8話
○黒咲 遥
ガタンゴトン、と揺れる電車の車内。
人気の少ないその空間で、夕日が差し込むこの空間で、横長に椅子の端に座った私は目を閉じて今日のことを振り返る。
思えば、朝この電車に乗って来たときも、こうして目を閉じていたような気がする。
しかしその心のうちは、今と朝とでまさに天と地ほどの差があった。
当然、今が天で、朝が地である。
朝。
私は気が気でなかった。
気にしていたのは、言うまでもなく優希さんのことだ。
優希さんが私に対して、どのような印象を抱いているのか。
私のことをどう思っているのか。
どうか嫌われていませんように。
どうか好かれていますように。たぶんありえないけど。
でもこうして今日会えるわけだし、じゃあ嫌われてはいないのだろうか。
このあと私は会って最初に何を言うべきか。
挨拶か、謝罪か、もう一度告白でもするか。
挨拶は大事だ。ちゃんと言おう。
謝罪とは何だ。何に対する謝罪か。この前の自分はどうかしていました変な人でごめんなさいとでも言えば良いのだろうか。
告白なんてもってのほかだ。同性からそんなこと言われても困るだけだと、自分の中で結論が出たではないか。まずは、普通に仲良くならなければ。
そんな感じで、思考が右往左往していた。縦横無尽に脳内を駆け巡っていた。
まあ私の心配をよそに、優希さんは私に対してそれほど悪感情を抱いていなかったようだが。そう言ってくれたのだが。
そう。
優希さんは言ったのだ。
私の気持ちが伝わっていたと。
確かに言ったのだ。
私と仲良くなりたいと。
そんなことを言われたら、泣いてしまうのも仕方のないことではないだろうか。
そうなのだ。
格好悪いことに私は泣いてしまったのだ。
あろうことか、優希さんの目の前で。
感情も涙も、制御などできなかった。
しかし私は、それくらい嬉しかったのだ。喜びで満たされていたのだ。
年上として、優希さんよりも年齢的に少し大人な自分としては、優希さんに自分の情けない姿は見せたくないというのが私の本心だ。
だけど、ハンカチを貸してくれたりと優希さんの優しい一面を知ることができので、悪いことばかりではなかったとも思う。
その後は普通に優希さんとのランチを楽しんだ。
そして映画。
映画の時間だ。
優希さんを映画に誘えたのは良かった。
まるで恋人同士のように、まるでカップルがデートするように、二人で映画館へ行き隣同士で恋愛映画を見る。
そこまでは良かった。とても良かった。
そんな絶頂期の私が目にしたのが、あの映画のワンシーン。とそれからの展開。
正直に言って、映画そのものは素晴らしかった。とても面白かった。
女の子同士がいちゃいちゃしているのを見てとても勉強になった。
間違えた。
斬新なストーリーで、飽きずに最後まで楽しめた。
しかし優希さんに勧めた映画の内容があれでは、まるで私が優希さんとああいうことをしたいと本人に言っているようなものでは無いだろうか。
いや、確かに私は優希さんとそういうことをしたい。
しかし、急いては事を仕損じるとも言うように、突然ではなく段階を踏まなくてはいけないと思うのだ。
そうは思っていても、私は帰り道につい手を繋ぎたいと言ってしまったのだけれど。
優希さんといると、自制心というものを見失いがちになる。
だがしかし、優希さんはなんと「いいですよ」と言ってくれた。
そしてさらに、駅まで手を繋いで送ってくれるとも言ってくれた。
私は内心で、とても喜んだ。
だけれども。
手を繋ぐ
その行為に対する温度差というか、そういうものが私と優希さんの間にはあった。
そのとき優希さんがどんなことを感じていたのかなんて分からない。
優希さんにとっては、親しい女の友人同士でするそれと大して変わらないものだったのかもしれない。
それは逆に言えば、私と優希さんは親しい友人くらいには仲が良いと言うことでもある。
でも私と手を繋ぐことは、優希さんにとっては特別でも何でもないのだ。
それでも、優希さんと手を繋げるのは嬉しい。
優希さんの返事をもらってから彼女の手を握るまでにいろんなことを考えた。
しかし、どうでも良くなった。
そんなことは。
一瞬で、どうでも良くなった。
優希さんの手を握り、彼女の手の柔らかさを感じ取り、彼女の手の温度を知った。
そして、どうでも良くなった。
その時の気持ちを言葉で表すことなど出来はしないが、それでも一言で言い表すなら
幸せ
この一言に尽きると思う。
私の中の些細な悩みや負の感情は、一瞬で幸せに塗りつぶされたのだ。
私は幸せまみれになったのだ。
そのあとは、緊張しすぎて会話どころではなかった。記憶も曖昧だ。心臓が痛いほど鼓動が加速していたのは覚えている。
そして私は今、電車の中で天に昇っているわけである。
しかし、今日私が最も嬉しく思ったのは、今振り返ったことのどれでもない。
私が一番幸せに感じたこと。
それは、優希さんが笑顔を見せてくれたことだ。
優希さんの笑顔。
それはとても希少性が高い。
優希さんといえば無表情だ。
普段は常に無表情だ。
その表情が変わるところを、私は高校時代に見ることが出来なかった。
しかし、今日は違った。
全然違った。
優希さんの口角が常に少し上がっていたのだ。
そして、時々微笑むのだ。
優希さんが、何回か微笑んでいたのだ。
自惚れでなければ、十中八九私がその表情の原因であり理由である。
私といると優希さんが笑ってくれる。
これは脈アリかと、本気で思った。
前回私が思わず優希さんの写真を撮ってしまったのも、優希さんの稀少な微笑みを目撃したからなのだ。
先週はその一回しか笑ってくれなかったが、今日は常に楽しそうにしていた。
私にはそう見えた。
押し倒せばいけるんじゃないかとすら思ってしまった。
流石にそんなことはしないが。
したいけど。
まとめ。
今日のデートは大成功。
優希さんの笑顔はとても可愛い。
以上。
 




