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百合の話(仮題)  作者: ねこのぬいぐるみ
57/64

56話 お家デート

 〇湊優希


 なっちゃんの告白を断るのは反対……断言はしていなかったけど、真雪も莉奈もそんな感じだった。


 二人の言うことも分かる。


 私にとってもなっちゃんは大切で……。

 だけど私は、遥さんのことも蔑ろにしたくなくて……。


「はぁ……」



 ブーーー ブーーー



 左の枕元に置いてあったスマホが振動している。


 右から左へ、寝返り。


 遥さんからだった。


「……」


 ブーーー ブーーー


 ブーーー ブーーー


 ブーーー ブ


「遥さん、こんばんは」


『こんばんは、優希さん。もしかして、もう寝るところだったかしら?』


「いえ……」


『そう?ちょっと声が暗い気がするけど……何かあった?』


「まあ、ちょっと……。遥さん、明日の予定変えてもいいですか」


『……?ええ、もちろんいいわよ』


「ゆっくり話がしたいんですけど、どこかいい場所知っていますか?」


『そうね……。この前は私の家に来てもらったから、明日は優希さんの家とかどうかしら。一度行ってみたいと思っていたのよね。もちろん、優希さんや家族の人の都合が良ければだけど』


「明日は午前中なら私しかいませんが……」


『じゃあ、午前の十時くらいにどうかしら』


「いいですよ」


 ということで、遥さんが我が家にやって来ることになった。



 〇湊優希


「あっちの部屋と雰囲気が似てるわね」


 私の部屋を見た遥さんの感想だった。


「急に予定を変えちゃってすいません」


「気にしないで。優希さんと一緒ならどこでも楽しいから。それにお家デートは二人きりだから、私好きなのよ」


「……」


 そういうこと言われると反応に困る。「私も好きです」とか言うのが正解なのかな……。


「本沢山あるのね。これ全部小説?」


 本棚を見て、遥さんが聞いてきた。


「いえ、小説が多いですけど漫画とかもありますよ」


「小説はあまり読んだことがないから分からないのよね。この中で優希さんが特に好きなのってどれかしら。優希さんの好きな小説なら私も読んでみたいわ」


「そうですね……」


(遥さんに勧めるなら……、アニメは詳しいみたいだし、やっぱりアニメ化している作品がいいよね。ということは、このシリーズとか……この本もアニメ化してたような……。あとはラノベも……)


「……さん、優希さん?」


「あ、すいません。それで、私のおすすめはこれとか、あとはこの辺りですね」


「これなら私もアニメで見たわ。知らなかった、続きがあったのね」


「良かったら貸しますよ」


「いいのかしら?」


「はい。刊行順に並んでいるはずなので、読みたいところから持っていってください」


「ありがとう。今日帰ったら早速読んでみるわ」


 そんな感じで布教をしつつ、遥さんが言うところのお家デートは始まったのだった。




「このクッション、可愛いわね」


 遥さんが目をつけたのは、ベッドの隅に置かれていた猫のクッションだった。耳としっぽもついてるやつである。何年か前になっちゃんがゲーセンで取ってくれたものだった。


「優希さんは猫が好きなの?」


「まあ、どちらかと言えば」


「ふふ、可愛い」


「……」


「優希さんのことよ?」


 こっちを見て言っているのだから、そうだとは思ったけど。

 だから、反応に困る。


「照れてるのかしら?」


「照れてないです」


「そう?あ、ちょっとこれを持ってみてくれないかしら」


 そう言って遥さんが猫のクッションを私に渡してくる。


「そしたら、それを胸の前で抱き締めてみて」


「こうですか……?」


 これ、見られていると恥ずかしい……。


「って、ちょっと待ってください。その手に持っている物は何ですか?」


「スマホよ?」


「一応確認の為に何をするつもりか聞いてもいいですか」


「それはもちろん、写真を撮ろうとしているだけ……あ、待ってやめないで!一枚だけでいいから!」


「いやです」


「そんな……どうして?」


「恥ずかしいからに決まっているじゃないですか」


「恥ずかしがることないわよ。絶っ対に可愛いから」


「そんな姿を写真に収められるのが嫌なんです」


「……わかったわ。でもこれはちゃんと抱き締めて」


「あの、それも嫌なんですけど」


「……いやなの?」


「いやです」


「もう、優希さん。さっきから嫌嫌って、そればっかりじゃない」


「そう言われても……」


「じゃあ、それは諦めるから、代わりに他のおねがいをしてもいかしら?」


「……とりあえず、言ってみてください」


「敬語、やめてほしいの」


「……」


「あと私の名前、呼び捨てで呼んでほしいわ」


 代わりに、ということは、聞かなかったらまた抱きしめてと迫られるのだろうか。


 遥さんの前でこのクッションを抱きしめるのは、ちょっとどころか、かなり抵抗がある。


 しかし、こうなった遥さんが簡単に引き下がらないのはバイト初日の着せ替えで経験済みなので、ここは代わりの要求を呑んでおく方が無難……だとしたら、呼び捨ての方が簡単かな。


「遥」


「……!」


「これでいいですか」


「……よく聞こえなかったから、もう一回言ってほしいわ」


「聞こえてましたよね?」


「聞こえなかったの」


「……遥」


 遥さんの反応はといえば、それはもう分かりやすいものだった。


 にっこにこ。にこにこではない。普段の微笑みではなく、まさに満面の笑みといった様子。おまけに目も輝いていた。


 名前ひとつでそのリアクションは大袈裟だと思うけど、そんなに嬉しいのかな?


「……ねえ、優希さん」


「はい?」


「私も、いいかしら?」


「?」


「だから、その、優希さんの名前、呼び捨てにするのを……」


 もじもじとしたその挙動からは、呼びたくて呼びたくて仕方ないというオーラが滲み出ていた。


「いいですよ。というか、年下の私が呼び捨てなのに遥さん(・・・)が──」


 遥さん改め、遥がこっちをじっと見つめている。


 言いたいことは分かった。


「──その、遥、が、私をさん付けで呼ぶのはおかしいですから……」


「わかったわ。じゃあ、呼ぶわね」


「はい」


「……ゆ、優希」


 そう言って、遥はすぐに下を向いてしまった。私の方からは表情が見えないけど、照れているのだと思う。


「……優希」


「はい」


「この際、その敬語もやめにしないかしら。いえ、そろそろやめにするべきだと思うのよ」


 敬語。


 そう言えば、以前にも普通に話して欲しいと言われたことがあった。


「一応、理由を聞いても?」


「だってその話し方、他人行儀で壁を感じるもの。もっと親しげな感じがいいわ」


(そうだったんだ……そんなつもりはなかったんだけどな……)


「そう言うことなら、やめにします。……じゃなくて、やめる。えーと…………これでいいかな、遥?」


 うわ、なにこれ。


 すごい違和感。


「遥?」


 困惑していたら、机の向こう側にいた遥がこっちに近づいてくるのが見えた。


「えーと、あのー」


「優希……いい?」


 これまでのやりとりでスイッチが入ったらしい。


「優希」


 私の名前を呼びながら、覆い被さるように遥が近づいてくる。もう何度も経験しているから、遥が求めていることはすぐに分かった。


 だから私は、いつものように、目を閉じて───


「……優希?」


「あ……」


 ───気づいたら、私の手が遥を止めていた。


「ごめんなさい。嫌だった?」


「いえ、そうじゃないです。いきなりだったから、ちょっとびっくりしただけで……」


「そう?」


「はい」


「じゃあ、いい?」


 返事の代わりに目を閉じる。


 その後は、遥のなすがままだった。




 昨日と一昨日のことを思い出していた。


 一昨日はなっちゃんにキスをされた。遥に悪いと思って一度は拒否したものの、結局やってしまったことになる。


 昨日は告白された。それを私は断りきることが出来なかった。そして今もまだその答えに悩んでいる。


 その事を思い出して、罪悪感からか、途端に嫌な気分になった。


「……優希?」


 唇の感触がなくなり、握っていた手もほどけて、遥が離れていくのを感じた。


 今日は短いな、と思いながら目を開ける。


 遥は姿勢を正すと私の隣に並んで座った。


 ……今はなっちゃんのことは考えないようにしよう。


 ただでさえ遥の知らないところで、言ってしまえば、裏切るようなことをしてしまっているのに、その上このような時間にまでなっちゃんのことを考えるのは、良くない。


「やっぱり、今日は気分ではないみたいね。何か考え事?」


「……すいません」


「私も無理にしてしまってごめんなさい。……何を考えていたのか、聞いてもいいかしら?」


「……」


 なっちゃんのことは言えない。言えるわけがなかった。


「無理に話してとは言わないけど、遠慮はいらないわよ。頼ってくれるのは私も嬉しいもの」


 隣を見ると遥と目が合う。


「今日は何か話したいことがあったのでしょう?」


 確かに、その通りだった。


 私は話がしたくて遥をこの部屋に誘ったのだ。でも、具体的に話したいことがあったわけではない。


 遥と話すこと、それ自体が今日のしたいことだった。


「もしかして体調が悪かったりする?そういえば、昨日もあまり元気が無かったわよね」


「いえ、体調は大丈夫ですよ」


「あ、もう。優希ってば、話し方が戻ってるわよ」


 逆に遥は馴染むのが早すぎだと思う。自然に私の名前を呼び捨てにしてるし。


「えっと……ごめん、遥」


「ふふっ。優希はまだ辿々(たどたど)しいわね」


「……うん」


「それはそうと優希、やっぱり疲れているんじゃないかしら。顔色がいつもより少し良くない気がするわ」


 だとしたら、誰かさんの無茶ぶりで話し方を急に変えたせいに違いない。


 そう言いたいところだったが、もう一つ思い当たる節があった。というのも、昨日はあまり眠れなかったのだ。


 睡眠不足。


 その原因は他でもない、なっちゃんのせいである。


「少し寝不足だからかもしれないです……しれない」


「寝不足?……そうね。だったら、いいことを思いついたわ」


「いいこと?」


「ええ」


 遥が笑みを浮かべている。


 嫌な予感がした。


「膝枕、してみない?」


「……冗談ですか?」


「本気よ」


 本気なのかぁ……。




「優希」


 ポンポンと自分の膝を叩きながら、遥が私の名前を呼んでくる。


 先程から私の名前が呼ばれる回数が多い気がするけど、おそらく気のせいではない。


「あの、寝不足と言っても今は眠くないんですけど……眠くないんだけど」


「嫌なの?」


「嫌というか、もうそんなことする年齢じゃないというか……。遥は、そういうこと思ったりしないの?」


「いいじゃない。今は私たちしかいないんだから。私は気にしないわよ」


「……」


「ほら、来て」


「……はい」


 私は断り方というものを覚えた方がいいのかもしれない。


 そう思いながらも、私は遥に促されるままに、彼女の太ももに頭を預けて横になった。




 〇黒咲遥


 私の膝の上に安らかな寝顔が一つあった。


「優希」


 さっきから何回も繰り返し名前を呼んでいるけど、返事はない。ずっと心地よさそうに眠っていた。


「……」


 眠くないと言っていたものの、優希はすぐに眠ってしまった。


 大人びている彼女を見ていると忘れそうになるけど、年下らしいところも、ちゃんとあるみたい。


「可愛い」


 寝不足と言っていたから、自覚はなくても疲れていたのだろう。


「……触っても、いいかしら?」


 普段から手を繋いだりはしているけれど、それとこれとは別問題。


 寝ている──無抵抗な優希に勝手に触ったりするのは、少し躊躇(ためら)われた。


 怒られたりはしないと思うけれど……。


「……」


 なおも変わらず、膝枕で眠り続ける優希。


 思い返してみても、ここまで無防備な彼女は久しぶりな気がする。これは、私と彼女の距離が縮まっている証拠なのだろうか。


「少しくらいなら、いいわよね……」


 恐る恐る彼女へと手を伸ばす。


 そして、そっと、優希の綺麗な頬に触れた。


 まだ、起きてはいない。


「……」


 ものすごく心臓が脈打っていた。ただ頬を撫でているだけなのに。


 撫でるだけでなく、つついたり、少し(つま)んだりもしてみる。


 深く眠りについているのか、それでも起きる気配はない。


 それにしても、この頬の感触は……。


「柔らかいわね」


 ふにふに。


 起きていたら嫌がられるだろうなと思いつつ、だからこそ、なかなかやめられない。


「優希」


 呼びかけるも、まだ起きそうになかった。


「起きてる?」


 やはり返事はない。


「優希……」




(優希は、何でも受け入れてくれるのよね)


 私が手を繋ぎたいと言ったら繋いでくれる。


 デートをしたいと言ったら付き合ってくれる。


 初めてキスをしたいと言った時だって、なんだかんだ言いながらも結局はしてくれた。


 今日もそう。名前の呼び方や、話し方まで。


 私が何かをしたいといえば、優希はいつもそれをしてくれる。


 そうしてくれるのは嬉しい。


 嬉しい、のだけど……。


「……」


 壁を感じる。


 と、さっきの私は言ったけど、その言葉は、本当は彼女の話し方だけに限ったことではなかった。


 手を繋ぐのもデートに誘うのもほとんど私から。


 優希からキスをされたことはない。


「……」


 私が意識しすぎているだけ、なのかしら?


 確かに優希の控えめな性格からすれば普通なのかもしれないけど。


「優希」


 膝の上の彼女の髪を撫でる。


 優希は相変わらず心地よさそうに眠っていて、その表情を見るだけで私の顔も自然と緩んでしまう。


「……」


 私たちの関係は私の片思いから始まった。少なくとも最初は両思いではなかった。


(今はどう思われているのかしら?)


 という疑問は今に始まったことではないけれど、最近は特に、その疑問について考えることが多かった。


「……」


 私は優希のことが好き。


 でも、優希は……。


(優希は私のこと、どう思っているのかしら?)


 実はもう起きていて「私も好きですよ」とか言ってくれたら……なんて。


 そんな妄想とは反対に、現実ではすやすやと無防備に眠る優希の頬を、私はそっと撫でた。




 その時、インターフォンの音が鳴り響いた。

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