45話 確保
〇橙木夏美(12才)
また逃げられてしまった。
「あ、あははー……またダメだったかー。……よし、私らも帰ろう」
「なっちゃん」
右から、りなちーがポニテを揺らしてひょこっと私の顔を覗いてくる。
「よしよし」
そして、私の頭を撫でてきた。
「……ん」
「使う?」
左からは、まっきーがハンカチを出してきた。
「……ん」
「よしよし」
まっきーも頭を撫でてきた。
……なんであんた達、こんな時だけ優しいのよ。
〇湊優希(12才)
次の日。放課後。
ツインテールが現れたのは、私の下駄箱の前だった。待ち伏せされていた。
今日はツインテール1人だけらしい。
「ぁ……」
咄嗟に昨日のことを謝ろうと思ったけど、緊張の方が一足早かった。頭が真っ白になり、言葉が出てこなくなる。
そんな私に、ツインテールが話しかけてきた。
「昨日は驚かせちゃってごめん。話がしたくて、ここで待ってたの」
ツインテールは、変わっているけど悪い人ではないらしい。
ただ、同時に住む世界が違う人間のようにも見えた。
私だったら昨日の今日で逃げられた相手に話しかけるなんてできない。まして、話したことがない相手なら尚更だ。
昨日ツインテールの後を追って現れた二人は多分彼女の友達で、彼女のような明るい性格の子には友達も沢山いるのだろう。クラスメイト全員と話したことがあるような人種かもしれない。
私には想像もつかない話だ。
そんなツインテールが見ず知らずの私に声をかけているこの状況は、私にとっては一大事でも、ツインテールにとっては日常の一コマなのかもしれない。
そう思うと、少し寂しさを感じた。
思っている以上に、私は昨日ツインテールに誘われたことが嬉しかったのかもしれない。
「私と話すのは、嫌かな?」
ツインテールが尋ねてきた。
嫌か、嫌じゃないか。二択の問題。昨日は慌てて逃げてしまったけど、今日は大丈夫。
私はすぐに、首を横に振った。
「!ほ、ほんとっ!?」
首を縦に振る。
「じ、じゃあさ、今日は一緒に帰らない?」
私はもう一度、首を縦に振った──そしたら何故か、急にツインテールが近づいてきた。
え、なに?なんなの!?
彼女が一歩近づく度に、私は一歩後ずさる。
「な、なんで逃げるの!?」
あなたが急に近づいてきたから、とは言えなかった。二択じゃないと、答えられない。
「……仕方ない」
ポツリと呟いたあと、ツインテールは私を指さして叫んだ。
「かくほーーっ!!」
その声は、いつのまにか私の後ろにスタンバっていた二人の女子に向けられたものだった。
かくして、私は捕まった。
この日から、私は彼女たち──なっちゃん達と一緒に帰るようになった。
〇橙木夏美
「それで、いつになったら夏美と湊先輩のラブコメは始まるのですか?」
氷野ちゃんが私の回想に文句を言ってきた。せっかく人がノスタルジックな気分に浸って心温まっているというのに、水を差すようなこと言わないでほしい。
「もうすぐだって。ゆっきーと一緒に帰るようになってからは、ゆっきーも段々喋るようになって、それから同じ美術部に入ったりもして順調に仲良くなっていったんだよ」
「長いのです」
「はいはい分かりました。私とゆっきーのラブコメね……、そんなもの、無いんだけどね……」
きっかけがなんだったのかは覚えていない。いつからなのかも覚えていない。
気づいたら、私はゆっきーを目で追うようになっていた。
「なっちゃん、さっきからぼーっとしてるけど、大丈夫?」
「あ、う、うん!大丈夫大丈夫」
更衣室。
体育後の、汗が滴るゆっきーの下着姿。
見てはいけないものを見てしまった気がして、私はゆっきーから目を逸らした。
この体育の授業は、部活を除いて学校で唯一ゆっきーと一緒にいられる時間だ。体育は2クラス合同で、運良く私のクラスはゆっきーのクラスと合同だった。
「はい、できた」
「うん。ありがとう、莉奈」
隣でりなちーがゆっきーの髪をポニーテールの形に結んでいた。
体育の後、ゆっきーはいつもポニテになる。これも私が体育を楽しみにしている理由の一つだった。
「なっちゃん、早く着替えないと置いてくよー?」
まっきーに言われて、私以外の3人はほぼ着替え終わっていることに気づく。
「あ、待って!すぐ着替えるから」
7月。
季節は夏。
ゆっきーと話すようになってから、既に2ヶ月が経っていた。




