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百合の話(仮題)  作者: ねこのぬいぐるみ
26/64

26話

〇黒咲遥



 優希さんのあんな顔、初めて見た。


 思い出すだけで胸がぎゅっと締め付けられて苦しくなるような、そんな顔だった。


 心臓に悪い。


 優希さんと目が合うたびにその時のことを思い出してしまい少しの会話も続かなかったので、やむなく今日は昼前にお別れすることになった。




 お盆休みの今日。


 昨日の朝までは自堕落に休日を謳歌する予定だった今日。


 朝から優希さんのさらりとした黒髪と無表情ながらもどこか上機嫌な可愛い顔を拝むことができた今日。


 そんな今日の、朝のこと。


 私は優希さんとキスをした。


 三回も。


 私は当然初めてだったし、優希さんも初めてだと言っていた。


 ファーストキス。


 付き合い始めた頃は優希さんの雰囲気からなんとなくキスはまだ早いと感じていたけど、今日はそんな様子も無く、優希さんは私とのキスを受け入れてくれた。


 嬉しかった。


 すごく嬉しかった。


 ちょっと泣きそうになったけど、そこは頑張って耐えた。


 泣きそうと言えば、昨日は体調が悪く、特に頭痛が酷くて泣きそうだった。というか泣いた。


 そんな私を、優希さんは優しく看病してくれたのだ。


 優希さんらしくもない図々しいと言えるほどの強引さで、看病される側の私に有無も言わさず、看病してくれたのだ。


 ちょっと強気な優希さん。とっても良かった。好き。


 頭が痛すぎたせいか記憶が曖昧なところもあるのだけど、優希さんがとてつもなく優しくて、心配りが細かい所まで行き届いているのを覚えている。


 トイレまで付き添われたのは、本当に恥ずかしかったけど。


 心配りが細すぎるのよ、優希さん。


 と、昨日のことも重要といえば重要だけれども、最も重要なのは昨日の看病のことでもなければ、キスをしたことでもなく、その後のことだった。


 私がやられたのは、その時の優希さんの表情だった。


 キスをした直後の、その顔だった。


 相変わらず変化の乏しい表情ではあったけれど、しかしながらその頬は朱に染っていて、私に向けられた瞳も熱を帯びていた。


 その瞳が、私を見つめていた。


 熱に浮かされたような、とでも言うのだろうか。


 それは初めて見る表情だった。


(あの時の優希さんは、どんな気持ちだったのかしら?)


 照れていた?


 そうかもしれない。あれが優希さんの照れ顔なのかもしれない。


 流石の優希さんでも、初めてのキスをして平然としてはいられなかったということだろうか。


 分からない、けど少なくとも、嫌そうではなかった……と思う。


 ……自信がなくなってきた。


 でも、あの表情で見つめられて私の理性が溶けかけたことに関しては、自信を持って事実だったと言える。


 おかげで三回もキスをしてしまった。


 うふふっ。


 何はともあれ、私と優希さんの仲は、また一歩近づいたと見てもいいと思う。


 優希さんに告白して、それから会って話すようになって、デートをして手を繋いで、そしたら本当に付き合うようになって、ハグをして、また何回かデートをして、そしてキスをした。


 すごい順調だ。


 バイトにも誘ってみた。


 一緒に仕事を出来たら嬉しいけど、やってくれるだろうか。うちの喫茶店の制服は可愛いと評判だから、是非優希さんには着て欲しいのだけれど。


 でも無理強いはしないように注意しないと。したら、優希さんは嫌でも頷くだろうから。


 もし断られたら、制服だけでも着てもらおうと思っている。これは無理を言ってでもお願いする所存だ。


 それから、優希さんのお友達と会うことになったのだ。


 もしかしたら、仲良くなれるかもしれない。最近は家族とお客さんと優希さん以外に話し相手がいなかったので、そうなれたらいいなと、私は密かに思った。


「それじゃあ、また帰ったら連絡しますね」


 その声に、私の思考は中断された。


「ええ、分かったわ」


「それから、散々言いましたけど体調には気をつけてください」


 もの静かな彼女にしては珍しく、そのことに関しては口うるさいくらいに注意を促してくる。


 その注意を聞く度に私のことを心配してくれているのが分かって、とても幸せな気持ちになった。


「もちろん。心配してくれてありがとう、優希さん」


「いえ、それではまた。お大事に、黒咲さん」






「優希、さん……」


 優希さんを見送り、鍵をかけた玄関の扉に背を預けた私は、そっとその名を呟いた。


 自らの唇に指先で触れる。


 あの柔らかな感触が、まだ残っている。


 そして思い出したのは、優希さんのあの表情だった。


「〜〜〜っ!!」


 思い出しただけで、かぁーっと顔が熱くなる。


 思わず熱を抑えるように両手で顔を覆うと、少しだけ冷静になれた。


「ふぅ……」


 しかし結局、この日の午後は優希さんのことばかりを考えてしまい、期せずして予定通りの自堕落な休日を謳歌することになってしまったのだった。

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