35話
〇氷野小織
月曜日のバイト中のことだった。
「先輩たち、プール行くのですか?」
湊先輩と遥さんの会話を聞いて、私は二人に質問した。
「ええ、明後日ね。優希さんのお友達に誘われたのよ」
(二人きりじゃないんだ)
そのことに多少の驚きを感じたあと、私はさらに驚くことになった。
「氷野さんも、良かったら行きますか?」
珍しく湊先輩から声をかけられた。ここでバイトを始めてからは初めての気がする。
「え?いいのです?」
「それはいいわね。でも、優希さんのお友達は……?」
「私が事前に話しておくので、心配はいりませんよ」
「ということだけど、どうかしら?氷野さん」
「じゃあ、よろしくお願いしますなのです!」
ということで、プールに行くことになった。
〇湊優希
「左から、橙木夏美。私はなっちゃんと呼んでいます。その隣のポニテが矢島莉奈。ゲーム好きです。一番右が白石真雪。腐女むぐっ……女子です」
「続いて、左の金髪の人が黒咲遥さん。二ヶ月くらい前に仲良くなったの。右の小柄な人が氷野小織さん。バイトの後輩ね。ちなみに遥さんの実家のお店が私のバイト先」
お互いの紹介は問題なく終わった。問題があったのは、その後だった。
「ゆっきーが敬語話してる」
「優希さん、敬語以外も話せたのね」
私の普段の口調が敬語と呼べるのかはこの際さておき、私以外の五人より、私の言語の統一化を要求された。
要するに、敬語やめろ、と。
満場一致だった。友人側の理由は堅苦しいから。バイト側の理由は羨ましいとかなんとか。との事だった。
「それにしても、優希のあの丁寧な話し方は久しぶりに聞いたねー」
そう言ったのは真雪だ。ふわふわした雰囲気の喋り方が印象的。
「懐かしい」
口数が少ないのは莉奈。こちらもいつも通り。
「美女と美少女……ゆっきーのバイト先どうなってんの?」
なっちゃん、小声だけど聞こえてるからね?
「……」
にこにこしてはいるが外向けの笑顔といった感じの遥さん。接客中の笑顔に似ているけど、雰囲気は幾分か柔らかい。何を考えているのかは分からない。
「なのですー」
飛び入り参加の氷野さん。今日も「なのです」は健在。
これが、十分前の皆の様子だった。
十分後。たったの十分後。
車内。
「あのシリーズの最新作、今まで以上にストーリーが良くて感動した……」
「分かる!やっぱり期待を裏切らないよね。特にあのアルファとベータの死闘がもう……」
ゲームの話で盛り上がっているのは莉奈と氷野さんだ。
感動してるのが莉奈で、死闘がどうとか言ってるのが氷野さん。早くも「なのです」を忘れている。もうその語尾やめた方がいいのではと思わなくもない。
「前回の覚醒シーンはリンちゃんがかっこよくて……」
「そうね。その後の戦闘も迫力が凄かったわ」
「でも展開がえげつないというか……直前が癒しの日常回で、だと思ったら急にあれだからもうほんと……」
こちらはなっちゃんと遥さん。今週のアニメの話。
アニメや漫画の話は遥さんともなっちゃんともいつも電話でしているので私は参加せず。座席的にも会話に加わるのが難しかった。
「ゆーうーきー」
「……」
「ひーまー」
そして私と真雪。
初対面の人相手にいきなりBLの話はしないと、真雪は決めているらしい。
うっかり話さないように少し距離を置くのだとか。そしていけそうならいく、とのこと。腐りそうなら腐らせる、が適当かもしれない。
「よしよし」
「あーたーまーなーでーるーなー」
「じゃあどいて」
「いーやー」
後部座席にて、暇な真雪は私の膝を枕にして横になっていた。
こういうの遥さんにやったら喜ぶのだろうか?
真雪の頭を撫でながらそんなことを考える。
ちなみに現在運転しているのはなっちゃんで、助手席に遥さん。二列目に莉奈と氷野さん。三列目が私と真雪という座席である。なっちゃんは免許を取ってからドライブにはまりつつあるらしい。この前の電話で本人が言っていた。
そんな感じで、今日初めて会ったとは思えないほど意気投合している人達がいたのだった。
「優希、遠い目してるねー。どうしたのー?」
「いやー、みんなすごいなーって思ってー」
周囲の人間のコミュニケーション能力の高さに、ちょっと私はついていけそうになかった。
ショッピングモール。今日の目的である水着を求めて、私たちは水着売り場に来ていた。
「うわ、遥さんスタイルいい」
莉奈が遥さんの水着姿を見た感想だ。
「肌白いし、髪も金髪だから黒い水着が映えてるよねー。よく似合ってる」
と真雪。
「そ、そうかしら」
「次!次はこれ試してみて!」
少し恥ずかしげな遥さんに、なっちゃんが追加の水着を持ってきた。
「ちょっとなっちゃん、それ布面積少なくない?」
なっちゃんの手にある水着を見て、思わず待ったをかける。私が気にしすぎなだけかもしれないが、その水着は少し大胆だと思ったのだ。
「でも絶対遥さん似合うって」
「さ、さすがにそれは、ちょっと恥ずかしいかな……」
ほら、遥さんもそう言ってる。
「恥ずかしがることはないのです。むしろどうどうと胸を張るべきなのです!」
しかしここで、まさかの氷野さんから追撃が。
「おー!氷野ちゃん分かってるねー」
「ふふんっ!私の見る目は確かなのです」
「氷野ちゃん氷野ちゃん。このワンピースの、どう?」
「あ、真雪さん。ありがとなのです。さっそく着てみるのです」
「うん。それから、私のことは真雪って呼び捨てていいよー」
「わかったのですー」
「優希さん、水着決まった?」
一人で水着を選んでいた私の元へ、なっちゃん達から開放された遥さんが来た。
ちなみに、なっちゃん達の次の標的は氷野さんだ。
「いえ、まだです。どれがいいのか──どうしました?」
少し不満そうな顔をした遥さんに尋ねる。
「口調。また敬語になってる」
「ああ、そうでしたね……じゃなくて、そうだった。……なんか、やっぱり慣れない……。遥さん相手だといつもの方が自然な気がして……」
「私は、出来ればそっちの方がいいわ。そもそも付き合っ……その、親しくしているのだから……」
「……遥さん。うっかり皆の前で口を滑らさないでくださいね?絶対面倒なことになりますよ。……あ、すいません。また元に戻って……」
「……ううん。やっぱり今日はいつも通りでいいわ。急には変えられないと思うし」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「それより、水着決まっていないのよね?良かったら私に選ばせてもらってもいいかしら?」
「そうですね。私こういうの選ぶのは苦手なので、むしろお願いしたいくらいです」
「ふふっ、任せてちょうだい」
ということで、私はバイト初日のあの日のように再び着せ替え人形に徹することになった。
そうなると必然的になっちゃん達も参戦。押し付けられる水着を見て、その水着が誰が選んだものか分かるくらいには着せ替えさせられたのだった。
○橙木夏美
高校で一人も友達が出来なかったゆっきーに新たに交友関係が生まれたという話は、以前から聞いていた。
その人の名前は黒咲遥さん。
年上、金髪、美人などという断片的な情報は覚えていたけれど、実際に会ってみてなるほどと思った。
なるほど、これは本物の金髪美人だ。
年上というのは見た目からは分からなかったけれど、雰囲気が大人っぽいというのは感じられた。大人、というか社会人って感じ。数ヶ月前まで高校生だった私からすれば、遥さんは確かに大人な女性だった。ゆっきーが初めて彼女と会ったときも、私と同じような感想を抱いたのかもしれない。
遥さんと話す機会はすぐに訪れた。
そして話してみた感想はというと、すごい話が合った。主に趣味、即ちアニメと漫画の話なのだけれど、目的地のショッピングモールにつくまで私と遥さんの会話が途切れることはなかった。
すごい話が合った、と言ったけれど、本当のところすごいなんてものじゃなかった。
趣味において、私と遥さんの好みはほぼ同じだと言っても過言ではなかった。好きなジャンルも好きなキャラのタイプも何もかも。私の好きなアニメで遥さんがまだ見ていないと言っていたものは思いつく限り紹介しておいた。
そしてゆっきーの水着コーディネートも遥さんと一緒にした。
ゆっきーの水着に関してはとても満足のいく結果になったとだけ言っておく。




