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百合の話(仮題)  作者: ねこのぬいぐるみ
53/64

53話 懐かしい夢

 〇橙木夏美


 家に帰って、お茶を注いだコップを持って部屋に行き、部屋着に着替えてパソコンを開く。


 習慣の動作も終えて、起動したものの特に用がなかったパソコンは放置したまま、私は椅子に座って目を閉じた。


 思い出すのは、今日一日の出来事。


 りなちーには「告白しろ」的なことを言われたけれど。


 ゆっきーは、遥さんと付き合っている。


 今までなにもしてこなかった私が、ゆっきーに恋人ができた途端、それまでの態度を変えて告白しようとするのは……ずるいような、間違っているような、そんな感じがする。


 それに今告白されたってゆっきーも迷惑だろうし。……いや、迷惑とか今さらだけど。今までだって、散々迷惑はかけてきた。


 だから、「迷惑だから」という理由で告白をしないというのは違うな……。

 

 何かと理由をつけて告白を先延ばしにしようとするのは、もうやめないと。


 既にキスもしてしまっているのだから。


 これまでのように踏みとどまったとしても、ゆっきーの方から聞いてくると思う。


 「どうしてキスをしたのか」って。いや、ゆっきーなら泣いていた理由を先に聞いてくるかも。


 どちらにせよ、避けられはしない。


「……」


 思い出す。


 りなちーの言葉。


 ゆっきーのことを諦めようとして、でも結局諦められなかった。


 諦めようとしたのは結構前のことだ。


 今振り返ってみれば、諦めるなんて到底無理なことだったと断言出来る。


 だって、その頃は毎日のようにゆっきーに会っていたのだから。


 ──朝、今日こそはゆっきーのことを意識しない、と意気込んでも。


 ──おはようと笑顔で手を振るゆっきーを一目見れば、それだけで私も笑顔になるわけで。


 二歩進んで、一歩下がる。


 そんな感じだった。


 諦めようとすればするほど、私のゆっきーに対する感情は膨れ上がっていった。


 恋は障害があるほど燃え上がる、とかいうやつかもしれない。


「……」


 だけど。


 燃え上がっていたにも関わらず、私が今の今までゆっきーに告白することがなかったのは(本当は一度だけある。あるというか、未遂で失敗したけれど)、それと同じくらい大切なものがあるからで……。






「なっちゃん、何描いてるの?」


 放課後。


 美術部に所属している私達だが、しかし部室の美術室には向かわず、いつものようにゆっきーのクラスに集まっていた時のこと。


「マミさんだよ」


「マミさんって言うんだ。なんのキャラクターなの?」


「え?……もしかしてゆっきー、まど〇ギをご存知ない?」


「えーと、確かなっちゃんがおすすめだって言ってたアニメだよね」


「そうだよ!まだ見てなかったの?」


「だって、なっちゃんのおすすめ、多過ぎてどれから見ればいいか迷っちゃうんだもん」


 だもんって、可愛いかよ。可愛すぎるよ!


「ちょっとちょっと二人とも聞いて。ゆっきーがまど〇ギ見たことないって言うんだよ」


「いきなり何かと思えば……、あのアニメね。うん、面白かったよね」


「あれねー、すごかったよねー。今なっちゃんが描いてるマミさんは序盤で」


「うわあぁ!!わーーーわーーー!!!ちょっとまっきー!?何言おうとした?ねえ今何言おうとした?……ネタバレ、ダメ、絶対。OK?」


「う、うん。いえす、さー」


「……それを言うなら、サーじゃなくてマム。サーだと、なっちゃんが男になっちゃう」


 さりげなく、りなちーがツッコミを入れてくる。


「あー、この前の英語で習ったよねー」


「そうなんだ。そこ、私のクラスまだかも」


 クラスが違うゆっきーは、まだイエッサーを習っていないらしい。


「もう五時半だよ。そろそろ帰る?」


 りなちーのその言葉に同意し、各自鞄を手に取り席を立つ。今日が金曜日だからか、帰る足取りもどことなく軽かった。


「明日はどうするー?」


「私ケーキ食べたい」


 まっきーが聞き、りなちーが答える。最近りなちーはケーキブームらしく、先週末もみんなでケーキを食べに行ったばかりだった。


「えー、またー?お小遣い無くなるんだけどー」


「私も新刊が来週出るからパスかな」


 私も答える。これで2対1。


「ゆっきーは?」


「私もお財布的に無理かな……。ごめんね、莉奈」


「ん、それなら仕方ない。じゃあゲームは?」


「それならいいよ。りなちーの家で?」


「それでいいなら。二人は?」


「いいよー」


「私も。……あ、でも、さっき言ってた、まど〇ぎ?も気になるから早く見たいんだよね。どうしよう」


「あ!それならさ、りなちーの家でみんなで見ようよ。私持っていくよ」


「なら、せっかくだし明日は泊まる?」


「いいのー?」


「うん」


「やった!あ、ゆっきーはどう?泊まれる?」


「うん、多分大丈夫。一応お母さんに聞いてみないとだけど」


「分かった。ダメだったら連絡してね──」




「──あー、誰甲羅投げたのー。落ちたー最悪ー」


「よっし、これであとはりなちーだけ」


「……」


「あ、雷」


「ちょっ、ゆっきー今飛んでるからそれやめ、ああー!」


「ねー、また落とされたんだけどー」


「……」


「え、まっていつの間にかゆっきー1位になってる!」


「うそー、もうすぐゴールじゃん」


「誰か青甲羅」


「なーい」


「ないよー」


「あ、ゴールした……。1位!1位だって!初めてだよ、見て見てなっちゃん!」


 なんだこの可愛い生き物は。


「ゆっきーも上手くなってきたね」


「まさか優希に負ける日が来るなんて……」


「私なんて8位だよー」


「まっきーCPUにも負けてんじゃん」


「今のは運が悪かったのー。そういうなっちゃんだって6位だしー。上にCPU3ついるよー」


「私はまっきーに勝ってるからセーフ」


「むー、なっちゃんのくせにー」


「……まさに、どんぐりの背比べ」


「……五十歩百歩だね」


「なっ……、これが勝者の余裕というやつか……。って、りなちーも今回はこっち側だからね?」


 お菓子とジュースを置いた机を部屋の片隅においやって、布団の上に座ったり寝転がったり。


 りなちーの家でお泊まり中。


「ねーねーそれよりー、そろそろ9時だよー。アニメ見ないのー?」


「あっ、そうだったそうだった」


 りなちーがリモコンを操作し、テレビ画面が切り替わる。見るのは勿論、昨日の帰りに話していたあのアニメだ。


 と、そのとき。


 突然、部屋の明かりがパッと消えた。


「わっ……びっくりした」


 ゆっきーがびっくりしてる。しかし暗くて顔がよく見えなかった。残念。


「なんで消したのー?」


「映画館気分。ポップコーンもあるし」


「ちょっとなっちゃん近い、暑い」


「えー、いいじゃーん」


「ねえー、おーもーいー」


「なっちゃんは優希にくっついてて、よっ」


「わっ、ちょっ」


「きゃっ、なっちゃん大丈夫?」


「うぅ……ありがと。ゆっきーは優しいね……」


 そうこう言っているうちに本編が始まる。


 それと同時に全員一様に喋るのをやめて、画面に集中していき──。






「ん……」


 いつの間にか眠っていたようで、顔を上げるとパソコンの明るい画面があった。


「ん〜……」


 懐かしい夢を見ていた。


 夢の割には内容をはっきり覚えている。夢というより、昔の記憶を見返しているみたいだった。


「ふぁ〜……」


 本当に懐かしい。


 あれから、結局ゆっきーは直ぐに寝ちゃって……。


「あぁ……!」


 あーもう、なんであそこで目が覚めちゃったんだろう。


 もう少しでゆっきーが寝ちゃって、私の肩にもたれかかってくるところだったのに。


 あの時のゆっきーの体温とか髪や肌の感触、支えた時の重みや微かに漂ってきた香りは、今でも鮮明に覚えている。


 特にあの重みが、そこにゆっきーがいるということを感じさせてくれて、私は好きだった。


 それにしても、このタイミングであんな夢を見るなんて。


 4人でいるときの時間とか、空気とか。あの感覚。ゆっきーに対する好きと同じくらい、大切なもの。いつまでも続いて欲しいと、そう思っていたけれど……。


「変わっちゃうものだなぁ……」


 私も、皆も。


 毎日飽きずに会っては話していたのに、最近だと会うのは多くて月に数回。でも、それが今の丁度いい距離感なのかも。いつまでも昔のままではいられないということ。


 りなちーにも、まっきーにも、そしてゆっきーにも。それぞれのプライベートがあって、私の知らない彼女たちがいる。


 分かりきったことだけど、でも、やっぱり寂しい……。


「そういう時期、かぁ」


 りなちーの言葉を思い出す。


 4人の距離感に変化があるように、私とゆっきーの関係も……。


「告白、か」


 私が今まで告白してこなかった理由のひとつは、言ってしまえば、私たち4人の間に亀裂が入るのが嫌だったからだ。


 そんな事態を恐れていた。


 でも、今はどうか?


 昔ほど会うことも無くなって、距離感が離れつつあって。


「そっか……」


 りなちーはその事も含めて、「そういう時期」と言ったのかもしれない………いや、それは考えすぎか。


 でも。


「ちゃんと話さないと、だよね」


 私はスマホを手に取った。

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