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百合の話(仮題)  作者: ねこのぬいぐるみ
7/64

7話

 ○湊優希


 映画館の場所は喫茶店からそこまで離れていなかった。


 黒咲さんに貰ったチケットを持って、入場待ちの列に並ぶ。


 日曜日だからか、結構人がいる。


 人の多い場所が苦手な私は、周囲から目を背けるように視線を手元のチケットに移した。


 見るのはラブコメ系のアニメ映画のようだ。テレビのCMで見たのを思い出す。


 気になってはいたが、結局見ていなかったやつだ。


 黒咲さんもアニメとかに興味があるのだろうか。それならば趣味が合うのかもしれない。


(…聞いてみようかな)


「黒咲さんは、アニメとかよく見るんですか?」


「そうね。恋愛ものとか、あと日常系って言うの?そういうのはよく見るわね」


「へぇー。私もアニメはよく見てますよ」


「優希さんも?うふふ、私たち趣味が合いそうね。優希さんはどういうのを見るのかしら?」


「そうですね。私は…」


 喫茶店を出てからの黒咲さんは、終始ご機嫌だった。


 私と映画を見れるのがそんなに嬉しいのだろうか。


 それとも、ただ映画が楽しみなだけかもしれない。


 黒咲さんとアニメの話に花を咲かせていると、あっという間に列が進んだ。


 チケットを見せて中に入り、指定の席に座る。私たちの席は後ろの方だった。


 席に座ってからも、私たちの会話は続いている。


 今日は、間違いなくここ最近で一番声を出した日だろう。こんなにも会話を続けられている自分に少し驚いていた。


「この映画、実は少し気になっていたんですよね。だから、今日黒咲さんに誘ってもらえて良かったです」


「そ、そうなの?…優希さんにそう言ってもらえて良かったわ」


 やがて場内の照明が暗くなる。


 少しざわついていた空間は静まり返って、私たちの会話もそこで途切れた。


 スクリーンにカメラの顔の人が映り出す。


 映画が始まる。




 それから私と黒咲さんの間には、ラブコメ映画のようなトラブルは発生せず、私はただ目の前のスクリーンに集中していた。


 映画はそろそろ後半の中盤辺りだろうか。


 物語は高校生四人(男女比1:3)のラブコメもので、前半はコメディ要素が強かった。


 今は、幼なじみその1(女)からの告白を、他に好きな人がいるという理由で断った主人公(男)が、その好きな人(女)に告白するシーンだった。


 やはり幼なじみはダメだったか、などと思いながら見ていると、ようやく主人公とヒロインのキスシーン。


 黒咲さんとこれを見ていると思うと、少し恥ずかしい気持ちになる。


 これでハッピーエンド。かと思いきや、映像は幼なじみその2(女)が幼なじみその1(女)を慰める場面に移る。


 幼なじみその2(ミキ)は幼なじみその1(ラナ)と親友で、主人公(男)への恋愛的な好意はない。むしろ毛嫌いしている感じだった。


 今は落ち込んでいるラナ(幼1)を心配して、ミキ(幼2)がラナ(幼1)の家で頭を撫でてあげながら会話しているところだ。


『あいつのこと、諦めきれない?』


『もう、どうでもいい…』


『そう…』


『……』


『……』


『……』


『…あのね、私からも話があるんだけど、聞いてくれる?』


『…なに?』


『私ね、ラナのことが………』


『私が、どうしたの?』


『………ずっと前から、ラナのことが好きだったの!』


『へ?…えっと、ありがとう?』


『そうじゃなくて、ラナに恋してるってこと。そういう意味で好きなのっ!』


『……は、はあ!?ちょ、ミキ、あんた何言ってんのよ。もしかして、私を励まそうとしてくれているの?そういうこと!?』


『違う。本気なの。私は今、あなたに告白しているの』


『え、ちょっと、目がマジなんだけど。意味わかんないんだけど!』


『そう…………。じゃあ、教えてあげる……』


『きゃっ』


 ミキがラナを押し倒す。


『……キス、するね?』


『え、な、なんで?』


『……私の好きって、そういうことなの』


『いやでも、私たち親友だし、女同士だし』


『……嫌なら、拒んで』


『ちょ、ちょっとまって、ミキ』


『…ラナ、ん』


『お、落ち着んむっ、んう、んん』


『っん……』


『んん……』


 結局、ラナは最後までミキのキスを拒まなかった。


 それから映画が終わるまでミキとラナのパートが続き、最終的にラナがミキの告白を受け入れたところでエンディングに入った。ちなみに主人公(?)とヒロイン(?)は、付き合ってからもところどころでラブコメ展開を繰り広げていた。




 エンドロールが終わり、照明が明るくなる。


 それに合わせて場内の人たちは立ち上がり、次々と劇場を去って行く。


「…ええっと、それじゃあ、行きましょうか」


「そ、そうね。行きましょう」


 私がぎこちなく声を掛けると、黒咲さんからもぎこちない返事が返ってきた。


 私と黒咲さんの間には、もはや映画が始まる前の和気あいあいとした空気はなく、筆舌しがたい微妙な空気が漂っていた。


(なんか…すごく、気まずい…)


 人の流れに身を任せ、劇場の外に足を運ぶ。


 黒咲さんの様子を見るに、彼女もまた映画の内容は知らなかったのかもしれない。


 もし知っているとしたら、これは私とそういうことをしたいという暗喩なのかもしれない。


 そうでないのかもしれない。


 黒咲さんがどうかは知らないが、私は映画の登場人物、ラナに少しだけ自分を重ねていた。


 私と黒咲さんの間にはキスどころかスキンシップの一つもないのが現状で、恋人でもなければ親友でもなく、あえて言うなら知人だが知人と呼ぶには密接に関わり合っていて、映画の二人とは似ても似つかない、そんな関係だ。


 だが、突然女の子から告白されて戸惑う女の子、という限定的な部分に、私は激しく共感した。


 そうそう、分かる。普通は戸惑うよね。いきなり同性の人から告白されても困るよね。


 そんな感じで。


 共感してしまったのだ。


 まさか、その直後にキスシーンがあるとは知らずに。


 衝撃だった。


 女の子同士のキスが、ではない。


 それなら、友人から借りた漫画で見たことがある。


 私が衝撃を受けたのは、押し倒された方の子がキスを拒まなかったこと。最後の最後まで拒絶しなかったこと。


 あの子に共感していた私が思ったのは、私も黒咲さんに迫られたらそうするのだろうかという戸惑い。


 あの子はどうして拒絶しなかったのだろうか。


 親友だからだろうか。


 相手の子を傷つけたくなかったからだろうか。


 振られたばかりで、心が弱っていたからだろうか。


 私には、分からなかった。


 考えながら歩いていたら、いつの間にか映画館の出口まで来ていた。


 隣を歩く黒咲さんも黙ったままだ。


 俯いている彼女の表情は、私からは見えない。


 今回沈黙を破ったのは、珍しくも私からだった。


「黒咲さんは」


「ひゃいっ!」


(え、なに今の声!?)


 隣から聞こえてきた可愛らしい声に、場の空気が少しだけ和んだような気がした。


「黒咲さん?」


「あ、ごめんなさい。それで、どうしたのかしら?」


「えーと、映画の感想を聞こうと思って。黒咲さんはどうでした?」


「そ、そうね。予想外というか、まさかあの幼なじみ二人がああなるとは思わなかったというか…」


「たしかに、あの展開は予想外でしたね」


「…その、優希さん」


「はい?」


「えっと、誤解されないように言っておくとね、私あの映画は普通のラブコメだと思ってて、だから優希さんにあの……あの女の子同士のシーンを見せたかったとか、そういうわけではなくて……」


「そうですか」


 どうやら、黒咲さんは本当に知らなかったみたいだ。


 しかし私は意外にも、それを知ったところで特にどう思うこともなかった。


 本当に意外なことだが、私にとってそれは大した問題ではなかったらしい。


 どちらでも良かったらしい。


 意図的であろうと、なかろうと。


「優希さんはどうだったかしら?」


「…私は、正直戸惑っています。映画の中で、突然告白されたラナがどうしてキスを拒まなかったのか分からなくて」


「そう…。でも、優希さんも、先週私が突然告白した日に連絡先交換してくれたわよね。それって、映画のそのシーンに少し似ていると思わない?」


「そう、でしょうか」


「ええ、私はそう思うわ」


 言われてみれば、私も連絡先のことを拒絶しなかった。


 そういう意味では、私とラナの行動は似ているのかもしれない。


 やっていることは全然違うが。


 それからしばらくの間、会話がないまま歩き続けていると黒咲さんから声がかかった。


「あの、優希さん」


「はい」


「一つ、お願いがあるのだけど」


「お願いですか?」


 何だろう。以前にもこういうことがあった気がする。こういうのをデジャヴって言うんだっけ。


「その、手を繋いでもいい、でしょうか」


「…いいですよ」


 私は即答した。


 手を繋ぐという行為が黒咲さんにとってどういう意味か、私は薄々気づいていたが、それでも迷うことはなかった。


 なぜ迷わなかったのかというと、よく分からないのだが。


「ほ、ほんとに!?」


「はい。…でも黒咲さん、喫茶店すぐそこですよ」


「え、あ…」


 一瞬前の笑顔が嘘のように、その顔は絶望に染まった。


 すごい落ち込み具合だ。


 なんだか見ていられなくなった私は、黒咲さんに声を掛けた。


「その、良ければ駅まで送りましょうか?」


 駅は遠回りになるが、家から反対方向というわけではない。


「えっ!いいのかしら」


「いいですよ」


「そ、それは、手を繋ぎながら、ということ?」


「そういうことです」


 笑顔復活。


 にこにこ。


「えっと、それじゃあ」


 そう言って、黒咲さんは右手で私の左手を握りしめた。


 実際にやってみると少し恥ずかしい。


 恋人繋ぎでなかったのは遠慮したのだろう。


 初めて握った黒咲さんの手は、柔らかくて、温かかった。


「優希さんの手、柔らかいわね」


 黒咲さんも同じ感想のようだ。


 しかし、声に出して言われると余計に恥ずかしくなる。


 それから駅で別れの挨拶をするまで、私たちの間に会話は一つもなかったが、不思議とそれを苦痛には感じなかった。


 黒咲さんと別れて、一人帰路を辿る。


 今日一日、常に隣に黒咲さんがいたからか、私は久しぶりに寂しさというものを感じていた。


 次はいつ会えるだろうか、なんて恋人じみたことを考える。


 今日だけでも色々あったが、黒咲さんと緊張せずに話せるようになったのが、何よりも嬉しかった。


 しかし、うまく話せていただろうかと少し不安になる。


 家にたどり着くまでの間、そして玄関をくぐってからも、私は今日のことを振り返っては一喜一憂するのだった。


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