帰ってきていないのだ。おかしい。

いつもならこの時間に家に着いて、晩酌を始めている頃だが、何故帰ってこないのか分からなかった。

不慣れな手つきでフライパンを振り、もやしの肉炒めを作った。味付けは適当である。薄ければ足せば良いという考えだったので、調味料は少なめで食べながら調整するという作り方だった。適当に醤油、砂糖、みりんを使えば美味くなるだろうという持論だった。そうこうしているうちに、携帯に手をやりLINEを開いた。既読はついたままだった。どうしたものか、返事が来ない。さすがに気になった高宮隼人は母に電話をした。呼出音は鳴っているが電話には出なかった。

「ただいま電話に出ることができませ・・・」

高宮隼人は電話を切り、なんだか気持ち悪い気分になった。警察に捜索願を出すべきか、待つべきか。当てになる場所はいくつかあるので、急いでもやしの肉炒めとご飯をかきこみ外に出た。高宮隼人はスーパーのどっちかだなと見切りをつけた。そう、「廉太郎」か「はなげや」である。しかし、母が買い足しに行くと言って4時間近くたっており、近場のスーパーではないような気もしてきた。それよりも父はどうしたのだろう。高宮隼人の鼓動は強くなった。ドクンドクンと振動が鳴り、ペダルを漕ぐ回数が増えた。坂道でちゃちなおばちゃんが乗っている原付バイクを追い抜き、心拍数が上がる。坂道を越えた先にアルバイト先「廉太郎」がある。しかし、「廉太郎」には極力足を運ばないようにと忠告してある。母が行く確率は低いような気がした。

そうなると「はなげや」だ。確信に変わった高宮隼人は自転車の速度を速める。

坂道を越え直進した先に「はなげや」はある。それにしても父はどうしているのだろうか。飲み会はないはずだ。帰宅時間はいつもなら19時だ。残業もほとんどしていないので、父のことも心配になった。

呼吸がだんだん荒くなり、のどが渇いていた。いつも飲んでいるペプシコーラのせいで腹は弛んでいた。

もう少ししたら「はなげや」に着く。しかし、時間が時間なだけに本当に母がいるのかは分からなかった。もしいたとしても、買い物にここまで時間をかけるのはあり得ない。高宮隼人の感情は先ほどの確信とはうって変わり今は不安となっている。

そうすると携帯からLINEの着信音が鳴った。思わずどきっとして急ブレーキで自転車を止めた。近くに犬の散歩中のおじいちゃんが、びっくりしていた。怖くなって携帯を見るのをためらったが、おそるおそる携帯をポケットから取り出しLINEを開いた。

LINEは母からだった。画像が1件送られてきた。

画像にはジョンソンがピースサインで笑顔で映っていた。

「なんだこれは!?」

驚いた高宮隼人は思わず叫んでしまった。その声を聴いたおじいちゃんはすぐさま後ろを振り向き、犬はワンと吠えた。

母親のメッセージに送られてきたのはジョンソンの写真。2人に何か関係があるのか。いや関係ないはずだ。高宮隼人とジョンソンは仲が良かったが、自身の両親に面識はなかった。それにも関わらず母親から送られてきたLINEの画像にジョンソンが送られてくるのはおかしい。母親に電話しても出る見込みがないので、ジョンソンに電話してみた。先ほどのおじいちゃんと犬はもういない。頼む、早く出てくれと高宮隼人は願った。しかし、出る気配はなかった。もしかしたら出勤日かと感づいた高宮隼人はシフト表を確認した。丁度、ジョンソンが勤務している時間だった。高宮隼人は不可解な事態に頭が混乱していた。ここは一旦、何か手がかりを探すために、「廉太郎」に戻る決断をした。ジョンソンが何か知っているかもしれない。自転車の方向を変えペダルに足を置き進みだそうとした瞬間、また通知音が鳴った。今度は父からのLINEだった。画像が送られてきている。

画像にはジョンソンがピースサインで笑顔で映っていた。

「なんだこれは!?」

驚いた高宮隼人と一緒に近くにいた仕事終わりのサラリーマンも、よろけてしまった。

高宮隼人は急いで「いなげや」に向かった。警察に連絡するべきか、3人がたくらんだ罠なのか、頭の中で様々な考えが張り巡らした。今、止まるべきか、冷静に考えるべきか、体は滝のように汗が流れていた。自転車を漕ぐスピードは速まり道行く人を追い越した。とはいっても先ほどのおじいちゃんだった。

「うぉ~い、気をつけれい!」

おじいちゃんは高宮隼人に対して叫んだが、高宮隼人には聞こえていなかった。それもそのはず、自分の両親が誘拐されているのかもしれないのだ。よりによってジョンソンに。そうなると、ジョンソンはどこなのだろうか。手がかりは高宮隼人のアルバイト先の「いなげや」にある。目的地はもう目と鼻の先だ。

高宮隼人は到着すると、レジまで走った。店内は冷房が効いており、汗はすぐに引いた。外との温度差でむしろ寒いぐらいだった。ジョンソンの持ち場を探す。しかし、ジョンソンの姿はなかった。客はこの時間にしては多く、サラリーマンが多かった。レジを眺めていると店長の真壁雅也が横を通った。すかさず高宮隼人は話しかけた。

「店長!俺、高宮隼人です!」

「ん?知ってるよ。今日出勤だったっけ?」

高宮隼人は自己紹介したのが不思議でならなかった。恥ずかしくなり、体温とともに顔も赤くなった。冷静を保たなくてはと深呼吸した。

「いや、そうなんすけど!てかあの・・・ジョンソンいますか?」

「ジョンソン?いるだろそこに!」

真壁雅也が指さしたレジは店の入り口の一番手前だった。

「イラッシャイマセー」

接客をしているジョンソンを見つめ時が止まった。じゃああの写真はなんなんだ?客はいなくなった。

「店長ーありがとうございます!」

急いでジョンソンのもとに向かう。うやむやにしてはならない。例えジョンソンがしらばっくれようが、問い詰めてやる。何故かジョンソンを見た途端、恐怖から怒りに変わった。そしてこいつは一体誰なんだ?一番仲のいいアルバイト仲間であったがもはや敵である。

「ジョンソン!!」

高宮隼人はジョンソンをにらみつけ叫んだ。

「オウ!タカミードウシタ?」

高宮隼人はジョンソンを思い切り殴ろうとしたが、ジョンソンは避け、高宮隼人はレジ台に上半身を乗せた格好になった。これはまずいと思った矢先、店長含めアルバイト達が高宮隼人を止めにかかった。

「ナンダテメーナニスンダヨコノヤロウヤルナラオモテデロ!」

ジョンソンは熱くなり早口になって叫んだ。アルバイト数名でジョンソンをなだめた。体では太刀打ちできないので、なんとかしてこの場の平静を取り繕うと現場全員が一致団結した。客たちは何の騒ぎかとレジから離れた。そしてレジにならんていた男の一人が警察に電話をした。ジョンソンはレジの近くに置いてある煙草からセブンスターを手に取り、煙草を吸った。

「ヤッテランネエヨクソドモガ!」

ジョンソンは怒りをあらわにした。現場では緊張感が溢れている。

「高宮、お前何してるんだっ!」

真壁雅也は怒鳴りつけた。高宮隼人を押さえつけ馬乗りになっている。

「いや離せよっ!あいつがわりぃんだ!」

高宮隼人も怒鳴り返した。逆切れである。しかし、高宮隼人の怒りは止まる気配がなかった。父と母をおそらく殺したであろうジョンソンを許せなかった。殺したかどうかは定かではないが、思考の浅い高宮隼人は手がかりを持っているジョンソンを自身の手で、仕留めたかった。気持ちは高ぶっている。

「いいから落ち着けや」

真壁雅也の腕は高宮隼人の顔を押し付けていた。眉間にしわが寄り血相を変えた真壁雅也に対し、高宮隼人は恐怖を感じた。抵抗しようにも抵抗できない、力が入らないのだ。息が苦しくなり、意識が遠のき必死に抵抗しようと真壁雅也の腹を殴ったが、完全にマウントを取られているため力は半減していた。

「てめぇ殴りやがったな」

真壁雅也は不気味な笑みを浮かべ、高宮隼人の顔面を殴った。

「痛っ・・・」

あまりにも早いパンチに高宮隼人の脳天は揺れた。右頬にパンチが入った。かろうじて目は守られていたが、あまりのパンチの速さと重みに、耐えきれなくなった。すぐさま向きを変えうつぶせになろうとしたが、高宮隼人の身体は完全に足でロックされていた。どうすることもできない高宮隼人は両手で顔を必死にガードした。なんで俺がこんな目にあわなきゃいけねえんだよ。親だってどうなってっかわかんねえのによ。てか顔いてえよなんなんだよこいつはよ。高宮隼人は心の中でつぶやいた。

「殴らねえとやられちまうぞ」

「ちくしょお・・そんな挑発に乗ってたまるかァ!」

「オメー本当に根性ねぇんだな」

2人の取っ組み合いのさなか、ジョンソンはレジを破壊しレジ金を盗み逃走した。

「オメーラオレサマヲナカマハズレニスンナヨ!」

ジョンソンは泣きながら叫び逃走した。そしてその声は店内に響き渡った。

あまりにも一瞬の出来事に場は騒然としていた。

「なにやってんだ早く捕まえろっ!」

真壁雅也は叫んだ。そして馬乗りになっていた姿勢を外し、ジョンソンを追いかけていった。アルバイト2~3人が後に続く。

買い物客は何が起きたのかと目をきょとんとさせていた。そして身の危険を感じた子どもは泣いていた。

そうこうしているうちに警察のサイレンが聞こえた。高宮隼人はすぐには立てなかった。買い物客の一人が高宮隼人を肩で担いだ。

「ちょっ」

「待てよあんさん、いいから俺に担がれてな」

恰幅の良い男は高宮隼人を担ぎ上げ、店の外に出た。あまりのも慣れた手つきに高宮隼人は、反抗することが出来なかった。

「いやちょっと待ってください。警察いるんで、現場検証はいるでしょう。警察と話さなきゃいけないっすよ。降ろしてください」

「いやこれは誤報になる」

「へ?どういうことですか?意味わかんないっすよ」

「警察に通報した男は見せかけだ」

「じゃあなんで今いなげやにパトカー向かってるんですか?ほら警察出てきてますよ。降ろしてくださいよ」

「すべて君をはめるための罠だ」

「いや、マジで意味わかんないっすよ。罠ってどういうことなんですか?」

高宮隼人は肩で担がれたまま、男言っている意味が理解できなかった。罠とはなんだろう。確かに不可解な事件が起こっている。父と母が家に帰ってこない。父と母から送られてきたLINEの内容はジョンソンの写真。そして既読はつくが変身はこない。さらに自信を殴り続けた真壁雅也。レジ金を盗んで逃亡したジョンソン。

「なにか手がかりでもあるんですか?もし知っていたら教えてください」

「手がかりも何もこれは罠だからな。今から君に真相を知ってもらいたいんだ。だからこのままじっとしていてくれ。さもないと君を殺しかねないぞ」

「・・・」

高宮隼人は黙った。男の要求は恐怖よりも理不尽すぎてなす術がなかった。

「このまま黙ってあなたについていけば何か教えてくれるんですよね?」

「ああ、もちろんだよ。事件に関与しているのはジョンソンではないからね」

「は?どういうことっすか?」

「これ以上は今は口が裂けても言えないな」

「わかりました。目的地に着くまで、俺も黙っています」

「それでよろしい」

2人は黙ったまま、暗い道へと進んでいった。高宮隼人は生まれてこの方ずっとこの町に住んでいたが、辺り一面見覚えのない道に驚いた。小学生の頃から冒険と題して友達と自転車で様々な場所へ行ったが、知らない所もあるんだと感心した。

「感心している場合じゃないぞ」

「な、なんすか?」

男の発言に驚いた。そして恐る恐る訊いた。

「今、知らない道もあるんだって思ったよね?」

「いや、そんなことないっすよ」

「そうなんだ、へぇ」

高宮隼人は強がって嘘をついた。男は心が読めるのか。では仮に試してみようと、今はやくかえりたいと心の中で唱えた。15回ほど唱えたあたりで男が口を開いた。

「あれ~~道どこだっけなあ」

高宮隼人こいつは何を言っているんだと思った。そして今更ながら見知らぬジョンソンと変わらないぐらいの体型をした男に担がれ道を歩いている状況に恐怖を感じた。このまま男に殺されるのではないかと考えると胸の鼓動がはやくなった。まずい、このままでは察知されてしまう。しかし、胸の鼓動を抑える事なんて出来ない。もしそんな方法があれば教えてほしいぐらいだった。

「ちょっと車で行くことにするよ」

男の発言は高宮隼人を益々恐怖のどん底に陥れた。絶対に殺されると思った。そして何もできない自分が情けなくなった。でも今は男を信じるしか高宮隼人にはできなかった。昨日今日あったばかりではなく、つい先ほど会った男を信頼するなどできないが、手がかりを知っているのは男に違いない。何も反応しないのも指摘されそうだったので、とりあえず適当に質問をした。

「車ってあなたの車ですか?」

「そうだね、今電話して呼ぶよ」

男はガラケーを取り出した。良く見ると老人が使う簡易的な携帯だった。今は老人でもスマホを使っているというのにこの男は不思議だった。ましてや老人と言うにはまだ早すぎた。40代中盤といったところか。

男は暗闇に向かって歩き出す。のそのそと歩いて行った。このままどこに向かうのか行方は分からなかった。

高宮隼人は時間が気になった。携帯で時間を確認しようにもこの男に何かされるのではないかと行動できずにいた。

このまま何もせずじっとしておこうと思った。しかし、時間が分からないというのは気が狂いそうな感覚だった。いかに時間を気にして生活をしているかが分かった。普段の日常がいかに幸せな生活であるか高宮隼人はは思い知らされたのであった。

「なんかしゃべってくれないかな」

男が言った。

何を口にするのかと思えばそんなことかと、調子が狂ったが高宮隼人にとってお手の物だった。

「何の話がいいですか?いろいろありますよ」

「んーそういわれると話してほしくないな」

高宮隼人はなんてめんどくさい奴なんだと思ったが平常心を保った。

「いやー兄さんから言ったんじゃないすか。それは困りますよ」

「まあ・・・」

そして沈黙となった。高宮隼人は沈黙が苦手だった。ましてや話したことのない男に担がれ無言と言うのは空気が重く感じられた。時間も分からないので話していた方がましだと感じた。

「やっぱり何か話しましょうよ。なんでもいいじゃないですか」

「んーそしたらゲームをしよう」

ゲームと来たら負けられないとこの期に及んでと思った。高宮隼人は自分がおかしくなり笑いそうになった。

「いいですよ。どんなゲームやるんですか?」

「なにも難しくないさ。想像ゲームだよ」

「想像ゲーム?連想ゲームなら知っていますけど」

「頭の中を覗くゲームさ」

「頭の中を覗くって?」

「一人の人物を思い浮かべる。相手はそれを当てる。回答は10回まで。どう簡単でしょう?」

面白そうなゲームだと思った。そしてこのような体躯な時間にはうってつけのゲームだと思った。しかし、男は人の心が読める。そんな心理学者もどきとどのように対決するのか高宮隼人は作戦が必要だと思った。

「しかし、このゲームでやってはいけない掟がある」

「はい、どんな掟ですか?」

「嘘をついてはいけない」

「それは、分かってますよ」

高宮隼人はやはりそうきたか心のかでぼやいた。そして、男が自分を操ろうとしていることに気付いた。自分の頭の中で考えていることを当て、征服しようとしているのだ。その手にははまるかと、頭の中を無にするよう意識した。

「もし嘘をついたらどんな罰が下るんですか?」

「それはそのときのお楽しみだよ。簡単だろう?嘘をつかなければいいんだよ。まず俺が答えるから頭の中で想像してくれ」

「ちょっと待ってください!」

「ん?なんだ?」

「今から考えるんですけど、このゲームに俺が負けたらどうなるんですか?」

高宮隼人は念には念を入れ、男に訊いた。何が起こるか分からないからだ。

「いやとくにはないよ。決めた方がいいか?」

「いや、決めなくていいです!ゲームなので2人で楽しみましょう」

「そうか、わかったよ。じゃあはじめよう」

高宮隼人は頭の中でベーブ・ルースを唱えた。これは完全には当てられないだろうとタカをくくってのベーブ・ルースだった。しかし、顔が浮かばなかったのでまずいと思い別の人物を挙げようとしたら男が言った。

「お前あぶねえことするな」

「い、いや何もしてないっすよ・・・」

「ベーブ・ルースなんかわかるかよ。もっと万人受けするのを選んでくれ」

「すいません・・・」

心を読まれてしまった高宮隼人は、何も考えないようにした。

しかし邪念が頭の中に浮かんでしまい、そう簡単には出来なかった。

時間も分からぬまま、知らない暗闇をさまよっている。

そんな状況で正気ではいられなかった。

腹が鳴った。その音は男は聞いていたのか分からないが男は言った。

「飯でも食うか?」

意外な一言だった。しかし、夕食もろくに食べていなかったので、男の一言に救われた気がした。

「食べたいですけど、この辺食べる場所あるんですか?真っ暗じゃないですか」

「まあでももう少しなんだよな」

「あの・・・聞いてもいいですか?」

「なんだい?」

「僕ら一体どこにむかっているんですか?」

「どこでもないよ」

男の一言にいらっとした。空腹でもう何もかもめんどくさくなってきた。高宮隼人はここでいっそ殺されてしまってもいいと思った。むしろそうしてくれた方が楽な気がしたのだ。現実の世界で自分を必要としてくれる者がどれだけいるのだろう。戻ってきたところで自分を待ってくれる者はいないし、寧ろ死んでしまった方が世の中の為にもなるような気がしていた。

理由はジョンソンの件だ。

ジョンソンと店長は走ってどこかへ行ってしまったが、高宮隼人が殴りかかったとき、ジョンソンは本当に知らないようだった。おそらく今回の件には一切かかわっていないのだろう。そんな無実の外国人に殴りかかろうとしていた自分を責めた。

男に担がれ歩いた距離はどのくらいだろうか。そして時間はとてつもなく長く感じられた。感覚としては6時間ほどだ。高宮隼人は男に言った。

「もう別に俺の事煮たり焼いたりして食っていいですよ。どうせ俺なんか現実世界に戻ったところで意味ないんですから」

「そんなことはできねえよ。お前には一生生きてもらう」

「?」

「ああ、間違えちゃった。地獄でね」

「え、どういうことですか?それって死ぬってことですか?」

「いやそうじゃないよ。地獄は行けるんだよ。死ななくても」

「いや、意味が分からないですよ。どうして地獄に行かなきゃならないんですか?それに死んでから行くのが地獄でしょ。てことは俺死んでるじゃないですか」

「お前はまだまだ甘いな。地獄を知らないからそう言えるんだよ」

男の言っている意味が分からなかったので、高宮隼人はだんだん苛々してきた。空腹によりただでさえ集中力が落ちているのだ。しかし、深呼吸をして言った。

「てことは話を整理すると今から地獄に向かうってことですよね?」

「まあそういうことだな」

高宮隼人は頭で理解するのが無駄だと思った。

「それで今は地獄の途中なんですよね?」

「そうだな。質問多いぞ」

「どうして俺は地獄に行くことになったんですか?」

「俺の気まぐれだよ」

高宮隼人はもうどうにでもなれと思った。このまま男と話していても拉致があかない。そしてどうせ自分は死ぬのだから、いっそこいつをぶん殴ってやろうかと思った。

「なんで俺がお前の心を読めるか分かるか?」

「どうしてですか?」

「それはお前自身だからだよ」

「いやありえないですね。俺自身だったらこんなことはしないですね」

「ほら見てみろよ」

暗闇だった道だが遠くには明かりがともっていた。標識も見えた。下を覗くとコンクリートである。どこかで見かけてような景色だった。

「ここって」

「駅の方に向かってる」

男は間髪入れずに答えた。

「ん?ほんとうだ。なんなんすかこれは」

「ミスビルに向かうぞ」

ミスビルとは蝶々橋駅最大級の百貨店である。しかし、それも昔の時代で現在は閉館となっている。通称お化けビルだ。

「ミスビル向かったってなにもないじゃないですか」

「いいから黙って俺についてこい」

「はい?」

「そのうちなんとかなるだろう!」

「はあ・・・」

男は高宮隼人を下に降ろした。

「逃げるなよ」

「はい」

男は入口のガラスに向かい蹴りを入れた。ガラスが割れる音がした。ガラスの破片は下に落ちて散らばった。異様な光景だった。男は後ろを振り返り、親指を立てた。高宮隼人はここでもなにがグッドなのか分からなかった。しかし、男がミスビルに入り自分を殺そうとしているのはなんとなく分かった。ここで死ぬのか、仕方ないと悟った。そして男はのっそりと高宮隼人を担ぎ上げた。

2人はミスビルに入っていった。中は真っ暗である。

閉店した時に使っていたであろう、ショーケースやマネキンやらが影を潜めていた。不気味である。

「怖くないですか?」

「少しな。これ足元よろけたら終わるな」

「終わるなってどういう意味ですか?」

「お前のこと落としてしまうかもしれん」

高宮隼人は開放してほしかった。ミスビルから歩いて帰ることは可能だ。男と会話するのは労力を使うので、高宮隼人の体力は限界に近づいていた。

「携帯のライトつけた方がいいですよね?」

「あるならさっさとつけろよ馬鹿野郎」

「使っちゃ悪いと思って使わなかったのになんなんですか?」

「怒るなよコノヤロウ」

「めんどくさいですよ本当に」

「まあ、そういうなや」

高宮隼人と男の関係は何故か近くなっていった。高宮隼人は男と話しているうちに、その辺のおじさんと変わらないじゃないかと思うようになったのだ。暗闇を歩いていた時は自身が殺されるのではないかとびくびくしていたが、今は違う。むしろ会話の内容によっては高宮隼人がマウントを取る機会もあった。男は動かないエスカレーターに登っていた。

高宮隼人は思いついた。

「そういえば、森田童子ってどうしたんですかね?」

「知らねえよ」

「そうですよね」

「でも・・・」

「はい?」

「生きててほしいな」

所々、すっとんきょうな発言をかます男に愛着を沸くようにってしまいそうだった。しかし、この感情も読まれているのかと思うと、複雑な気持ちになるが考えるのを辞めた。

店内はもぬけの殻だった。1階に置いてあるマネキン以外は何もなく静かだった。壁には落書きがあった。ヒップホップで良く見られるようなアートのようなものであり、90年代に流行ったものだ。ここ最近あまり見かけることがないなと落書きを見ながらしみじみと思った。

「なにノスタルジー感じてんだよ」

「いや、感じてないですよ」

「お前はお母さんのお腹の中にいた頃覚えてるか」

「いや、覚えてないですよ」

「俺は覚えてる、鮮明に」

「え、そうなんですか?」

「そのせいで俺は閉所恐怖症になったんだ」

「それは子宮にいたからなったってことですか?」

「そうだな」

「なるほど・・・閉所恐怖症になって困ったことありますか?」

「潜水艦は確実にアウトだな」

「確かに救えないですね・・・いやでも、観覧車とかアウトじゃないんですか?」

「あれは逃げ道があるからな」

「なるほど、じゃ潜水艦ぐらいだったら生活にそこまで支障はないですよね」

男は笑った。一瞬のほほえみだったが、何故かとても長く感じられた。

「一体どこまで行くんですか?」

「屋上を目指してるよ」

「屋上までですか」

「そうだよ」

「屋上で一体何するんですか?」

「お前さ隠してることあるだろ?」

「隠してることって何ですか?」

「たくさんありすぎて自分じゃ分からねえか。とりあえず、屋上まで登ったら分かるはずだよ」

「屋上で俺の事突き落すつもりですか?」

「いや、そんなことねえよ。俺はお前を殺したりはしない。さっきも言ったが、俺はお前自身だからな。俺が俺殺したら訳わからなくなるだろう。そんなややこしいことはしない」

「めんどくさいこと嫌いそうですもんね」

「よく人から言われるんだよ。めんどくさがり屋だよねって。自分でもそう思うよ。でも仕方ないじゃねえか。めんどくさいこと嫌いな人間になっちまったんだから」

「人は変われると思いますよ」

「お前にそっくりそのまま返すけどな」

2人の会話はテンポよく繰り広げられていた。高宮隼人はどことなく楽しい気分を感じていた。そして男も楽しい気分だった。はじめて会った二人が打ち解けあっているのは今まさにこの瞬間であった。先ほどまで恐怖で身が縮んでいた高宮隼人も男と堂々と話せるようになっていた。屋上に行って何をするのかは分からない。男について行っていいものかそれも分からない。しかし、2人は屋上に行くことに賛成だった。

「もう少しで着くからよ」

「もう着いたんですね。早いっすね」

屋上に着くと、景色が良かった。そしてロマンチックだった。男と2人で眺めの良い屋上にいる状況が急に恥ずかしくなってしまった。こんな景色を倉田まさみと見てみたかったと思った。

「俺の役目は終わったわ」

男は言った。

「え?役目って何ですか?」

「もう終わりだよ。充分役目を果たしたと思う」

そう言うと男は風ともに消えていった。砂のように散る訳でもなく、一瞬でぱっと消えていった。あまりにも一瞬だった為戸惑ったが、その姿を追うこともなかった。長い時間歩いていたはずだ。携帯は電池が切れ、時間は分からないが小鳥のさえずりが聞こえた。朝を迎えようとしている。しかし、まだ不完全な青さだ。遠くではあるが、都会のネオンがうっすらと光っている。

「明日、俺はあれをやるんだ」

高宮隼人は言った。声高らかでもなくぼそっとでもなく、微妙な声で言った。


高宮隼人は目を覚ました。時刻は7時だった。起き上がり眠い目をこすり、朝食をとった。父は既にスーツを着ており、片手で目玉焼きを箸でつかみ片手で新聞を読んでいた。母は台所に向かい、フライパンを慣れた手つきで振りほどいていた。何も変わらない平凡な日々、いつも通りの平日と言ったところか。

「おはようございます!」

アルバイトは9時からだった。今日は新人の教育がある。社員にやってほしいが、これといって抱えている仕事もないし、ただただ作業を教えればいいだけなので楽だ。高宮隼人は人に何かを教えるのが得意だった。何かを教えて金になるとは気楽な稼業だと心の中でつぶやいた。そして笑った。

「なににやにやしてるんだよ」

「いやーなんでもないよ」

会話は毎日この程度だ。年齢も27になると親とは話さないだろう。ましてや実家暮らしなので尚更だった。

父といるときは母は静かだった。黙々と料理をしている。いいのか悪いのかそんなもんなのか、高宮隼人は朝食を済まし、自分の部屋に戻った。

まだまだ、時間はあったので、昨日の続きのアニメを見た。耳にイヤフォンを付け、自分の世界に入り込んだ。

父は新聞を隅々まで読み、ため息をついて会社に向かった。

母は料理の作り置きをして、撮りためていた韓国ドラマを見ようとしていた。

そうこうしているうちに、出発の時間となった。アルバイト先は自宅から自転車で10分。

「いってきます」

高宮隼人は自転車の近くに三毛猫を見つけた。三毛猫は威嚇して素早くどこかへ逃げてしまった。つられて高宮隼人も言った。「シャー」

自転車に乗ろうとすると、ペダルがなかった。思わぬイレギュラーである。ペダルが抜かれるとは悪質な嫌がらせである。面倒だなと嫌々思いながらもアルバイト先までは歩いていくことになった。

自転車で10分だと歩くと30分ぐらいかかるので遅刻になった。

いつもと変わらない日常だった。特に問題はなかった。途中でジョンソンが客と揉めそうになったが、店長が仲裁に入り何とかなった。しかし、やけに頬が痛い。どうしてだろうか。朝鏡を見ると顔に傷がついていたのを思い出した。あまり、自身の顔をまじまじと見ることはないのだが、はっきりと思いだした。

高宮隼人は不思議な感覚になった。

右頬に手をやり、「あれ、痛い」と思わず声に出した。

客は誰も見てなかったのでもう一度言った。

「あれ、痛い!」


勤務を終えた高宮隼人は家に帰らず休憩室で煙草を吸っていた。

ジョンソンの勤務が終わるのを待っていた。

「キョウモダルカッタゼイ!」

大柄のクソ野郎が休憩室に入ってきた。勿論、ジョンソンだった。

高宮隼人は急いで帰る準備をした。

「テメーナイイソインデンダ!」

ジョンソンが怒って、高宮隼人に襲い掛かろうとした。高宮隼人はジョンソンの腕をかいくぐり逃げた。

「ガンバレヨ!」

ジョンソンは笑顔で高宮隼人を見送った。

高宮隼人の働いている「はなげや」と家の真ん中にある「大頭公園」に着いた。

今日は約束の日である。倉田まさみと再開の日だ。高宮隼人は倉田まさみと半年に1回のペースで会っていた。大体は飲み会と題した昔の思い出話に花を咲かす日だった。昔の先生のすべらない話や最近のいざこざなど話す内容は似たり寄ったりだったがそれでも楽しいものだった。倉田まさみは彼氏と1年前に別れている。彼氏はDV気質のある束縛癖の固執症だった。倉田まさみは仕事が忙しいという理由で別れたが、本当は違った。高宮隼人には何度も相談していた。別れた当日に酒を交わしたのは高宮隼人だった。忘れることはない、泥酔した倉田まさみは高宮隼人の靴に飲みかけのジンジャー・ハイボールを吹きかけたのだった。2人して大笑いした。

高宮隼人は「大頭公園」に到着した。時計の針は約束の18時30分を指していた。

公園のベンチに腰掛け、スマホを開くと倉田まさみからメールが来ていた。

「うしろにいるよ!」

高宮隼人は振り向き、ピースサインをして腕を挙げている倉田まさみを見た。

高宮隼人の胸は鳴った。心拍数はいつもより高くなっていた。

倉田まさみは高宮隼人の隣に座った。

そして倉田まさみは言った。

「おひさしー」

高宮隼人は言った。

「久しぶりだな」

「元気してたの?ていうか当日のに誘うなんて珍しいね。しかもよりによってこの場所で」

「え、ここでなにかあったっけ?」

「小学生の頃、よく遊んだじゃん。ここで鬼ごっこしたりかくれんぼしたりしたの忘れちゃったの?」

「ああ、そういえばそうだったね。缶蹴りもやったっけ」

「そうそう隼人さ、隣の窓ガラス割っちゃったんだよね」

「確かにそうだね。懐かしい。めっちゃ怒られたわ」

「隼人泣いてたよね」

「家帰って母ちゃんにも殴られたわ」

倉田まさみは腹を抱えて笑った。そして笑う時、口を手で覆う癖は今もなお現在だった。仕事終わりで着かれているはずなのに、笑顔を絶やさなかった。倉田まさみは大学は都内の有名私立大学で、就職したのは誰もが名を知る電機メーカーだった。そして今は人事で働いている。高宮隼人は人事権を行使して俺を雇ってくれが口癖だった。

「そういえばさ、彼氏と別れたときも隼人といたよね」

「懐かしいなー」

「あのとき抱きしめてほしかったなー」

「何を言ってんだよ」

高宮隼人はどぎまぎしながら、返した。

「いや半分本当」

「へ?」

「ピース」

倉田まさ笑いながら言った。倉田まさみは高宮隼人が好きだった。何度も告白を試みたが、どこか飄々としている高宮隼人の前ではその話を持ち出せずにいた。基本的、人見知りなく誰とでも接することが出来る器用な倉田まさみにとって一番の天敵は何を隠そう高宮隼人だった。

高宮隼人はあのことについて言いたいがタイミングを見計らっていた。しかし、緊張のあまり言葉を出せずにいた。どうすればいいのか分からなかったが、今までタイミングを掴めずにおざなりにしていた。そんな過去の自分にさよならをするんだと自分に言い聞かせた。しかし、話は行ったり来たりの平行線をたどっていて中々、終わりが見えない。テンポよく次の話に切り替わったり、また戻ったりした。

おでん屋のおじさんも何度も公園の近くを通り過ぎた。すると突然雨が降ってきた。

「はあ、まじかよいこう」

「うん」

突然の雨は次第に雨足が強くなり土砂降りとなった。土砂降りの雨は2人を襲った。2人は走り出す。

「天気予報雨だったっけ?」

高宮隼人は後ろにいる倉田まさみに言った。

「え?聞こえない!」

高宮隼人は倉田まさみの手を握った。走るスピードを速めた。

「なにこれ、青春みたいじゃん」

倉田まさみは言った。

「なんだよきこえねーよ」

高宮隼人は言った。倉田まさみは握りしめた手に爪を立てた。

「痛っ!コラヤメロ!」

「なにそれ!外国人みたい!」

倉田まさみは笑った。そして2人は行先を気にせず走った。

場所はミスビルだった。ミスビルで雨宿りになった。

2人とも全速力で走ったので息を切らしていた。

「ハア・・ハア・こんなに走ったの久しぶりよ」

倉田まさみは大声で言った。

「はあ・・マジ疲れたわ!」

高宮隼人も大声で言った。

「走ってる時の隼人の顔うける」

高宮隼人はもう一度自分の走っている時の顔をしてみせた。倉田まさみはそれを見て大爆笑した。たこみたいなひょっとこみたいな変な顔だった。

「あんた何よその顔」

倉田まさみは笑った。

「ハア・・でもさこんなに走ったの久しぶりよ」

「さっき聞いたよ!」

「私さ・・・」

倉田まさみは高宮隼人に伝えようとした。この勢いに身を任せて「好き」だと伝えてしまおうと。いろんな思いがあるが、この勢いなら言ってしまおうと覚悟を決めたのだ。

しかし、高宮隼太は言った。

「宮池花って知ってる?」

「え?」

高宮隼人はスマホで宮池花の画像を倉田まさみに見せた。

「俺さこの子のAV毎度見ててさ、タイプなんだよね。めっちゃいやらしくてさ興奮するんだよね。こういう子とセックスするってどんな感情なんだろうね男はさ。俺も一度でいいからしてみたいわ。な!俺ってこういうこと考えてるんだよだから今日お前を呼んだんだ」

「隼人は知ってたの?」

「うん」

倉田まさみは大笑いした。そして2人は何事もなく家に帰った。


次の日、高宮隼人はアルバイトに行った。ジョンソンは相変わらず「働いてやってる」といった態度だった。真壁雅也は在庫の確認をしていた。高宮隼人が見る限りこの店で懸命に働いている者はいなかった。このままではまずいと就職活動を再開することになった。

あの時、倉田まさみに言ったことは後悔はしていないが、何か変な感情が頭の中を支配していたのだった。

とりあえず書いてみた系第一弾。書いている段階で途中から嫌になりました。それでも1日1000文字とか短いながらも地道にこつこつと作り上げた作品ですので、是非読んでみてください。

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