46話 優香ちゃん不在
○橙木夏美(12才)
自分の気持ちを自覚したのは、夏休みのことだった。
その日はりなちーもまっきーも都合がつかず、私は一人でゆっきーの部屋に遊びに来ていた。
「優香ちゃんはいないの?」
小学二年生のゆっきーの妹で、ちっちゃくてすっごい可愛い女の子。
今日は半分あの子に会うために来たと言っても過言ではなかった。
「優香ちゃんは小学校のプールでいないよ?」
「……う、そ……そんなっ……!」
絶望だった。あの可愛らしい生き物が、小動物そのものみたいなあの子がいないだなんて。
人類は生きる糧を失った。
「1時間くらいで帰ってくるけど」
人類は希望を見いだした。
「コーラとアイスコーヒーとお茶と牛乳、どれにする?」
「お茶って何茶?」
「多分麦茶……今日はほうじ茶かな?どっちかだと思う」
「うーむ……コーヒーとミルクのブレンドで」
「はいはい」
「……ねえ、今日は何する?」
「なにしよっか……はい、コーヒー牛乳ね」
「さんきゅー。……うまい」
2人で机を囲んで座り、とりとめのない会話をする。
いつもは4人でいることが多いから、ゆっきーと2人っきりっていうのは新鮮だった。
「髪、伸びてきたね」
ゆっきーが前髪工事に着手したのは、ゆっきーと話すようになってすぐの頃だった。
せっかくの美少女なのに勿体ない。
毎日私がゆっきーにその損失について語ったところ、一週間後にはゆっきーの前髪は美少女に相応しい形になっていた。
「そうだね。また切らないと」
「ゆっきーの髪って、いつ見ても綺麗だよね」
「そうかな?」
「うん、このさらさらな感じがいいよね……触ってもいい?」
「うん」
ゆっきーの後ろに座って、その綺麗な黒髪を手に取ると、なんだかいい香りがしてきた。
「シャンプー、何使ってるの?」
髪を後ろに束ねて、ポニテにしてみる。
「なんだっけ……お母さんのやつ使ってるから、よく分かんない」
次は私と同じツインテール。
「お揃いだよー」
「似合う?」
「うん」
私が頷くと、ゆっきーは嬉しそうに微笑む。それを見て、私も嬉しくなった。
お揃いって、響きがいいよね。
「今日はそれで過ごしてよ」
「これで?まあ、いいけど」
慣れない髪型で落ち着かないのか、ゆっきーはしきりにツインテールの毛先を触っている。
「ゆっきーの長さでも、流石にミョルニルハ〇マーはできないね」
「何の話?」
「アニメの話」
この2、3ヶ月の間、私はゆっきーをアニオタの沼へと引きずり込むべく色んな話をしてきたけれど、肝心のアニメを見る時間が彼女には足りていない。
ゆっきーとそういう話ができるようになるにはまだ時間がかかりそうだった。
「……暑いと思ったら、クーラーつけ忘れてた」
今日暑いね。夏だもんね。みたいな会話をしていたら、ゆっきーがエアコンのリモコンを見つけて暑さの原因に気づいた。
「道理で暑いわけだよー。扇風機だけじゃこの暑さには勝てない」
扇風機の前を独占している私が言うのだから間違いない。
「うん……ほんとに暑い……。なっちゃん扇風機半分貸して……」
「はい、ど──」
隣に座ったゆっきーを見て、私は固まった。
「ゆ、ゆっきー!服は!?」
そこには、ノースリーブのシャツ一枚だけをまとったゆっきーがいた。
「?脱いだけど?」
ゆっきーの後ろにはさっきまで着ていた服が脱ぎ捨ててあった。
「っていうか、ブラは!?」
シャツ一枚だから見て分かった。成長期が来るのが早かったのか、ゆっきーは他の同級生と比べても胸の膨らみは大きい方だ。美少女として生まれたゆっきーには、運命力的な力が備わっているのかもしれない。
「ブラって家でもするものなの?邪魔じゃない?」
純粋に質問された。
というか、なんで私はさっきからこんなに狼狽えているの?おかしい……暑さにやられたのかな。
「ブラしてないと、おっぱいの形悪くなるらしいよ。(アニメで)高校生の人が言ってたし」
「そうなんだ……じゃあ、明日からつけるようにする」
夏休みの宿題みたいに、ブラつけるのを先延ばしにされた。
別に、いいんだけどね?私が何故だか変に意識してるだけなんだし。
「……」
……なにこれ。私いつまでゆっきーから目を逸らし続ければいいの?なんか変な感じ……。
ゆる〇りで櫻子ちゃんがいつも向日葵ちゃんにおっぱい禁止って言ってるけど、なんとなくその気持ちがわかった気がする。大きいおっぱいは時として邪魔になるのだ。
ゆっきーはあそこまで大きくはないけど。ゆっきーのは、中学一年生にしては大きいけれど、高校生くらいになればいくらでもありそうな大きさである。
「──ちゃん。なっちゃん?」
「ん?あ、ごめん。聞いてなかった」
「アイス、食べる?」
「食べる!」
私の返事を聞いてゆっきーが冷凍庫から持ってきたのはモナカのアイスだった。中にバニラと板状のチョコが入ってるやつだ。
「はい」
「ありがと」
ゆっきーがアイスを半分に折って私にくれた。扇風機の前に並んで、一緒にアイスを頬張る。
「ごちそうさま」
「うまかったー。……んー、……ねえ、ゆっきー」
「何?」
「なんか寒くない?」
「そうかな?これくらいがちょうどいいと思うけど……」
クーラーと扇風機とアイスのコンボで急に冷えたから、寒く感じるのかもしれない。
「分かった」
「?」
分かった、って何が?
その答えは、ゆっきーが行動で示した。
「よいしょ」
ゆっきーが背中から抱きついてきた。
「ゆ、ゆっきー!?」
「あったかい?」
「あ、あったかいけど、じゃなくて!何してんの!?」
「なっちゃんが寒いって言うから、どうかなって思って」
ドキドキしてる。私の心臓、めっちゃドキドキしてる。なんか変な汗出てる気がする。顔が熱い。全身が熱い。確かに寒さには効果抜群だね。
じゃなくて。
マジでなにこれ?絶対におかしいよ、私。
「なっちゃん?」
「あ、うん……もう、大丈夫」
私がそう言うと、ゆっきーが離れていく。私の背中にあった柔らかい感触もなくなる。
「あ」
離れたくない。もっと、くっついていて欲しい。
一瞬、そう思った。
振り返ると、ゆっきーがこっちを向いていた。
……もう一回くっついたら、このよく分からない気持ちの原因が分かるかもしれない。
冷静だったらまず考えないような、よく分からないことを思いついた。
「どうし、きゃっ!」
ゆっきーに抱きつくと、その勢いで二人とも倒れる。
私の顔はゆっきーの胸に埋まっていて、前が見えなかった。
「私、ゆっきーのこと、好きかも」
「……?」
声がくぐもって聞こえなかったのか、それとも私の唐突な言葉が理解できなかったのか、顔を上げると困惑しているゆっきーがいた。
私自身、自分が何を言っているのか、よく理解できていなかった。
思ったことを呟いただけ、自然と口から出た言葉──だからこそ、私の言葉に嘘偽りはなかった。
少し間を置いて、私は自分の言ったことをようやく呑み込めた。
途端に顔が熱くなる。
泣きそう。
「ごっ、ごめん!用事思い出したから!」
私は全力で、ゆっきーの家から逃げ去った。
中二恋だと、モリサマと凸守の百合(?)もいいですよね




