54話 告白
〇湊優希
翌日。
なっちゃんと色々あった日の翌日。
10:00
約束の時間ピッタリに、なっちゃんは私の家のインターフォンを鳴らした。
モニターでなっちゃんがいることを確認してから玄関に行き、扉の前で立ち止まる。そこで一度深呼吸をして、私は扉を開けた。
「いらっしゃい」
「お邪魔します!」
普段より僅かに高い声。なっちゃんが緊張していることは、それだけですぐに分かった。
「ゆっきーしかいないの?」
「うん、今はね。飲み物は何にする?」
「なんでもいいよ」
「……あ、コーヒーしかない。無糖だけど、いい?」
「うん」
二つのコップに氷を入れてコーヒーを注ぎ、それを持って、なっちゃんを連れて私の部屋へ向かう。
会話はない。
コト……。
部屋が静かすぎるせいか、コップを置いた音が異様に大きく聞こえた。
なっちゃんの緊張が私にも伝染しているみたいだった。大切な話があると、それしか聞いていなかった私は、想像以上の緊張感に少し臆していた。
「座らないの?」
「あ、うん」
なっちゃんが私の隣に座る。
「話があるの」
と、なっちゃん。さっそく本題に入るらしい。
「うん、聞かせて?」
と、私は言った。
〇橙木夏美
ゆっきーを見る。
ショートの髪は整っていて枝毛の一本も見当たらず、明らかに外出用の服装は大学生にしては少し地味だけど、そこがゆっきーらしくて素敵で……。
大切な話があるとしか言っていないのに、わざわざ身だしなみを整えてくれたらしい。
目を閉じ、深呼吸。
目を開く。
よし。
「ゆっきーに隠してたことがあって」
「うん」
「実は……、実はね」
「……」
「私……」
ドクドクと心臓がうるさい。死ぬんじゃないかってくらい激しい鼓動。
息を吸う。
自分の心臓の音にかき消されないように───
「私、ゆっきーが好きなの。だから、私と付き合ってください!」
「……」
部屋はとても静かだった。唯一、自分の心臓の音だけが聞こえた。静かすぎて耳が痛い。
驚いているかな……昨日のことがあるから、そこまで驚いてはいないかもしれない。
どんな様子か気になるけど、多分今の私は顔がすごく赤くなっているから、横を向くのは無理だった。
「なっちゃん」
名前を呼ばれて、心臓が跳ね上がった。
鼓動がさらに激しくなってる。
緊張でお腹が痛い。
「う、うん」
声が震える。
手に力がこもり、服を握りしめた。
隣からゆっきーの呼吸音が聞こえてくる。
「ごめんね」
「………ぇ?」
「なっちゃんとは、付き合えない」
〇湊優希
告白された。
(なっちゃんが、私のことを……?)
昨日キスをされたとはいえ、まさか本当になっちゃんから「好き」と言われるとは思っていなかった。
昨日のは何かの間違いだと、あるいは「ゆっきーに私のファーストキスあげちゃった!てへぺろっ」と言われた方がすぐに納得できたと思う。なっちゃんなら言いかねないし、やりかねない。
だけど、なっちゃんの告白は本気だった。
それが分かったために、余計に混乱した。
そんな混乱の最中だったけれど、告白の答えは既に出ていた。
「はい」か「いいえ」か。
そんなの、決まっている。
私には今現在、遥さんという恋人がいるのだから。私はなっちゃんのことを友達だと思っているのだから。
決まっていた。
ここで優柔不断になってはいけない。
深呼吸──
「なっちゃん」
「う、うん」
「ごめんね」
「……」
「なっちゃんとは、付き合えない」
〇橙木夏美
断られるかもしれないと思っていた。
ゆっきーには恋人がいるのだから。
分かっていた。
それでも、「付き合えない」と言われた瞬間は、頭が真っ白になってショックで心臓が止まるかと思った。
だけど、ここで諦めるつもりは無い。
今日は振られるために告白しに来たんじゃない。元々断られるかもと思っていたのだから、一度断られたあとのことも考えてある。
私はまだ振られていない。さっきのはノーカン。
「遥さんがいるから?」
「……うん」
やっぱり。
それなら、と、私は用意していた言葉を言う。
「私は、別にゆっきーと遥さんが恋人のままでもいいよ」
ようやく落ち着いてきたので、ゆっきーの方を見る。
「……え?」
意味がわからないとでも言いたげな顔をして、ゆっきーもこっちを向いた。
「遥さんとはそのままでもいいから、私とも付き合ってほしいの」
「え……待って、ちょっと待って。なっちゃん何言ってるの?……いや、それはダメでしょ。ダメじゃない……?」
「ダメなのかな?」
「え?」
「別にね、遥さんと別れてほしいって言ってるんじゃないよ。ゆっきーが他の誰かと付き合ってるのは、そりゃ、嫌だけど……。でも、私にもチャンスがほしいの。付き合ってみたら、ゆっきーの気が変わることも、あるかもしれないでしょ?私と遥さん、どちらかを選ぶのはそれからでも遅くないと思うの」
「……」
「それとも…………私とは、どうしても付き合えない?」
「……」
「私とは……嫌、かな……」
「なっちゃん…………、ごめん」
「っ……」
二度目の「ごめん」
今度こそ、ダメかと思った。
胸が張り裂けるような痛みを覚えた。
だけど、そうではなくて。
「ちょっと、考えさせて」
と、ゆっきーは言った。
 




