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百合の話(仮題)  作者: ねこのぬいぐるみ
50/64

50話 ごめん

〇湊優希



「ごめん、ちょっとトイレ」


 なっちゃんが早足で出ていったのを見て、再びベッドに寝転がる。


『私、ゆっきーのこと、好きかも』


 キスをしたいと言われたからか。それとも、この前遥さんと中学生の頃の話をしたからか。


 懐かしい言葉を思い出した。


「まさか……ね」


 なっちゃんが急にキスをしたいとか言い出すから、変な想像をしてしまった。


「……暇だ」


 手持ち無沙汰になり寝転がったまま横を向くと、机の上の漫画が目に入った。


 今回なっちゃんが影響を受けた漫画だ。


「百合……だから私に……、でも普通やる……?」


 パラパラとページをめくっていくと、それっぽいシーンがあった。


「これか……」


 確かにキスをしていた。場所はベッドの上でもなければ室内でもない、屋外の校舎裏だったけど。


 遥さんのことで参考になるかもと思ってそのまま漫画を読み進め、一巻を読み終わったところで、ふとさっきの雑談で思い出したことがあった。


「そういえば、なっちゃんにも好きな人いたんだ……」


 今までそんな話は少しも聞かなかったから、もしかしたら大学で出会いがあったのかもしれない。私達に内緒にしていただけで、実は中学や高校の時からという可能性もあるけど。


 そんなことを考えながら、なっちゃんを待っていたのだけど、


「遅い」


 いくら待っても帰ってこないので、様子を見に行くことにした。





〇橙木夏美


『遥さんに、悪い気がして』


 ゆっきーの言葉が私の中でリピート再生されていた。思い出したくないのに、何度も繰り返しその言葉が蘇る。


「っはぁ……」


 洗面所の鏡には、顔色の悪い私が映っていた。


 水を出し、手を洗った後で、何回も顔を水で濡らした。


 そうすることで、熱が冷めていくように、自分が落ち着いていくのを感じた。


「ふぅ……」


 何やっているんだろう、私。


 あんな軽はずみにキスしようとするなんて、どうかしてる。


 今までは、こんなこと無かったのに……。


 間違いなく昨日のことが原因だと分かっているけど、だからって、自分がここまでおかしなことをするとは思わなかった。


 だから、あそこでゆっきーが止めてくれて、本当に良かった。


「っ……っふ、ぅ……」


 危なかった。


 さっき、ちょっと泣きそうだった。あんなことで泣きそうになるとか、やっぱり今日の私はどこかおかしい。


 情緒不安定だ。


「……」


 洗面所の縁に手を置いて俯き、ザーと音を立てて流れる水をぼーっと眺めていると、後ろから音が聞こえてきた。


 この足音はゆっきーだ。


「なっちゃん、ここにいたの。遅いよ」


「ごめんごめん。まつ毛が目に入っちゃって」


 濡れた顔を拭き後ろを振り返ると、ゆっきーがいた。


「よし、もう大丈夫」


「え、なっちゃん……」


「ん?どーしたの?」


 私が聞くと、ゆっきーは遠慮がちに言った。


「もしかして、泣いてた?」


「……え?」


 慌てて目元に手をやるも、涙はなかった。


「いや、泣いてないよ」


「でも、目元赤くなってるよ?」


 後ろの鏡を見ると、そこにはゆっきーの言った通り目元を赤くした私がいた。


「これは、あれだよ。目を擦ってたらこうなっちゃって」


「ほんと?」


「ほんとだよ」


「ちょっと、ちゃんとこっち見て」


 その言葉に従って振り向くと、心配そうな顔をしたゆっきーが私を見ていた。


「……やっぱり、泣いてたでしょ」


「泣いてない」


 顔を見られたくなくて、下を向いた。


「そんなにキスしたかったの?」


 ゆっきーが冗談っぽく言う。


「違う」


「じゃあ、何か嫌なことがあった?」


「……違う」


「あったんだ」


 ……心が見透かされているのだろうか。


 こういう時ばかりは、長年の付き合いも厄介に感じてしまう。


「何があったか、聞いてもいい?」


「それは……」


「言えない?」


 言えるわけがない。


「もしかして、私のせい?……ってこれ、聞かれても困るよね。ごめん」


「……」


 違うって言いたかったのに、上手く言葉が出てこなかった。


「えーっと……なっちゃん?」


「っ……!」


 体がビクッてなった。


 急にゆっきーの手が伸びてきたからだ。


 顔を上げると、ゆっきーと目が合った。姿勢が少し前屈みになっているのは、俯いてばかりだった私の顔を見ようとしたからだろう。


「やっぱり泣いてる」


「え、……あ、うそ」


 言われて初めて気づいた。


 いつの間にか、私はまた泣いていたらしい。


 自分が泣いていることに気づかないとか、今日の私、本当にダメかもしれない。


「……違うの、これは、……っ!」


 慌てて涙を拭っていたら、突然、頭がゆっきーの胸元にそっと引き寄せられて、抱きしめられた。


「ごめん、なっちゃん。……多分私が原因なんだってことは、わかるの。いつもそうだったから、今回もそうなのかなって。でも何が悪かったのかは分からなくて……私の見当違いだったらいいんだけど。……ごめん」


 私を抱きしめながら、ゆっきーは謝っていた。


 ……やばい。


 今こんなに優しくされたら、本当に収拾がつかなくなる。


 もう既に、涙が止まらないというのに。


 なんとか堪えようとして、ゆっきーを抱きしめる手に力がこもる。


「う、うぅっ……ぐすっ……」


 今ここで全て告白してしまえば。


 そう思った。


 今までは、これまでは、言わなくてよかったのかもしれない。でも、遥さんが現れて、今まで通りにはいかなくなって……だとしたら、目を逸らすのは止めて、私も変わらないといけないのかもしれない。でも、どうすればいいのか分からない。


 頭の中でぐるぐると思考が渋滞していた。


「ゆっきーの、せいじゃない」


 時間の感覚があやふやで正確には分からないけど、多分二、三分くらいして、私はようやく落ち着いて話せるようになった。


 顔を上げると、未だに心配そうな顔をしたゆっきーがいた。心配そうで、そして優しい、私の大好きな表情だった。


 それを見て、もうこれ以上は無理だと思った。


「ごめんね、ゆっきー」


「え?……!」


 意図の不明な謝罪の言葉を口にして、私はゆっきーにキスをした。


 勢いに任せて、泣きながら。


 目を白黒させて混乱しているゆっきーを見て、なんだか可笑(おか)しな気分になり、その後に、そういえば目は閉じた方がいいのかと思って目を閉じた。


 目を閉じると、重なった唇の感触がより強く感じられて、幸せだと思って、また涙が出てきた。六年間の我慢を一気に解放するように、無我夢中で唇を重ね合わせた。


 ゆっきーは今どう感じているのだろう。私のキスは下手なんだろうなと思って、比べる相手が遥さんだと気づき、一人で落ち込んだ。


 もう、滅茶苦茶だった。




 しばらくして、少し目を開けるとゆっきーと目が合った。


 目を逸らし、ゆっくりとゆっきーから離れた。


「ごめん……」


 再びゆっきーの方を見た。


 ゆっきーは、一言も発さず呆然としていた。


 その様子を見て、急速に、私の中で熱が冷めていくのが感じられた。


「あ……」


 熱に浮かされたみたいな気分は、冷や水を浴びせられたように冷え切って──そして、後悔が襲ってきた。


 やってしまった。


 なんてことを。


 私、馬鹿だ。


 いきなりキスするとか。


 ──もう取り返しがつかない。


「ごめん……」


 声は震えていた。


 涙はもう涸れたのか出てこず、ゆっきーと目を合わせるのが怖くて下を向いた私は、早足で自分の部屋へと向かって布団に籠もった。


 私はいつの間にか眠っていて、起きた時にはゆっきーは私の家にいなかった。

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