4話
○湊 優希
黒咲さんと出会った日の夜。
ベッドに寝転がりながら、今日のことを振り返る。
初めて告白された相手は、女の人だった。
(結局、断れなかったなぁ)
そう思いつつも、私の心の大半を占めていたのは後悔ではなく満足感だった。
(他人と話すなんて、いつぶりだろう)
本当に久しぶりだった。私が普段会話するのは、会話できるのは家族か中学の友人三人くらい。久しぶりの外での会話は、存外楽しかった。
(黒咲遥さん、か)
突然現れた謎の女性。
黒咲さんは、私のことが好きだと言った。それはつまり、私に恋愛感情を抱いているということ。
恋をしたことがない私には、それがどんな気持ちかなんて分からない。黒咲さんがどういう気持ちで私に告白したのかなんて、分かるはずもない。
私はどう答えるのが正解だったのか。
最初に告白された後、そういう話題は出てこなかった。連絡先を交換して、アイスコーヒーを飲みきったらそのまま解散してしまった。
(というか、そもそも女同士だし。そういう人がいることは知っていたけど、まさか自分が当事者になるとは…)
スマホのアプリを開く。
黒咲さんとのチャット欄は未だに空白だ。このままずっと空欄だったら、付き合うとかの話もなかったことになったりするのだろうか。そんなことを考えていたときだった。
ヴヴヴヴー ヴヴヴヴー
〜〜〜〜♪ 〜〜〜〜♪
「うわっ」
スマホから着信音が鳴り響く。画面にあった名前は…
「はぁ。なんだ、なっちゃんか」
橙木夏美。
私の三人しかいない友達の一人だ。
「もしもし」
『ゆっきー、一週間ぶり』
「…うん」
『んー?ちょっと元気なくない?何かあった?』
電話のタイミングが悪すぎて、少しびっくりしているだけである。言わないが。
「ううん、なんでもない。それよりどうしたの?」
『あ、そうそう。前に話してた漫画が完結してさー。ゆっきーって、一気読みしたい派じゃん。今度そっちに持っていこうかなーと思ってて』
「え、わざわざこっちに来なくても」
『ゆっきーの新居気になるし』
「そっちが本命か」
『当たり。てことで、今度まっきーとりなちーも連れてそっち行くから。官能小説は隠しときなよー』
「そんなものはないから」
ちなみに、まっきーとりなちーがオタ友の残り二人。
本名は白石真雪と矢島莉奈。
「そう言えば、その完結した漫画ってどんなやつだっけ?」
『忘れちゃったのー?あれだよ。『サクラ色姉妹』、最近人気の百合漫画だよ』
「百合漫画、か…」
このタイミングで…
『もしかして興味なかった?』
「あっ、いや。興味無いわけじゃないから、今度のはそれでいいよ。というか、普通の恋愛ものは見ないの?」
『あー、見尽くしちゃったというか、なんか最近飽きてきたんだよね。刺激が足りないって言うかー』
「刺激が足りないって……。なっちゃんはさあ、彼氏とかいないの?」
『いると思う?』
あ、割とガチな声だ。
「すいませんでした」
『なぜ謝るし。……………って、あれ?もしかして今、ゆっきーと恋バナしてた?』
「今のを恋バナって言っていいの?」
『いやいや、真面目な話。ゆっきーそういう話題は苦手だったじゃん。……もしかしてなんだけど、コミュ障治った?それとも恋人か?』
「エスパーかよ。……まぁ、コミュ障はちょっとだけ、良くなったかも。」
『マジで!?良かったじゃん!新しい友達でもできたの?』
思い出すのは、今日出会った謎の女性。黒咲遥さん。
「友達っていうか……なんと言うか……」
いや、本当になんて言えばいいのだろう。
向こうはたぶん私のことを恋人だと思っているが、私は付き合っているつもりは無い。
しかし友人かと問われると、それも違う。
『え、まさか本当に恋人?男なの?ゆっきーに男が出来たの!?』
「いや、女の人だけど……」
『…ふーん。…なんだー、男じゃないのか。で、その女の人とは仲良くなれたの?』
「うん。連絡先は交換した」
『おお、すごい。高校で友達が一人も出来なかったゆっきーが連絡先を交換!』
「一言余計だよ」
『それで、どんな人なの?』
どうしよう。黒咲さんのこと、ほとんど何も知らないんだけど。
「どんなって、えーと、マイペースな人?」
『他にはないのー?顔とか髪型とか』
「あー、結構美人だったかも。髪は金髪ロングで、身長は私より少し上、かな。歳も上。」
『歳上なんだ。大学の先輩?』
「どうなんだろ?そもそも大学生なのかな」
『え?大学の友達じゃないの?てっきり大学で知り合ったのかと思ってた。』
「あー」
黒咲さんが普段何をしている人なのかなんて知らないし。いっその事、今日のこと全部話してしまおうか。
『どーしたの?』
「いや、知らなかったから今度聞いておこうと思っただけ。それより今度来るのって、具体的にいつ頃の予定?」
『…むー、なんか話を逸らされた気がする。まあいいや。ゆっきーの新しい友達については今度聞くとして、そっちに行く予定は───』
何とか話を逸らすことが出来た。少し強引だったけど。
十分くらい話して、なっちゃんとの通話は終わった。
それから会話を振り返ってみて、ふと疑問に思う。
(なんで私、告白されたこと話さなかったんだろう?)
もし相談していれば、なっちゃんはなんて言っただろうか。
まあ百合漫画を読んでいるくらいだし、女同士だからという理由で否定的な意見は言わないと思う。むしろ、興味を示すだろう。
でも、なっちゃんはあれで結構真面目な性格だ。今日のことを話して返ってくる答えは予想出来た。
『その人絶対怪しいって!ストーカーとかされてるんじゃない?気をつけた方がいいよ!』
こんな感じのことを言いそうだ。
客観的に見て、黒咲さんの言動は怪しい。
そもそも、なぜ私が今日あの喫茶店にいることがわかったのか。偶然見かけたとして、三年前の私しか知らないはずの黒咲さんが、今の私を見て一瞬で私だと分かるだろうか。
普通は分からないだろう。それとも、恋する女の勘が働いたのだろうか。
その答えを知っているのは、黒咲さんだけだ。
だけど今日話した限りでは、黒咲さんの印象は悪くなかった。
ろくに他人と会話しない私が言っても説得力など皆無だが、それでも私は黒咲さんの好意は本物だと思ったのだ。
ただ、その好意の正体が恋愛感情であることが、私を悩ませているのである。
(結局私は、黒咲さんとどういう関係になりたいのだろうか?)
自分のことなのに、その答えが私には分からなかった。
もっと黒咲さんと話せば、いつか正解がわかるのだろうか。黒咲さんと、話せば……
『可愛かったからつい、ね』
(〜〜〜っ!なんで今思い出した?なぜ思い出したのがその言葉だったの!?)
というか、なんで私はこんなにも動揺しているのだろうか。まあ、他人からあそこまで正面切って可愛いと言われたのは初めての経験だったし、それに……
嬉しいものは嬉しい。
けど、喜ぶのはまだ早い。あれが私を落とすためのセリフだった可能性もあるわけだし、本心ではそう思っていないかもしれない。社交辞令の可能性も十分ある。
(相談、するか)
私はなっちゃんに一つ質問することにした。あとから思い返してみれば、この時の私は冷静さを失っていたに違いない。
優》私ってかわいい?
約1時間後。ピロン、と着信音が鳴った。
夏》自覚無さすぎ
とりあえず、喜んだ。
直後。
ピロン、と音が鳴る。
またまた着信。
しかし今度はなっちゃんからではなかった。
遙》今日は突然すいませんでした。落ち着いて話がしたいので、またお会いできないでしょうか。
黒咲さんだ。
そう理解した瞬間、鼓動が早くなる。
私は失礼な言葉にならないように注意して返信する。その前に、何回も送信する文を読み返した。
優》分かりました。私もお話ししたいと思っていたところです。
送信のマークを押すだけで緊張した。画面に表示されている時間を見てみると、一つの返信をするのに数分掛かっているのが分かる。
コミュ障は対面でなくても健在だった。
その後も私は画面上でスムーズとは言えない会話をしながら、黒咲さんと会う日時を決めた。
 




