52話
前回までの話:
→夏美、泣いてるところを優希に見られる
→錯乱した夏美が優希にキス
→夏美「私ってほんと馬鹿」(今ココ)
〇橙木夏美
ゆっきーの友達でいられたら、それでいい。
それ以上は望んでいない、と言うと嘘になるけれど、今の関係が壊れてしまうかもしれないという危険を冒してまで、自分の気持ちを伝えようとは思わなかった。
つい先日までは。
「どうしよう……」
どうするも何も、既にやってしまった後なのでどうしようもない。後先考えずに行動してしまうのは、昔からの悪い所だった。
「うぅー、あああぁ……しにたい」
どうしてあんなことをしちゃったのか。
一度大泣きして冷静になった今なら、先程までの自分がいかに冷静さを欠いていたかがよく分かった。
「はぁ……」
ゆっきーに恋人ができてショックだった。
その恋人の遥さんと笑って話し合っているゆっきーを見るのがとても辛かった。
あんなものを見せられて、冷静でいられるわけが無かった。
でも、だからと言って、キスとか……。
「ありえないって……」
ゆっきーは遥さんとキスをしたと言っていた。
ということは、さっきのキスはゆっきーにとっては初めての経験ではなかったということになる。
ゆっきーのファーストキスがあんなにも酷いものにならなくて良かったとは思うけれど。
私の知らないところで、私以外の人と、ゆっきーがそういうことをしていると思うと……。
……。
「っ……はぁ……」
そもそも、恋愛とか興味無いって言ってたのに。
遥さんのことも友達だって。
嘘ばっかり。
私、ゆっきーに信用されてないのかな。
ゆっきーは遥さんのこと好きじゃないって言ってたけど、あれも嘘なのかも。
ゆっきー、遥さんと楽しそうに話してたし、嫌いだったら付き合ったりしないだろうし……。
「はぁ……」
これで全部水の泡かな。
馬鹿みたい。
「……」
まずは、謝らないと。
あんなことされて、ゆっきーだって嫌な気持ちになってるだろうし。
「……っ」
もう会いたくない、とか、言われたら……。
「そんなの……いや……」
ピロン。
と、スマホの通知音が鳴った。
「ん」
莉奈
>>遅い
>>真雪ももういるよ
「あ」
忘れてた。
二人と会う約束をしてたんだった。
「行かないと」
パソコンを閉じ、部屋の明かりをつけて支度を始める。
その途中、着替えている時に、ふと姿見に目が止まった。
「酷い顔」
このまま外に出るのは無理そうだった。
夏美
>>ちょっと遅れる
莉奈
>>もう遅れてるんだけど?
>>はよこい
夏美
>>いえっさー!
友人関係は決して対等ではないらしい。現実はあまりにも非情だった。
「で?それから?どうなったの?黙ってないでさっさと白状しなよ」
「楽になりなー」
子供の頃からお世話になっている最寄りのファストフード店。
その店内の一角で、私は親友だと思っていた二人から尋問を受け、ほぼ強制的に、数時間前のゆっきーとの出来事を洗いざらい吐かされていた。
「……寝た」
「は?」
「寝て起きたら、ゆっきーいなくなってた」
「……」
「え?つまりなっちゃん、優希にいきなりキスして逃げた後にふて寝したってことー?」
「(こくこく)」
「ええ……」
「あっはははー!流石なっちゃんだねー、あほだねー」
「ちょ、真雪。今は優しくしないと、なっちゃん泣くから」
「あ、そうだったー。ごめんごめんー」
「……ぐすん」
「あー、ほら。泣いちゃった」
「えー、私のせいー?」
こいつらほんとに、昔っからそうだけど私のことぞんざいに扱い過ぎ。
「それにしても優希と遥のことは、最初聞いた時は吃驚したよね。優希に友達が出来たって聞いた時は人付き合いが苦手な優希にしては珍しいなって思ってたけど、そりゃ恋人なら親しくもなるか」
「なっちゃん勝ち目あるかなー」
「こうなってくると、昔からの顔見知りっていうのはアドバンテージにならないかもね」
「幼馴染は負けフラグだとかー、なっちゃん言ってたもんねー」
「優希が男だったら、その胸でどうにかできたかもしれないけど」
「なっちゃんが遥に唯一勝ってるのがそのおっぱいなのにー、優希相手だと足枷でしかないよねー。足枷っていうかー、胸枷ー?」
こいつら、言いたい放題言いやがって。
「……あのさ」
「ん?」
「どしたのー?」
「ゆっきー……、今頃私のことどう思ってると思う?」
「うーん、優希のことだから、なっちゃんの心配でもしてるんじゃない?優希の前で号泣したんでしょ?」
「それか落ち込んでるかもねー。ほら、優希ってネガティブなところあるしー」
「とにかく、なっちゃんのこと悪くは思ってないと思うよ」
「だから元気だしなよー。大丈夫だってー」
「そうかな……」
流石に今回のは、ゆっきーに嫌われてもおかしくない気がするんだけど…………ん?
「あれ?私のナゲットが無い」
「……」
「え、ポテトもないんだけど」
「……」
「ちょっとまっきー、勝手に食べたでしょ」
「えー、なんで私?食べてないよー。冤罪だよ冤罪」
「りなちーは勝手に食べたりしないから、容疑者があんたしか居ないのよ」
「いやいや、ほんとに私じゃないってばー。ていうか、気づいてなかったのー?犯人なら隣にいるけどー」
そう言って、まっきーは私の隣を指差す。
「え?」
「もぐもぐ。あ、こんにちはなのですー」
……。
氷野ちゃんだ。
「うそ、いつの間に?」
「最初からいたのです。夏美が来た時は、ちょうどお手洗いに行ってたのです」
「……と言うことは、氷野ちゃんが食べちゃったの?」
「美味しかったのです。ごちそうさまでした」
「……」
「あれー、どうしてなっちゃん何も言わないのー?怒んないのー?私のと反応違くないー?」
「夏美が突っ込んでくれなかったのです。リアクションが皆無なのです。ちょっと寂しいのです」
「あらら、氷野ちゃんこっちおいでー」
「まゆきー」
「よしよしー、かわいそうにー。ほらなっちゃん、氷野ちゃんに渾身のツッコミしてあげなよー。氷野ちゃんがかわいそうだよー」
「かわいそうなのですー」
ナニコレ。
「ねえ、りなちー。さっきから黙ってるけど、何か言ってもいいんだよ?」
「諦めたほうがいい」
「うぅ……もうやだおうちかえる」
「さて、おふざけはここまでにするとして、氷野ちゃんは私が呼んだの」
と、りなちーが言った。
「氷野ちゃんから、間違えてなっちゃんに優希と遥さんの関係を教えちゃったって聞いてね。それでなっちゃんが変なことする前に話をしようと思って、今日は招集をかけたんだけど……手遅れだったね」
「だねー」
手遅れ……。
「……しにたい」
「まあ、そう落ち込まないで。まるでこの世の終わりみたいな顔してるけどさ、そんなに絶望的な状況でもないと思うよ」
りなちーが続ける。
「今まではなっちゃんが臆病なせいで全然進展がなくて優希にも全く気づかれなかったけど、でも今回のことで流石の優希も気づくと思うのよね。なっちゃんの気持ちに」
「うんうん」
まっきーがりなちーの隣で頷いている。
「なっちゃんが今まで悩んできたのは知ってるよ。悩んだ結果、諦めようとしてたことも。でも結局諦められなかったんでしょ?」
「……うん」
「だったら、もう正直に話すしかないんじゃない?いい加減、そういう時期がやってきたんだと思うよ」
「……」
言いたいことを言い終えたのか、ストローをくわえて飲み物を飲み始めるりなちー。それから僅かに残っていたポテトを全て食べ終えると、あっという間に片付けを終えてしまった。
「私が言えるのはそれくらい。じゃあ、この後バイトあるからそろそろ行くよ」
「あ、私もー」
りなちーに続いて、まっきーもプレートを持って席を立つ。
「何かあったら連絡して」
「なっちゃん、頑張ってねー」
それだけ言うと、二人はさっさと店を出ていってしまった。
「行ってしまったのです」
行ってしまった。あっさりと。
氷野ちゃんの言葉には、そんなニュアンスが含まれているように聞こえた。
けれど、二人が薄情だとは思わない。
私には、二人が心配してくれていることが分かった。
「……ありがと」
りなちーの言葉数が普段より多く、長文を連発していたのがその証拠。
まっきーは……普段と変わらなかった気もするけど、心の中では心配してくれているはずだ、と思う。たぶん。
「夏美。ごめんなさい」
二人がいなくなるや否や、そんな言葉が投げかけられた。
相手はもちろん、残っている氷野ちゃんしかいない。
「え?ああ、ポテトのこと?そのことなら怒ってないから」
「その事ではなく」
その事ではなく?
その事以外で、氷野ちゃんから謝罪されるようなことがあっただろうか?
「先週は事情も知らないのに勝手なことを言いすぎたと反省しまして」
「ん……?」
確かに先週は氷野ちゃんと遊んだり作戦会議的なことをした。
私的には、話を聞いてくれて助かったとすら思っていたんだけど……。
「もしかして、りなちーに何か言われた?」
「いえ」
違ったか。
「莉奈ではなく真雪に、ちょっと」
「まっきーに?」
え、まっきーに?
「はい……、それで、余計なことを言ってしまったと思い直した次第なのです」
「えっと……なんて言われたか知らないけど、先週は私も楽しかったし、気にしないで」
「そう言ってくれると私も助かるのです。夏美が許してくれなければ、真雪に何をされるか……。もう二度と真雪には逆らわないのです。絶対なのです」
待って、本当に何があったの。
ついさっき二人で仲良くじゃれ合ってた様子からは、想像できないんだけど……。
「そんなに怖かったの?」
「はいなのです。それはもう恐ろしかったのです。人を弄ぶことにおいてあの人の右に出る人はいないと、私は信じたいのです。今思い出すだけでも身の毛がよだつようなのです。鳥肌なのです」
「……」
まあ、うん。
多分氷野ちゃんが大袈裟に言ってるだけなのだろう。
十年以上の付き合いがあるまっきーに実は恐ろしい本性が隠されていたとか、そんなことは無いと思いたい。
「それで、夏美は湊先輩に告白するのですか?」
「ん?……ああ、えっと……まだ分からないかな」
「そうなのですか」
一瞬、湊先輩と言われてゆっきーと結びつかなかった。
(同い年なのにゆっきーのことは変わらず先輩呼びなんだよね、氷野ちゃん。呼び方気に入ってるのかな?)
少し気になったけど、氷野ちゃんの話がまだ続いていたから、そのことについて聞くことは無かった。
「これはあくまでも私の勘なのですが、夏美が湊先輩と付き合える可能性は十分にあると思うのです。女の勘なのです。だから、もし告白するなら自信を持って欲しいのです!私も応援してるのです!」
「……うん。ありがと、氷野ちゃん!」
りなちーとまっきー、それに氷野ちゃん。
三人と話せたおかげで、今ならゆっきーのことについて前向きに考えることが出来そうだった。




