43話 人違い、勘違い
○湊優希
プールに行った翌日。夜の十時過ぎ。電話中。
『夏美さん達とは、中学生の頃からの付き合いなのよね?』
「そうですよ」
『中学生の優希さんか……どんな感じだったのかしら?今と変わらない?』
「どうでしょう。中身はともかく、見た目は結構違いましたね。髪も長かったですし」
『高校の時も長かったものね』
「そうですね」
『夏美さん達はどうだった?』
「なっちゃんは……ちょっと大人しくなりましたね」
『そうなの?』
「はい、出会った頃はもっと活発でした。今もそうですけどね」
『出会った頃……優希さんは、夏美さんたちとはどんな風に出会ったの?』
「出会いですか。というか、そんなこと知りたいんですか?」
『ええ!中学生の優希さんとか、すごく興味があるわ!』
……電話越しに、遥さんの熱意が伝わってきた。どれだけ知りたいんだ。
「まあ、そういうことなら」
なっちゃんとの出会いは結構刺激的だったので、よく覚えている。
今となっては昔の、中学生になったばかりの頃の記憶を思い出しながら、私は口を開いた。
「おはよう」
朝、廊下を歩いていたらそんな声が聞こえてきた。
しかし私に向けられたものではないだろうと思って、私は気にせず歩みを進める。
「おはよう」
おんなじ声だ。
また他の誰かに挨拶しているのだろう。
声の主は随分とフレンドリーな人のようだった。
「おはよう!」
「きゃ」
びっくりした。
いきなり目の前に人が現れたからだ。
しかも、その人は今おはようと言った。
さっきから廊下全体に響くくらい大きな声でおはようを連発していた人と同じ声で、私に向かっておはようと言った。
……私は今、挨拶をされているのだろうか?
私に?挨拶?まさか。
中学生になって早一ヶ月。
着々と孤立化が進んでいる私に今更面と向かって挨拶をするような人間がいるというのか。
いや、いない。いないに決まっている。
これはあれだ。人違いだ。
ここで親しげに挨拶を返してしまったら、人違いだと気づいた相手はどう思うだろうか?絶対に変な人だと思われる。見ず知らずの人に挨拶をされて返すような変人だと思われる。そうに違いない。
(……よし、逃げよう)
私はUターンしてトイレに逃げ込んだ。
○橙木夏美(12才)
登校してすぐ、私は廊下を歩いていた一人の女子の後ろ姿をみて、昨日の美少女だと分かった。
だから挨拶をした。
挨拶はコミュニケーションの基本。
人との繋がりはまず挨拶から始まるのだ。
「……逃げられた。いま私、絶対逃げられたよね……」
「やっぱり不審者だと思われてる」
「漏れそうだったのかもしれないよ?」
私の親友は私の無惨な姿を見てもフォローしようとは思わないらしい。
「っていうか!またあの子の顔見れなかったんだけど!」
そう。私はまだ一度も彼女の素顔を見ていないのだ。昨日も今も、あの子はいなくなるのが早すぎる。逃げ慣れているのかもしれない。
「無理やり覗き込もうとするからだよ」
「挨拶は大事だけど、礼儀がなってない。あと印象も悪そう。コミュニケーションを語るなら、挨拶以外もちゃんとするべきだった。お疲れ」
「的確な指摘をどうもっ、りなちー。……あれ?まっきーは?」
「もう教室行った」
「興味すら無いと……なんて薄情な」
「行くよ」
「……うん」
私はりなちーに引っ張られながら、教室へ向かった。
 




