42話 美少女エンカウント
〇氷野小織
私としては、優希ちゃんの恋人が誰であろうと、その人が優希ちゃんを大切にしているのならば誰でもならば構わない。
──間違えた。今は湊先輩だった。
こういうところから意識しておかないと。声に出したときに間違えて呼んでしまったら、困ったことになるかもしれないし。
何がきっかけで思い出すかなんて分からないから。
しかし今の様子だと、間違えて優希ちゃんと呼んでしまっても、もう湊先輩が思い出すことはないのかもしれない。あれから何年も経っているのだから、思い出せないのも無理はないと思うけど。
でも、やっぱり寂しいものは寂しい。
私にとって、あの時の思い出がとても大切なものだからこそ、余計に寂しく思ってしまう。
とはいえ、自業自得という言葉がこれほどまでに適当な場面もそうないだろう。私が湊先輩に忘れられているのは自業自得で、私が寂しいと思うのもまた自業自得なのだから。
「氷野ちゃん、聞いてる?」
カラカラと氷の音を立てながらオレンジジュースの入ったコップを揺らしていた夏美がこっちを見て言った。
その声で、上の空になりかけていた私の意識が引き戻される。
「聞いてるのです。夏美は本当に湊先輩が好きなのですね。よくわかったのです。それで、惚気以外に話すことは無いのですか?」
「惚気じゃないって。惚気っていうのは、リア充が恋人の話をすることをいうの。私のはただの願望……なんか自分で言ってて辛くなってきた……」
「はいはい。それで、告白はいつするのです?」
「……ら、来週くらいに」
「明日?分かったのです。セッティングしておくのです」
「え?いや、だから来週に」
「はいはい、聞いているのです。明日がいいのですよね。本当は今すぐにでも行きたいのに辛酸を嘗める思いで自制しているのですよね。だから明日告白するのですよね。分かっているのです」
「違う違う違う。氷野ちゃん私の声聞こえてる?耳大丈夫?話が全然噛み合っていないんだけど」
「私の聴力は平均を少し上回っているのです」
「氷野ちゃんの聴力はどうでもいいんだけど。そもそもよく自分の聴力知ってるね?」
「小学生の頃の話なのです」
「何年前の話よそれ!」
「少なくとも六年以上昔なのです」
「六年……そういえば、氷野ちゃんって今何歳なの?高校生?」
「十八歳。大学一年生なのです」
「えっ!同い年なの?」
「む、今私のことをチビだとバカにしましたね?遠回しに言っても無駄なのです」
「今の発言は子供っぽかった」
「うるさいのです」
失礼なことを。
気にしているのに。
「そういえば」
話題転換に、私は夏美の気持ちを知ってから聞きたいと思っていたことを尋ねてみる。
「夏美はいつ湊先輩のことを好きになったのです?」
○橙木夏美
私とゆっきーの出会いは、中学生時代まで遡る。
中学一年生。
6年前の話だ。
6時間目という、小学生が見れば卒倒しそうな時限の授業が終わり、掃除と帰りの挨拶も終わった。
早い者は既に部活へと向かい、閑散とした教室に残っていた私達はだらだらとお喋りをしていた。
「はー、つっかれた〜」
「なっちゃん、今日部活行くー?」
「どーしよ。りなちーはどうする?」
「体育あったし、帰りたい」
「あー、そうだったねー。なんとなくベタついてる感じがして嫌だし、今日は帰ろっか」
「おっけー」
教科書、ノート、筆箱、水筒、体操服袋などをリュックに詰め込み、3人揃って教室を出る。
私達が所属する美術部は自由を売りにしている(と先輩が言っていた)ので、基本的に自由参加だ。だから部活を休んでも注意されることはない。
「みんな部活やってるねー」
まっきーがグラウンドの方を見て言った。サッカー部と野球部、それに陸上部が練習しているのが見える。
「なんかさ、他の人たちがまだ学校にいるのに先に帰るのって、落ち着かないよね」
「あ、分かる」
私の言葉にりなちーが頷いている。
「そうかなー?他にも帰ってる人いるよー。ほらあそこにも」
そう言ってまっきーが目を向けた先には、私たちと同じように校門へと向かっている一人の生徒がいた。女子だ。
印象的だったのは、彼女の髪型。腰の少し上くらいまで伸びていて、綺麗でさらさらで艶のある長い黒髪。
理想的な黒髪ロング。
服装は当然だけど私たちと同じセーラー服。スカートの丈は校則に準じて膝下。
後ろ姿しか見えなかったが、しかしその時既に、私は彼女が美少女に違いないと予感していた。理想の美少女像が私の中で出来上がりつつあった。
「え、なっちゃん?ちょっと、急にどうしたの?」
既に校門を出て右へと曲って行った美少女(予定)を追いかける。
私の少し後ろでりなちーが文句を言っているが、今はそれどころではない。
校門を出て右を向けば、少し先には美少女の後ろ姿があった。
早歩きで追いかける。
そしてあと数歩で追いつくというところで、美少女は急に立ち止まった。
私も止まった。
(……気づかれた?)
やましいことをしている自覚があったため、突然の美少女の静止に私は焦った。
(……よし、逃げよう)
振り返った。
そして逃げた──逃げようとしたところで、まっきーとりなちーが追いついた。
友達を置いて行くことはできない。まして濡れ衣を着せるなんてできるわけが無い。
私は私の中の清く正しい心に従って逃走を諦めた。
また振り返った。
「……」
美少女がこっちを向いていた。万事休すだった。
「っ!?……??」
私はもちろん凄く焦ったし驚いていたんだけど、それ以上にびっくりしていたのが目の前の美少女だった。
振り返ったら知らない人達に囲まれていたのだ。当然といえば当然の反応だった。
「あ、えっと……か、かわいいね、あなた」
とりあえず私は誤魔化す努力をした。
しかし私が急いで言葉を探しているうちに、目の前の美少女はそそくさと私たちの横を通って去ってしまった。
学校の方へと。
「あれ?なんで学校に?」
「不審者がいるって通報しに行ったんじゃない?」
冗談めかして私の疑問に答えてくれたのはりなちーだった。
「不審者って、誰よ」
「あんた」
真面目なトーンでりなちーは言った。
……あれ?冗談だよね?
「忘れ物じゃない?」
と、まっきー。
「忘れ物かー。体操服でも忘れたのかな?」
「いやいや、そうじゃなくて、あの子完全に忘れてたでしょー。なっちゃん気づかなかったの?」
「え?あの子そんなに分かりやすい忘れ物してたっけ?」
「いやー、だってさー」
まっきーは隣を向いてりなちーと目を合わせる。りなちーも目を合わせて頷いていた。
謎のアイコンタクトのあと、まっきーは言った。
「あの子、リュック背負ってなかったじゃん」
「………………ああ!」
どうやらあの美少女はリュックを学校に忘れてきたらしい。
黒髪ロング美少女+ドジっ子……ありね。
 




