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百合の話(仮題)  作者: ねこのぬいぐるみ
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6話

 ○湊 優希


(………………あれ、私、黒咲さんと普通に話せてる?!)


 それこそが違和感の正体だった。


 ひとまず自分の状態を確認してみる。


 緊張はしていない。


 心臓の音もうるさくない。


 顔が熱くなることも、嫌な汗が出ることもない。


 結論。


 今の私は、この上なく自然体だった。


「優希さん?どうしたの?」


「あっ、いえ。なんでもないです。それで、黒咲さんに聞きたいことですが…」


 自然と声が出る。今日最初に話したときは、いつものように緊張していたのに。


 しかし、まずはそのことを気にするよりも会話に集中するべきだ。いつ緊張が戻ってくるか分からない今、せっかくの黒咲さんについて知れるチャンスを棒に振るわけにはいかない。


「そうですね…。普段何をしているのか知りたいです」


「普段ね…。私の実家は和食メインの定食屋をやっているのだけど、いつもはそこで働いているわ。今は親の後を継ぐための勉強中ってところかしら」


「定食屋さんですか」


「優希さんさえ良ければ、いつでも歓迎するわよ」


 黒咲さんはふふっと微笑んだ。


(なんか意外だな)


 黒咲さんの見た目は、簡潔に言えば金髪美人。日本人顔なので髪は多分染めていると思うが、飲食店で働くなら洋食レストランにいそうなイメージだ。


「それじゃあ、その定食屋の場所教えてほしいです」


「分かったわ。ちなみにお店の名前は定食屋黒咲っていうんだけど……いま調べるからちょっと待っててね」


 そう言って黒咲さんはスマホを操作し始めた。


 アイスコーヒーを片手にその様子を見ていると、黒咲さんの目元が少し赤くなっていることに気がつく。さっきまで号泣と言えるほど涙を流していたのが原因だろう。


 こうして黒咲さんを見ていると、改めて綺麗な人だなと思う。


(なんでこんな美人が、私なんかを好きになったんだろう?)


 黒咲さん本人は一目惚れだと言っていたが、その経験がない私はいまいち納得がいかなかった。一体私のどこに魅力を感じたのだろうか。


 この前なっちゃんに「私かわいい?」などと赤面必至の質問をしてしまったときは、なっちゃんから「イエス」的な回答が返ってきたけれども、それはあくまで友達目線の感想だ。何をもってかわいいと言われたのか分からないし、そもそもからかわれている可能性もある。黒咲さんが私にかわいいと言ったことも、片思い中特有のフィルター的なものがかかっていると思われるので信用できない…


 要するに、私は自分がそこまで魅力的な人間だとは思えなかった。


 それでも春休みにいろいろ頑張った結果、私にも少しだけ自信がついたのだ。どんな自信かといえば『他人から見て、どこにでもいそうな女子大生に見える自信』と言ったところか。


 可もなく不可もなく。経験上、普通の人ほど目立たないという持論があった。あくまでも持論だが、地味すぎても返って注目されることもあるのだ。


 高校時代、休日はほとんど外に出ることはなかったが、大学生になってからは喫茶店を巡るようになったのも自信の表れと言えるかもしれない。


 そんなとりとめのない思考を遮ったのは、黒咲さんの声だった。


「あ、あったわ、優希さん。ここがその場所よ。優希さんにも送っておくわね」


「ありがとうございます……。えっ!?」


 黒咲さんが見せてくれたスマホの画面を確認した私は、驚きのあまり思わず地名を二度見どころか三度見くらいしてしまった。


 黒咲さんの実家のお店があったのは隣の県、というか私の出身市だった。


 超ご近所だった。


「黒咲さん、ここに住んでいるんですよね?」


「ええ」


「ということは、今日はそこからここまで来たってことですか?」


「そうね」


「……あの、遠くないですか?」


「そうかしら?そんなことないと思うけど…」


(あれ?私がおかしいのかな?)


「でも、ここから黒咲さんの実家まで2時間以上かかりません?」


「確かにそれくらいかかるけど、気にするようなことではないわ。だって今優希さんと、こうしてデー…こほん、お話しできているんだから」


「…そうですか」


(今絶対デートって言おうとしたな)


 少し恥ずかしげに訂正した黒咲さんを見て、私はそう確信した。


 それはさておき、今の問題は黒咲さんの実家の件だ。


 どうやら黒咲さんは、私と話すためならば家から2時間以上離れた場所でも、近所の喫茶店に足を運ぶ程度の感覚でやってくるらしい。


 それにしても、まさか同じ市出身だとは思いもしなかった。


 しかし、黒咲さんと私は同じ公立高校の出身である。地元が同じ県で高校に近い地域であることは、少し考えれば分かることだったかもしれない。


 知っていれば今日会う場所をこんな遠い場所にはしなかったのにと、黒咲さんに申し訳なく思う。


 そう思う一方で、それにしても、とも私は思う。


(黒咲さん、先週は何しにこの辺りまで来てたんだろう…?)


 今日はこうして話すという目的があるが…


 そこまで考えて、ふとあることを思い出す。


(忘れてたけど、初めて会ったときにどうして黒咲さんがここに私がいることを知ってたのか、まだ聞いていなかったような……)


「黒咲さん。疑問があるんですけど…」


「なにかしら?」


「初めて会ったときのことなんですが、黒咲さんは私がここにいることを知ってたんですか?」


「え、ああ、この前のことね…。えっと、知ってたというか、たまたま優希さんらしき人がこの喫茶店に入るところを見かけたのよ。それで私も入ってみたら本当に優希さんがいて、それで勢いで告白しちゃって……」


(たまたまか…)


 まあ、予想の範囲内の答えではある。何か引っかかっているような気がするのだが、とりあえず私は黒咲さんの答えを呑込んだ。


 ちなみ黒咲さんはというと、少し俯き気味で頬を赤らめている。


 しどろもどろな話し方といい、若干うわずった声といい、この前のことを思い出して恥ずかしがっているのかもしれない。


「あの、黒咲さんは先週」


 そのまま、もう一つの疑問も尋ねようとしたときのことだった。


「お待たせいたしました。三種のサンドウィッチのお客様」


 店員の人が、私のサンドウィッチと黒咲さんのパエリアを運んできたのだ。


 私の中のコミュ障が「呼んだ?」とばかりにやってくる。


 呼んでない。


「は、はい」


 手を上げながら、会話していたときよりも小さな声で答える。


 やはり、さっきまで緊張していなかったの黒咲さんが相手だったからのようだ。


 目の前に置かれたサンドウィッチを見ながら、わずか数秒前までの自分と今を比較する。


 これでも、四月の頃よりは良くなったのだ。初めて一人で喫茶店に来たときは、ろくに本の内容が頭に入ってこなかったのだから。


 今では店員の人と自然なやりとりができるレベルになっている。それでも、緊張が収まることはないのだけれど。


 それから黒咲さんのパエリアも置いてカウンターの方へ戻っていく店員を見ながら、私は静かに息を吐いた。


 緊張が解けていくのが分かる。


「それじゃあ、いただきましょうか」


「あ、はい。…いただきます」


 やっぱり、黒咲さんと話すのは緊張しない。


 それを実感して、なんだかすごく安心した。


 手を合わせてから最初にハムとレタスがサンドされているやつを口に運ぶ。


(美味しい…)


「美味しいわね、これ…。優希さんのはどう?」


「こっちのも美味しいです」


「そう、それは良かったわ。……それで、優希さん。お昼食べた後、実は行きたいところがあるんだけど…」


「行きたいところですか?」


「その、見たい映画があるのだけど、一緒にどうかしら。チケットも二枚あるの」


「映画ですか。私は構いませんよ」


 私がそう答えると、黒咲さんはとても嬉しそうに微笑んだ。


 にこにこ。


 黒咲さん的には、これはいわゆる映画館デートのつもりなんだろう。


 さっきデートと言いかけて、言い直していた黒咲さんを思い出す。


 しかし出会って二回目で映画に誘うとは、黒咲さんの行動力には舌を巻く。


 それから昼食を食べ終えて少し談笑したのちに、私たちは喫茶店を後にした。


(あ。何の映画見るのか聞き忘れたな…)


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