47話 現状維持
○橙木夏美
「付き合ってるっことはさ……ゆっきーは、遥さんのこと好きなのかな……?」
「……」
私の質問に、氷野ちゃんは少し悩んでから答えてくれた。
「私が見た限り、湊先輩の方は遥さんのこと、そこまで好きではないと思うのです」
え、そうなの!?……いや、ちょっと待って。喜ぶのはまだ早い。
「……そこまでって、どこまでよ?」
「友達以上恋人未満。湊先輩の遥さんに対する好意は、多分そのくらいなのです」
「……でも、付き合ってるんだよね?」
「それは断言できるのです。ばっちり濃厚なキスをしてる所をこの目で見たので」
「……あ、あっそ……、そーなんだ、へぇー…………」
「何を今更、その程度のことで落ち込んでいるのです?それに付き合ってるからと言って、二人が両思いとは限らないのです」
「……でも、キス、してたんでしょ?」
「なるほど。中学生の頃からずっと片思いを続けてきた純情無垢な夏美には、この話はまだ早かったみたいなのです」
「純情無垢な乙女で悪かったわね」
「乙女とまでは言ってないのです。夏美が処女なのは言わなくても分かってるのです」
「そういう意味で乙女って言ったわけじゃないから!」
「でも処女なのですよね?」
「まあ、それは……うん」
「なるほど、純情無垢な乙女らしいリアクションなのです」
「やかましいわ!」
氷野ちゃんは遠慮という言葉を知らないのかもしれない。
「話を戻すと……要するに、夏美にも割り込む余地はあるということなのです!」
指を立てて、目の前のちっちゃい大学生は元気よく言った。
確かに、氷野ちゃんの言う通りなら私にも希望があるのかもしれない。でも……
「……そう」
「おや?浮かない顔なのです。今の話は夏美にとっては朗報だと思ったのですけど。何か気がかりでもあるのですか?」
「いや、そういうのじゃないんだけど……」
今思えば、プールの時は冷静じゃなかった。略奪愛がどうとか、熱くなって色々考えたけど、そんなことするくらいなら私はとっくに告白している。
落ち着いて考えれば、別に今まで通りでもいいんじゃないかと思う。
だって、今まではそれで上手くやってこれたのだから。
昔のことを思い出してみて、尚更そう思った。
遥さんのことさえ考えないようにすれば、私は今まで通りゆっきーとやっていけるはずだ。
片思いのままでも私は十分に幸せ──片思いだからこそ、私は幸せなままでいられるんだ。
「……やっぱり、告白するのはやめにする」
「え?じゃあどうするのです?」
「別に、どうもしない。今のままでいいのよ」
「湊先輩と遥さんが付き合っているのを、夏美は許せるのですか?」
「……それは、私が許す許さないの問題じゃないし……、ゆっきーが遥さんのこと好きじゃないなら、その内別れるかもしれないでしょ。だから、現状維持でいい」
「本当にそう思っているのですか?」
「うん」
「そうなのですか……」
氷野ちゃんは不満そうだが、理解はしてくれたらしい。
「ごめんね、せっかく話を聞いてくれたのに」
「いえ、それはいいのです。夏美の話は面白かったので」
しかし、と氷野ちゃんは続けた。
「後悔しないようにして欲しいのです。この件に関して、私は夏美の味方をすると決めたので、困ったらいつでも話を聞かせてほしいのです」
そう言って氷野ちゃんがスマホを取り出す。連絡をとれるようにしようということらしい。
氷野ちゃんの名前が追加されたのを確認してからスマホを閉じる。
「氷野ちゃんは、どうしてそこまでしてくれるの?」
よく考えてみれば、私が氷野ちゃんと会うのは今日でたったの3回目だ。ただの恋バナで終わるならともかく、色々と悩みを聞いてくれたりするには、私と氷野ちゃんの関係は浅すぎる気がした。
「んー、……理由はあるような無いような、なのですが……はっきり言えるのは、夏美に湊先輩と遥さんの関係をばらしてしまったから、なのです」
「そうなんだ。……まあ、色々ありがとね」
はぐらかされたような気がしなくもないけど、味方になってくれると言うなら大歓迎だった。
それに氷野ちゃんと話すのは楽しいしね。
「私も、夏美の話が聞けてよかったのです」
氷野ちゃんとの恋愛相談は、現状維持という結果で終わったのだった。




