23話
〇黒咲遥
私の前に、一人の女の子がいた。
懐かしい服を着ている。
中学の制服だ。
『────』
何か言っている。
私に向かってだ。
なんて言われたのだろうか。
私には聞こえなかった。
だけど何となく嫌な予感がして、私はその子から目を背けるように右を向いた。
そこにも女子中学生がいた。
『────』
また、何かを言われた。
でも私には聞こえない。
そういえば、ここは何処だろう。
周囲を見渡す。
黒板があった。
その下には、段差のある床がある。
ピアノもある。
後ろにはロッカーが並んでいる。
その上には、どこかで見たことがある肖像画。
知っている場所だった。
音楽室だ。
中学校の音楽室。
よく覚えている。
毎日のように、私はここに来ていたのだから。
『────』
いつの間にか、私の前にはまた女子中学生がいた。
何かを言われている。
嫌な感じだ。
『────』
『────』
その両隣にも、女子中学生がいた。
同じように、何か言っている。
まるで、私を責めるように。
『────』
『────』
『────』
『────』
右にも左にも、私を囲むように何人もの女子中学生がいる。
誰も彼もが口を揃えて、私に何かを言っている。
でも、誰の声も聞こえない。
何を言っているの?
嫌な気配を感じながらも、私は尋ねた。
『『あなたのせい』』
女子中学生たちは、息を合わせてそう言った。
温かい。
気がつくと、私の腕の中に誰かがいた。
誰?
顔は見えない。
私はこの人と抱き合っているようだ。
ここは何処?
薄暗い部屋だ。
見たことがある。
ああ、そうだ。
思い出した。
ということは、この人は……。
「優希さん?」
返事はなかった。
どうして?
優希さんなのでしょう?
声を聞かせて。
返事はなかった。
不安だ。
すごく不安。
でも間違いない。
この人は優希さんだ。
だってこの部屋は、優希さんの部屋なのだから。
声が聞きたい。
優希さんの声が。
でも聞こえない。
不安のあまり、私は優希さんを思いっきり抱きしめた。
「優希さん」
ああ。
温かい。
優希さんの熱を感じる。
『────』
……。
優希さんが、何かを言った。
やはり、声は聞こえなかった。
『────』
……。
嫌。
やめて。
言わないで。
『────』
『────』
聞こえない。
聞きたくない。
どうして優希さんまで。
『────』
『────』
『────』
『────』
ダメ。
もうやめて。
それ以上は。
言わないで。
聞きたくない。
優希さん。
『黒咲さん』
聞こえた。
耳元で。
優希さんの声だ。
どうしたの?
恐る恐る、私は尋ねた。
『さようなら』
そして、優希さんは消えた。
もう、どこにもいなかった。
「ん……」
嫌な夢を見た、気がする。
どんな夢だっけ?
……あまり覚えていないな。
懐かしい感じもしたけど、いい夢ではなかった。
それより、今は何時だろう。
時計は……五時四十分、か。
朝?
違う、朝じゃないな。
夕方か。
「んん……」
部屋が明るい。
電気がついてる。
ここ、リビングだ。
ソファーで寝てる。
どうしてこんなところで……?
「ん?」
右手が、なにかに触れている。
何だろうか?
「え、……………………優希さん!?」
眠気が一気に吹き飛んだ。
私の右手を優希さんが握っていたのだ。
私の手を握りながら、優希さんは眠っていた。床に座って、私が寝ていたソファーに頭を乗せて眠っていた。
起きたら優希さんがいる。
凄い。
なにこれ凄い。
こんなに贅沢なことがあっていいのだろうか。
そしてさらに、その優希さんが寝ている。
寝顔だ。
寝顔が見える。
可愛い。
寝顔可愛い。
握られた手と、可愛い寝顔。
最高の目覚めだった。
それにしても、どうして優希さんが……?
「ああ、そうだったわね……」
思い出した。
優希さんがこの家にきていたのだ。
それで……何があったんだっけ……。
う……頭が痛い……。
「ん……ああ、黒咲さん。ようやく起きたんですね」
「優希さん」
残念ながら、起こしてしまったみたい。
「具合はどうですか?気分が悪かったりしませんか?」
「えっと……少し、頭が痛いわ」
「そうですか。じゃあ私、水を取ってきますね」
あっ。
手が……。
行ってしまった。
「はぁ……う、うぅ……」
頭痛が酷い。
それに、頭痛だけじゃない。
体が重い。
起きて間もないからだろうか。
あと、少し暑い。
クーラーつけてなかったっけ。
とりあえず、体を起こした。
「黒咲さん、お水持ってきました」
持ってきてくれた水を半分ほど飲み、机に置く。
「ありがとう。それで、えーと……私、なんで寝ていたんだっけ……」
「覚えていないんですか?」
「えっと……」
優希さんが家に来て、それから……そうだ。
高校の卒業アルバムを見たのだ。
あれは本当に恥ずかしかった……。
「卒業アルバムを見たのは覚えているわ。それからが……」
「そのあと、お菓子があるので食べないかと黒咲さんに誘われたので、ここでチョコレートと饅頭を食べていたんです。それから……その、えーと……黒咲さん、本当に覚えていないんですか?」
「……」
そうだった。
ここで、優希さんの隣に座って、そしたら優希さんが、いきなり私の頭を撫でてきて、それから…………。
「あ……」
「黒咲さん?」
思い出した。
それから私は、優希さんを、押し倒して……。
あ。
あああ。
ああああああああぁぁぁ!!!!
「っ〜〜〜〜/////」
「もしかして、思い出してくれました?」
こくこくと、私は頷いた。
両手で顔を隠しながら、何度も首を縦に振った。
私が何をしたのか。
優希さんに何をしようとしたのか。
全部、思い出した。
「うぅ」
私何やってるのよ!?
いやもう、本当に。
どうかしてる。
「ごめんなさい、優希さん。……いきなり、あんな、あんなこと、してしまって」
「いえ、まあ……未遂でしたし、大丈夫ですよ」
そっか。
最後までは覚えていなかったけど、未遂だったのか。
最後までやっていなかったのか。
少し残念だけど、でも良かった。
初めての記憶が無いとかだったら、最悪だった。
そう思うと、少し落ち着いた。
「痛っ……!」
落ち着いた瞬間、思い出したかのように頭痛が襲ってきた。
ズキン、と頭に痛みが響く。
なんでこんなに頭痛が……?
「頭痛、酷いんですか?」
「ええ……これは、頭痛薬飲んだ方が、いいわね……」
薬は隣の部屋にあったはず。
そう思いながら、立ち上がって歩き出したところで、突然、視界が歪んだ。
歪んだと言うか、回っているような、揺れているような。
なに、これ……。
「黒咲さんっ!」
優希さんの、焦るような声が聞こえた。
 




