51話 湊家姉妹お風呂タイム
いい風呂の日と聞いて
〇湊優希
まず第一に、なっちゃんこと橙木夏美はおそらく変人だ。
ここで私が断言できずに「おそらく」と不確かな表現をしてしまうのは、ひとえに私の人付き合いが少なすぎるからであって、なっちゃんが変人か否かの瀬戸際にいるという意味ではない。
私よりなっちゃんと付き合いの長い莉奈と真雪の二人も、彼女のことは変人だと思っていることだろう。
私の認識におけるなっちゃんの変人度合いは、変人というカテゴリーに片足を突っ込むどころか、肩までどっぷり浸かってるレベル。
私の部屋の中になっちゃんの仕掛けた隠しカメラがあっても不思議では無いと思っている。
とにかく、なっちゃんは変人だった。
──その前提の上で。
なっちゃんに泣きながらキスをされた。
という出来事について考えてみると、キスの部分はまだギリギリセーフと言えた。「なっちゃんだから」で済む話だった。
では私が何を悩んでいるのかといえば、それは残りの部分についてである。
泣いていた。
あのなっちゃんが本当に泣いていた。
その事実に、私はただ事ではないと思った。
別に、なっちゃんは全く泣かない人間だ、とは言わない。そういう意味で変人なわけではない。
なっちゃんだって人並みに泣く。
ただ、人前では絶対に泣かないだけで。
なっちゃんはああ見えてとても繊細で、そして強がりだ。突拍子もない言動をよくするくせに、周囲の目を気にするタイプで、傷つきやすく、でも自分の弱い所を見せようとはしない。
だからこそ、昨日のあれには本当に驚いた。あんな風に、あからさまに弱々しい姿を見せたことに。
そして。
なっちゃんからは何も言われてはいないけれど、なっちゃんを泣かせてしまった原因は多分私にある。私の勘が、私のせいだと言っていた。
勘だけでなく、経験からも。以前にも私はなっちゃんを傷つけるようなことをしてしまったことがあったのだ。
そういうわけで、また何かやってしまったのだろうと私は一人落ち込んでいるところだった。
「はぁ……」
さて。
なっちゃんが泣いていたのはとてつもなく大問題だが、だからと言って、キスの方を無視するわけにもいくまい。
「なっちゃんだから」で済む問題とはいえ、問題は問題である。納得はできても、理解はできていない。今のところ、なっちゃんのあの行動について分かっていることは何もなかった。
……いや、少しは分かってる。
普通に考えれば、なっちゃんは私のことが好きということになる。普通……普通って何だろう。もうこの時点で色々と普通じゃない……。
仮になっちゃんが私を好きだったとして、それはいつから?中学?高校?それとも最近?
分からなかった。今までずっと一緒にいたのに。
私は親友だと思っていたけど、なっちゃんは違ったということ?里奈や真雪は、どうなの?このことを知っている?
それともあれは、なっちゃん的には親友同士のスキンシップの範疇なの?だとしたら、あの二人ともしているとか?
「……ダメだ。頭がおかしくなりそう」
混乱のあまり、思考回路がおかしくなっている気がする。
有り体に言って、バグってた。
「ゆーちゃん、夜ご飯できたってー」
優香ちゃんだ。私を呼びに来てくれたらしい。
「うん……ねぇ、優香ちゃん」
「ん?」
「今日一緒にお風呂入ろ」
「えー、また?私もうそんなに子どもじゃないんだけど」
悩みといえば、これも最近の悩みだ。
優香ちゃんが私とのお風呂を拒否することが増えてきたのだ。
「いいから」
「……はーい」
不承不承といった様子だったけど、優香ちゃんは首を縦に振ってくれた。
お風呂。
「茅坂くんとはどう?」
湯船の中で、私はいつものように優香ちゃんを後ろから抱きしめていた。
「……普通」
中学生の恋愛の普通って、どれくらいなんだろうか。
「手は繋いだ?」
「うん」
「キスは?」
「……まだ」
なるほど。
「変なこと聞いてもいい?」
「なに?」
「友達とキスしたいって思ったことある?」
「え……いや無いけど」
「だよね」
良かった。その答えが聞けてちょっと安心した。
「なに?ゆーちゃん今のどういうこと?」
「いや、なんでもないの」
「……もしかして、ゆーちゃんにも好きな人が出来たの!?」
「は?」
なんでそうなった?
「友達って、もしかして男友達のこと?その人のこと好きになっちゃったとか?」
「いや、そもそも男友達いないし」
「あ、そっか……ゆーちゃんだもんね」
「こーら」
「きゃっ、あははっ!」
くすぐりの刑に処した。
「そういえば、ゆーちゃん」
「なーに?」
「この前私に『優香ちゃんも女の子と付き合っていたの?』みたいなこと言ってたじゃん。私も、ってどういうこと?」
「え?」
私、そんなこと言ったっけ……?
「もしかして、さっきの友達とキスって夏美お姉ちゃんのこと?……ということは、もしかしてゆーちゃん、夏美お姉ちゃんと付き合ってるとか!?」
……やばい。妹が鋭すぎる。正確には所々違うけど。
「いや、なんで私がなっちゃんと付き合うことになるの?」
「え?だって夏美お姉ちゃん、昔からゆーちゃんのこと大好きだったじゃん」
「だからってなんで付き合うことになるのよ。友達だよ?」
「じゃあ、私も女の子と付き合ってるって、あの言葉はどういう意味なの?」
「それは多分言い間違え。私覚えてないから」
「……あやしい」
「どこが」
「全部。私も茅坂のこと話したんだから、ゆーちゃんも話してよ。私もゆーちゃんの恋バナ聞きたい!」
「えぇ……」
「じゃあ最初の質問ね。ゆーちゃんには付き合ってる人がいますか?」
……なんか始まった。
「いいえ」
「嘘をついたら罰が与えられます。えいっ!」
「あ、ちょっと。ひゃ、くふふっ……や、やめっ」
こ、こいつ……。さては、さっきの仕返しがしたいだけか?
「次の質問。その恋人は女の人ですか?」
「いいえ」
「あ、やっぱり恋人いるんだ!誰?どんな人?やっぱり夏美お姉ちゃん?」
……しまった。
「はぁ……言っとくけど、なっちゃんとは本当に付き合ってないからね」
「えー、違うの?じゃあ誰なの?」
「優香ちゃんの知らない人」
「むー……後で写真見せて」
「嫌」
「ゆーちゃんは茅坂の写真見たのに!」
「それはそれ、これはこれ」
「……ケチ」
「ケチで結構」
「後で教えてよね。絶対だからね」
「はいはい、そのうち教えるから。でも今日はダメ」
「むー……分かった」
これでよし。なんとか優香ちゃんには教えずにすんだ。
というか、優香ちゃん本当に鋭すぎる。優香ちゃん相手にこの話題は当分封印かな……。
氷野「誤字報告して下さった方、誠にありがとうございますなのです」
 




