60話 明日はデート
〇黒咲遥
優希の夏休みが終ってしまった。
あれから一週間が経ち、明日は日曜日。 デートの日。
明日には優希に会える。
「遥さん。どうしました?」
声をかけてきたのは氷野さん。この子はこれからもバイトを続けてくれることになっている。お店は常に人手不足なので、本当に助かる。
「湊先輩のこと、考えていたのですか?」
「まぁ、ね」
事情を知ってる氷野さんはすぐに分かったらしい。最初に私と優希の関係を知られたのも、この氷野さんだった。
どうもこの子は優希のことばかり見ていて最初の頃は油断ならなかったけど、今になっても何も無いということは、私の考えすぎだったのだろう……。
「ところで、氷野さんは優希とどういう関係なの?」
本当に私の考えすぎだったのか、確かめるために聞いてみることにした。
「私ですか?普通に、バイトの先輩後輩ですけど」
「そうじゃなくて。バイト以外でも、何かあるんじゃない?」
「それは……」
私がそう言うと、途端に氷野さんの表情が僅かに暗くなった。
「言えないことならいいけど」
「いいえ。隠すほどのことでもないですし。単に、小学生の頃同じクラスだったことがあるだけですよ」
「そうだったの?」
「はい」
小学生の優希。
それがどんな風だったのか、非常に気になるところではあったけど、氷野さんの表情が明らかに暗いため、次の質問を最後にこの話は終わりにしようと思う。
「ところで、氷野さんは優希のことが好きなの?」
自分で言っておいてなんだけど、氷野さん的には非常に答えにくい質問だったと思う。案の定、氷野さんは固まった。
「……それは、どう答えればいいのか、とても困るのですが」
「じゃあ、恋愛感情として」
「それはないです。安心してください」
「そう、良かった」
ここにいない優希を思えば、不安が尽きることはない。大学に通っている優希は自然と人と出会う機会も多いだろうから、心配はしてもし足りないのだ。
私がいない間に、他の誰かと──不安になると、そんなことを考えてしまう。
「どうしてそんなことを?」
一人で勝手に不安を感じていると、氷野さんが躊躇い気味に聞いてきた。
話は終わりにするつもりだったけど、氷野さんの方が続けてきた。
「だって、氷野さんっていつも優希のことばかり見ているじゃない?」
「え……そうですかね?」
「ええ。従業員の様子に目を配るのも私の仕事だから、自然とそういうことも分かってくるのよ」
優希とシフトが被っていた氷野さんの様子はあまり見れていなかったけど、それでもすぐに分かった。
「だから遥さんは面倒見がいいのですね」
「そうかしら?」
「はい。遥さんほど気配りできる人はそうそう居ないんじゃないですか?この前なんて、ここに来てすぐに体調が悪いことを見破られましたし」
氷野さんは気配りが上手いというけれど、私にとってはそれが普通だった。
お店の仕事は小学生の時にお小遣い稼ぎで手伝い始めた頃からやっている。そのおかげで身についていたのだと思う。
「今日の氷野さんは、可もなく不可もない体調かしらね。少し気が抜けたようにも見えるのは、優希が居ないからかしら?」
「う……な、なんでしょう。心の奥深くまで見透かされている気がします」
「ふふ。でも、私の目も絶対ではないから、体調が悪いときは自己申告してくれた方がありがたいわね」
「そうします」
氷野さんと話していたら、新たにお客さんがやって来た。
「「いらっしゃいませ」」
挨拶の声に物足りなさを感じるのは、優希の声がないからだ。
初めは声が小さかった優希も、ひと月でかなり出るようになっていたのだと、いなくなってみると気付かされた。
明日になれば優希に会える。
この寂しさを、明日は思いっきり優希にぶつけようと思った。




