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百合の話(仮題)  作者: ねこのぬいぐるみ
48/64

48話 発覚

 〇橙木夏美



 ゆっきーのバイト先は平日の昼過ぎから夕方までが()いていると聞いていたので、月曜日のその時間帯に、私はその喫茶店に行った。


「いらっしゃいませ。あ、なっちゃん。そろそろ来る頃だと思ってたよ」


 ゆっきーには事前に連絡を入れていて、席が空いていることも確認済みだった。


「おぉー!ゆっきーのウエイトレス姿……写真撮っていい?」


「ダメ」


「そこをなんとか!」


「ダメです」


「……(こうなったら隠れてでも)」


「盗撮もダメだからね?」


「!?」


 心を読まれた……!これは無理そうかなぁ。


 諦めてカウンター席に座り、メニュー表を開く。


「ご注文は?」


「んー、ゆっきーのおすすめで」


「それだとオリジナルブレンドになるけど……なっちゃん、コーヒー飲めなかったよね?」


「うん」


「じゃあ紅茶の方がいいかも。紅茶のおすすめだといくつかあって、これは香ばしい香りが良くて、こっちはサッパリ系で飲みやすいの。その下のは独特な味が強めで好き嫌いが別れるタイプだけど私は好きなやつで──」


 軽く説明を聞いて、私はゆっきーが好きだと言っていた紅茶とチーズケーキを注文した。


 それにしても、ゆっきーめっちゃ紅茶に詳しくなってるよ。知らなかったな……大方ここのバイトを始めてから覚えたのだろうけど。


 ゆっきーの記憶力は流石としか言いようがない。テストでも歴史とか暗記系で常に上位にいたことはよく覚えている。何回か科目別で一位も取ってたんだよね。


「んー、美味しい。私もこの紅茶好きだわ」


「そっか、良かった」


 ゆっきーは暇なのか、カウンターの向こうに座って私の相手をしてくれている。


 しばらく二人で話していると、氷野ちゃんと遥さんもやって来た。


「いらっしゃい、夏美さん」


「夏美ー、先週ぶりなのです!」


 可愛らしい服を着た氷野ちゃんがこっちに来た。……え、氷野ちゃんほんとに同い年?リアル合法ロリじゃん。これは天才だわ。


「氷野ちゃん写真撮っていい?」


「……?まあ、いいですけど──」


 氷野ちゃんは私に近づくと、小さい声で言った。


「──浮気なのです?」


「浮っ……ち、違うから」


「じゃあ、やめた方がいいのです」


 氷野ちゃんはにっこりと笑っているが、それは明確な拒絶だった。みんな冷たい……。




 カウンターを挟んで4人で会話に花を咲かせ、時折従業員である私以外の3人の誰かが接客しに行き、それがゆっきーの時はこっそり見守るという、非常にまったりとした空間が出来上がっていた。


 もっとも、ゆっきーと遥さんが和やかに話しているのを見ていた私の心の内は、まったりとは言えなかったけど。


 氷野ちゃんは、ゆっきーは遥さんのことを恋愛対象として見ていない的なことを言っていたけど、この様子を見る限りその情報も疑わしい。


「ところで、湊先輩、遥さん。二人にお聞きしたいことがあるのですが」


 氷野ちゃんだ。


 それは、既にチーズケーキを食べ終わり、追加で注文した紅茶も半分以下になった頃のことだった。


 氷野ちゃんがさらっと、とんでもないことを質問した。


「お二人は付き合ってるのですか?」


(えっ、それ今聞くの!?ていうかなんで聞いたの、もう知ってることじゃん!!)


「………………え、っと、いきなりどうしたのですか、氷野さん?」


 聞き返したゆっきーの顔は若干引きつっていた。


「どーなのです?」


「……」


 ゆっきーが、有無を言わさぬ迫力を醸し出している氷野ちゃんから目を逸らし、遥さんの方を見る。


 否定しない上にその行動、最早答えを言っているようなものだった。


「実はこの前見てしまったのですよ。休憩室で二人が熱烈にキ」


「分かりましただからもう言わなくて結構です……、はぁ、氷野ちゃんの言う通りです」


 ゆっきーはあっさり認めた。


「……」


 知っていたこと、とはいえ。


 本人の口から事実を告げられるのは、想像以上に心にくるものがあった。胸が締め付けられるような、そんな苦しみを錯覚した。


「……あ」


 顔を上げると、ゆっきーと目が合った。


 お似合いだねー、と心にも無いことを言う。笑顔も忘れずに。


「……なっちゃん?」


「ん?」


「いや、何その反応?」


 おかしい。


 何故かゆっきーから、変なものを見るような目で見られている。


 なにゆえ?


「別に、普通だと思うけど……」


「いや、おかしいでしょ。いつものなっちゃんだったら、ここで『キマシタワー!』とか変なこと言ったりするじゃない。大丈夫?」


 あれ?本当におかしいな。


 もしかして私、本気で心配されてる?


 私そんなに変なこと言ったかな……いや、変なこと言わなかったから疑われているのか?あまりに普通なことを言ってしまったばかりに、心配されていると。


 ……私、ゆっきーからどんな風に見られてるんだろう。


「あー、うん。いや、 あのゆっきーに恋人とか、成長したなーと思ってさー」


「そう?」


 笑って誤魔化した。


 それから、氷野ちゃんが二人の関係を根掘り葉掘り聞きまくっていたのは覚えているけど、その内容はほとんど入ってこなかった。


 兎にも角にも。


 これで二人が恋人の関係にあることは明らかになったわけだ。


 氷野ちゃんの話だけだと正直なところ半信半疑だったけど、でも本人に認められちゃ、否定のしようが無い。


(あー、もう……なんでこんな気持ちに……。はやく終わんないかなぁー……)


 この喫茶店に来ることは、当分ないだろう。


 ゆっきーおすすめの紅茶も、さっきまでは美味しかったのになんだか味気なく感じた。






(あ、スマホ忘れた)


 ゆっきーのバイトが終わると同時に、私も喫茶店を出た。そしてその帰り道の途中に、スマホがないことに気づいた。


「はぁ……」


 ついてない。今日はことごとく運が悪い。


 今日良かったと言えるのは、チーズケーキと紅茶が美味しかったことくらいだ。


 不幸中の幸いなのは、スマホを忘れたことに気づいたのが割と早かったことか。帰り道もまだ半分も行っていない。


 引き返すこと数分。


 再び喫茶店にやって来た。もう来ることは無いと思った矢先にこれとは、やっぱりついてない。


 窓越しに中を覗いてみると、結構お客さんが来ている。そういう時間帯らしい。


 ゆっきーや氷野ちゃん、遥さんはいなかった。


 いたら声をかけてそれで済んだのだけど、今動いてるウエイトレスさんは忙しそうだし、客として来たわけでもないから中に入りずらい。


 それに、スマホなんて忘れたら誰かが気づくだろうし、今頃私のスマホはゆっきーが持っているかもしれない。多分そうだろう。


 ということで、今日は諦めて帰ろう──そう思った時だった。


「お疲れ様でした」


 不意に聞き覚えのある声が聞こえてきて、私は咄嗟に物陰に身を隠していた。


 隠れる必要なんてなかったのに……何をしているんだか。


「今日はびっくりしたわね」


「そうですね……まさか、氷野さんに見られていたとは。なっちゃんにも知られてしまいましたし……」


 聞こえてきた声は、ゆっきーと遥さんのものだった。


「ごめんなさい」


「え?急にどうしたんですか?」


「だって優希さん、このこと人に知られたくなかったのでしょう?氷野さんにバレたのは、私のせいだと思うから、それで……」


「遥さんのせいではないですよ。それを言うなら、あの時拒まなかった私も私です。それに、なっちゃん達相手に隠し事をするのは後ろめたかったので……だから、これで少し気が楽になりました」


「そう……」


「遥さん?」


「優希さんと夏美さんって、本当に仲がいいわよね」


「?まあ、そうですね」


「……」


「え……ちょっ…………、はるか、さん」


「その……二人が話しているところを見ると、ちょっと、不安になるというか、なんというか。……ごめんなさい」


「今日の遥さんはすぐに謝りますね。……なっちゃんは普通の友人ですよ?」


「分かってるわよ……」


「そうですか」


「……今日も、いい?」


「最近、会う度にしてますね……、……ん」


「……」


 それきり、会話は聞こえなくなった。


 二人が何をしているのかは……考えたくないけど、でも、多分、私の想像している通りのことをしているのだろう。


 静寂が耳に痛い。


 二人の声を聞いていた時も苦しかったけど、二人の声が聞こえなくなった今の方が、更に酷い気分だった。


(ゆっきー……)


 実際のところ、私は二人の関係について全く理解していなかったのかもしれない。


 だから、このままで良いとか、そんなことを簡単に言えたのだ。


 今やっと、私はそのことを思い知った。


 でも、こんなの……


「……すぅー」


 氷野ちゃん、友達以上恋人未満とか、言ってたくせに……こんなの、全然違うじゃん。


 でも、ということは、ゆっきーは遥さんのこと好きってことは、今のままだったら私は……いや、そうじゃない。


 このまま二人が順調に行けば、それはゆっきーの本望なんだから……、そうすれば私もゆっきーの友達を続けられるわけだし……。


「……ふぅ」


 そう。


 これで、いい。


「……よし」


 これでいいんだ。

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