53話 懐かしい夢
〇橙木夏美
家に帰って、お茶を注いだコップを持って部屋に行き、部屋着に着替えてパソコンを開く。
習慣の動作も終えて、起動したものの特に用がなかったパソコンは放置したまま、私は椅子に座って目を閉じた。
思い出すのは、今日一日の出来事。
りなちーには「告白しろ」的なことを言われたけれど。
ゆっきーは、遥さんと付き合っている。
今までなにもしてこなかった私が、ゆっきーに恋人ができた途端、それまでの態度を変えて告白しようとするのは……ずるいような、間違っているような、そんな感じがする。
それに今告白されたってゆっきーも迷惑だろうし。……いや、迷惑とか今さらだけど。今までだって、散々迷惑はかけてきた。
だから、「迷惑だから」という理由で告白をしないというのは違うな……。
何かと理由をつけて告白を先延ばしにしようとするのは、もうやめないと。
既にキスもしてしまっているのだから。
これまでのように踏みとどまったとしても、ゆっきーの方から聞いてくると思う。
「どうしてキスをしたのか」って。いや、ゆっきーなら泣いていた理由を先に聞いてくるかも。
どちらにせよ、避けられはしない。
「……」
思い出す。
りなちーの言葉。
ゆっきーのことを諦めようとして、でも結局諦められなかった。
諦めようとしたのは結構前のことだ。
今振り返ってみれば、諦めるなんて到底無理なことだったと断言出来る。
だって、その頃は毎日のようにゆっきーに会っていたのだから。
──朝、今日こそはゆっきーのことを意識しない、と意気込んでも。
──おはようと笑顔で手を振るゆっきーを一目見れば、それだけで私も笑顔になるわけで。
二歩進んで、一歩下がる。
そんな感じだった。
諦めようとすればするほど、私のゆっきーに対する感情は膨れ上がっていった。
恋は障害があるほど燃え上がる、とかいうやつかもしれない。
「……」
だけど。
燃え上がっていたにも関わらず、私が今の今までゆっきーに告白することがなかったのは(本当は一度だけある。あるというか、未遂で失敗したけれど)、それと同じくらい大切なものがあるからで……。
「なっちゃん、何描いてるの?」
放課後。
美術部に所属している私達だが、しかし部室の美術室には向かわず、いつものようにゆっきーのクラスに集まっていた時のこと。
「マミさんだよ」
「マミさんって言うんだ。なんのキャラクターなの?」
「え?……もしかしてゆっきー、まど〇ギをご存知ない?」
「えーと、確かなっちゃんがおすすめだって言ってたアニメだよね」
「そうだよ!まだ見てなかったの?」
「だって、なっちゃんのおすすめ、多過ぎてどれから見ればいいか迷っちゃうんだもん」
だもんって、可愛いかよ。可愛すぎるよ!
「ちょっとちょっと二人とも聞いて。ゆっきーがまど〇ギ見たことないって言うんだよ」
「いきなり何かと思えば……、あのアニメね。うん、面白かったよね」
「あれねー、すごかったよねー。今なっちゃんが描いてるマミさんは序盤で」
「うわあぁ!!わーーーわーーー!!!ちょっとまっきー!?何言おうとした?ねえ今何言おうとした?……ネタバレ、ダメ、絶対。OK?」
「う、うん。いえす、さー」
「……それを言うなら、サーじゃなくてマム。サーだと、なっちゃんが男になっちゃう」
さりげなく、りなちーがツッコミを入れてくる。
「あー、この前の英語で習ったよねー」
「そうなんだ。そこ、私のクラスまだかも」
クラスが違うゆっきーは、まだイエッサーを習っていないらしい。
「もう五時半だよ。そろそろ帰る?」
りなちーのその言葉に同意し、各自鞄を手に取り席を立つ。今日が金曜日だからか、帰る足取りもどことなく軽かった。
「明日はどうするー?」
「私ケーキ食べたい」
まっきーが聞き、りなちーが答える。最近りなちーはケーキブームらしく、先週末もみんなでケーキを食べに行ったばかりだった。
「えー、またー?お小遣い無くなるんだけどー」
「私も新刊が来週出るからパスかな」
私も答える。これで2対1。
「ゆっきーは?」
「私もお財布的に無理かな……。ごめんね、莉奈」
「ん、それなら仕方ない。じゃあゲームは?」
「それならいいよ。りなちーの家で?」
「それでいいなら。二人は?」
「いいよー」
「私も。……あ、でも、さっき言ってた、まど〇ぎ?も気になるから早く見たいんだよね。どうしよう」
「あ!それならさ、りなちーの家でみんなで見ようよ。私持っていくよ」
「なら、せっかくだし明日は泊まる?」
「いいのー?」
「うん」
「やった!あ、ゆっきーはどう?泊まれる?」
「うん、多分大丈夫。一応お母さんに聞いてみないとだけど」
「分かった。ダメだったら連絡してね──」
「──あー、誰甲羅投げたのー。落ちたー最悪ー」
「よっし、これであとはりなちーだけ」
「……」
「あ、雷」
「ちょっ、ゆっきー今飛んでるからそれやめ、ああー!」
「ねー、また落とされたんだけどー」
「……」
「え、まっていつの間にかゆっきー1位になってる!」
「うそー、もうすぐゴールじゃん」
「誰か青甲羅」
「なーい」
「ないよー」
「あ、ゴールした……。1位!1位だって!初めてだよ、見て見てなっちゃん!」
なんだこの可愛い生き物は。
「ゆっきーも上手くなってきたね」
「まさか優希に負ける日が来るなんて……」
「私なんて8位だよー」
「まっきーCPUにも負けてんじゃん」
「今のは運が悪かったのー。そういうなっちゃんだって6位だしー。上にCPU3ついるよー」
「私はまっきーに勝ってるからセーフ」
「むー、なっちゃんのくせにー」
「……まさに、どんぐりの背比べ」
「……五十歩百歩だね」
「なっ……、これが勝者の余裕というやつか……。って、りなちーも今回はこっち側だからね?」
お菓子とジュースを置いた机を部屋の片隅においやって、布団の上に座ったり寝転がったり。
りなちーの家でお泊まり中。
「ねーねーそれよりー、そろそろ9時だよー。アニメ見ないのー?」
「あっ、そうだったそうだった」
りなちーがリモコンを操作し、テレビ画面が切り替わる。見るのは勿論、昨日の帰りに話していたあのアニメだ。
と、そのとき。
突然、部屋の明かりがパッと消えた。
「わっ……びっくりした」
ゆっきーがびっくりしてる。しかし暗くて顔がよく見えなかった。残念。
「なんで消したのー?」
「映画館気分。ポップコーンもあるし」
「ちょっとなっちゃん近い、暑い」
「えー、いいじゃーん」
「ねえー、おーもーいー」
「なっちゃんは優希にくっついてて、よっ」
「わっ、ちょっ」
「きゃっ、なっちゃん大丈夫?」
「うぅ……ありがと。ゆっきーは優しいね……」
そうこう言っているうちに本編が始まる。
それと同時に全員一様に喋るのをやめて、画面に集中していき──。
「ん……」
いつの間にか眠っていたようで、顔を上げるとパソコンの明るい画面があった。
「ん〜……」
懐かしい夢を見ていた。
夢の割には内容をはっきり覚えている。夢というより、昔の記憶を見返しているみたいだった。
「ふぁ〜……」
本当に懐かしい。
あれから、結局ゆっきーは直ぐに寝ちゃって……。
「あぁ……!」
あーもう、なんであそこで目が覚めちゃったんだろう。
もう少しでゆっきーが寝ちゃって、私の肩にもたれかかってくるところだったのに。
あの時のゆっきーの体温とか髪や肌の感触、支えた時の重みや微かに漂ってきた香りは、今でも鮮明に覚えている。
特にあの重みが、そこにゆっきーがいるということを感じさせてくれて、私は好きだった。
それにしても、このタイミングであんな夢を見るなんて。
4人でいるときの時間とか、空気とか。あの感覚。ゆっきーに対する好きと同じくらい、大切なもの。いつまでも続いて欲しいと、そう思っていたけれど……。
「変わっちゃうものだなぁ……」
私も、皆も。
毎日飽きずに会っては話していたのに、最近だと会うのは多くて月に数回。でも、それが今の丁度いい距離感なのかも。いつまでも昔のままではいられないということ。
りなちーにも、まっきーにも、そしてゆっきーにも。それぞれのプライベートがあって、私の知らない彼女たちがいる。
分かりきったことだけど、でも、やっぱり寂しい……。
「そういう時期、かぁ」
りなちーの言葉を思い出す。
4人の距離感に変化があるように、私とゆっきーの関係も……。
「告白、か」
私が今まで告白してこなかった理由のひとつは、言ってしまえば、私たち4人の間に亀裂が入るのが嫌だったからだ。
そんな事態を恐れていた。
でも、今はどうか?
昔ほど会うことも無くなって、距離感が離れつつあって。
「そっか……」
りなちーはその事も含めて、「そういう時期」と言ったのかもしれない………いや、それは考えすぎか。
でも。
「ちゃんと話さないと、だよね」
私はスマホを手に取った。




