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百合の話(仮題)  作者: ねこのぬいぐるみ
21/64

21話

 〇湊優希



 場所は正解だった。


 何故なら、目の前のお洒落なお店から金髪大人美女こと私の恋人、黒咲さんが登場したからだ。


 更にいえば、目の前のお洒落なお店が喫茶店のようだという私の推測もまた、正解だった。


 それなら、定食屋はどこに?と思ったけど、その答えは黒咲さんに喫茶店の奥へ通されたことで分かった。


 喫茶店の奥にある厨房のそのさらに奥、そこに定食屋はあった。


 喫茶店の裏側が定食屋だったのだ。


 黒咲さんによると、定食屋は黒咲さんのご両親、喫茶店は祖父母がやっているのだとか。


 そんな黒咲家の事情を教えて貰いながら案内されたのは、黒咲さんの私室だった。


 案内されている途中、黒咲さんの家族の誰かに会った時のことを想定して、心と話す言葉の準備をしていたのだけれど、今この家にいるのは黒咲さんと私だけと言う黒咲さんの言葉を聞いて、肩の荷を下ろすことが出来た。


 がしかし、一度安心したのもつかの間、私は再び警戒レベルを少しだけ引き上げた。


 というのも、このことについて私が何か言うのは本当にどうかと思うのだけれど、恋人の家に二人っきりというのは、何かと意識せざるを得なかったからだ。


 以前逆の立場で私が黒咲さんを家に招いた時は、黒咲さんもこんな心境だったのだろうか。


 だとすれば、後日黒咲さんに会った時のあの剣幕にも、今更ながら納得ができた。


 しかし、その一件以来なにか不埒なことが起きることも無く、健全で善良なお付き合いが続いていることからも分かるように、私の心配は杞憂でしかなかった。


 黒咲さんは、何も邪なことは考えていないようだった。


 というか、私より黒咲さんの方がそわそわしていて、落ち着きがなく、余裕があるようには見えなかった。


 案内された黒咲さんの私室は、カーテンやカーペットの色が私の部屋のものに似ていて、居心地が良かった。


 もちろん私の部屋と違うところもあり、女性向けのファッション雑誌やお洒落な服が沢山あったところがそうだった。


 コーディネートとか好きなのだろうか?






 長い付き合いであるなっちゃんは最早身内のようなものなので、この度の湊家姉妹の問題について赤裸々に語ったけれど、相手が黒咲さんとなるとそうはいかない。


 自分の恋人にまで自身の恥を晒したくはなかった私は、多少の見栄を張りつつ、なっちゃんの時より幾らか詳細を省いた上で、ここに至るまでの経緯を説明した。


「つまり優希さんは今、妹さんに訳も分からず嫌われてしまってとても落ち込んでいるという事ね」


 というのが、私の話を聞いた黒咲さんの感想だった。


「いえ別に、とてもと言うほど落ち込んではいませんけど」


「そう?でも優希さん、心なしか元気がないわよ?」


 そうなのか……?


 そういえば、なっちゃんも似たようなことを言っていた。


 もしかして私は、自分が思っている以上に、優香ちゃんに無視され続けたことで心にダメージを負っているのかもしれない。


 なっちゃんの言葉を借りるなら、そもそも優香ちゃんとの仲が険悪なだけで外出するというのが、インドア派の私らしくなかった。


 険悪は険悪でも過去一番に最低最悪とつくけど。


「黒咲さんまでそう言うのであれば、そうなのかもしれないですね。……ちなみにですけど、黒咲さんはどうして私の妹の機嫌が悪いのだと思いますか?」


「私は優希さんの妹がどんな子か知らないから、ありきたりなことしか言えないけれど……例えば、優希さんにかまって欲しくてわざと無視している、とかはどうかしら」


「わざと、ですか……」


 最早そんな可愛らしい原因で起きる(いさか)いとは一線を画すほどに、私たちの仲は冷えきっている、と思う。


 しかし、その発想は今まで無かった。


 無かったし、ありえないと思っていた。


 けど、案外そういった単純な理由が積み重なって、現在の険悪さが出来上がったとも考えられる。


「ありがとうございます。相談に乗ってもらって」


「構わないわよ。優希さんと話せるなら、相談でも愚痴でも、何でも聞くわ」


「何でもですか。それじゃあ、お願いを聞いてくれますか?実は、黒咲さんの家に行ったら見てみたいと思っていたものがあるんですけど」


「ええ、勿論いいわ。何が見たいのかしら?」


「高校の卒業アルバムです」





「確かこの辺りに……あ、多分これね」


 押し入れに詰め込まれた数々ダンボールの内の一つを黒咲さんが引っ張り出してきた。


 見れば、上に「高校①」と黒で書かれている。


 開けてみると、中にはノートや教科書などが大量に入っていた。


「あったわ。……えーと、その、今更だけど、そんなに見たいのかしら」


 え?


 ここで出し渋るんですか?


「はい。生徒会長だった頃の黒咲さんとか、とても気になります」


 なにより、髪の毛が黒かった頃の黒咲さんを見てみたかった。


「そう……はい、どうぞ」


「あ。どうも、ありがとうございます」


 手渡されたは卒業アルバムは、私が数ヶ月前もらったそれによく似ていた。


 同じ高校なので当然である。


 違ったのは、年度の数字くらいだった。


「何組だったんですか?」


 机の上でアルバムを開きながら、黒咲さんにクラスを尋ねてみると、


「えーと……多分、六組だったはずよ」


 と自信のなさそうな答えが返ってきた。


 二年も前の話だから、はっきりと覚えていないのだろう。


 私も、二年や一年のクラスを聞かれて正確に答えられる自信は無い。


 ちなみに私は、二年五組だったはず……あれ、四かな?


「六組はこのページですね。黒咲さんは……」


 三年六組。


 うちの高校は校則がそこそこ厳しかったので、髪を染めている生徒を見たことはない。


 それは黒咲さんの頃も同じだったようで、写真の六組の生徒たちは全員黒髪だった。


 当然、黒咲さんも黒髪だった。


 黒髪遥だった。


「いた……え?」


 それが黒咲さんだと分かったのは、ひとえに名前があったからだ。


 写真だけでは絶対に分からなかっただろう。


 驚いたことに、目の前の金髪美女と異なるのは、その髪の色だけではなかった。


 黒髪眼鏡三つ編みおさげ。


 なるほど流石生徒会長といった、とても真面目そうな風貌だった。


 ……いや誰だこの人。


「え、誰ですかこの人」


「私よ。……二年前の、ね」


「……人って、変わるんですね」


 私の春休みのイメージチェンジとは、比べるのも烏滸(おこ)がましいほどの変わり様だった。


 もはや別人。


 変わりすぎである。


 魔法少女的な変身をしたと言われたら信じられそうだった。


「うぅ〜〜。恥ずかし過ぎる……」


 目の前では黒咲さんが、顔を手で隠して恥ずかしがっていた。


「恥ずかしがることないですよ。確かに意外でしたけど、これ程眼鏡と三つ編みが似合う人も、なかなかいませんって」


「そういう問題じゃないのよ……。優希さんに昔の自分を見られていると思うと、それだけで恥ずかしいのよ。恥ずかし過ぎて死ねるわ」


 私も昔の自分を人に見られると恥ずかしくなるので、今の黒咲さんの気持ちは大いに理解できた。


 理解はできたが、しかし見るのをやめたりはしない。


「死なないでくださいね。……このあたりは、行事の写真みたいですね。あ、黒咲さん見つけました。これは修学旅行ですか?」


「……ええ、そうね」


「この黒咲さんも、これはこれで見つけやすいですね」


 見つけたのは、何らかの像の前で黒咲さんを含めた数人の高校生が仲良さげに写っている写真だった。


 黒咲さんも笑顔でピースしている。


 他にも幾つか黒咲さんが写っている写真があり、どれも誰かと仲が良さそうに写っているものばかりだった。


 以前黒咲さんは友達がいない的なことを言っていたけど、このアルバムを見る限りは充実した高校生活を送っているように見える。


 その事が気にはなったけど、今聞くようなことではないだろう。


 一通り見て満足したところで、卒業アルバムを黒咲さんにお返した。


「ありがとうございました。見たことない黒咲さんが見れて良かったです」


「そ、そう。恥ずかしかったけど、優希さんにそう言ってもらえるなら、見せてよかったわ」


 そそくさと私から卒業アルバムを回収した黒咲さんは、さっさとそれをダンボールの中へ仕舞ってしまった。


 余程恥ずかしかったらしい。


「でも、本当に意外でした。今の黒咲さんの髪だけ黒にした姿をイメージしていたので」


「……中学の頃は、そうだったんだけどね。最初は眼鏡は無かったのよ。視力は良かったから……。髪を三つ編みにしたのは、長くなってきた髪を切るのが勿体なくて、でもそのままだと邪魔だったからで……。それで、視力が悪くなってきて眼鏡をかけたら、ああなったのよ……。はぁ……」


 暗い。


 黒咲さんの周囲だけ、空気が暗い。


「な、なんだか、嫌なことを思い出させてしまったみたいで、すいません」


「いえ、謝られるほどのことでもないわ。もう昔のことだから、大丈夫よ」


「そうですか。とはいえ、黒咲さんは生徒会長だったようですし、あの姿はピッタリだったんじゃないですか?」


「まあ、そうね。それは言えるけど、私が生徒会長になったのは、立候補したのが私だけだったからだし、立候補した理由も、生徒会顧問の先生に『お前暇そうだし、やってみないか』って言われたからだし……そもそも私、会長とかリーダーとか、人の前に立つの好きじゃないのに……」


 何を言っても落ち込んでいくな、今の黒咲さん。


 重く暗い空気になりつつある。


 暗いだけじゃない、重い空気。


 全然大丈夫そうじゃないんですけど。


「黒咲さん、なりたくて生徒会長になったんじゃないんですか?」


「そうよ」


 即答だった。


「でも、良いこともあったんじゃないですか?」


「……まあ、そうね。悪いことばかりでもなかったわ。生徒会に入って良かったと思えることもあったわね。優希さんのことを知ったのも、生徒会の後輩からだったからね」


「そういえば、前にもそんなこと言ってましたね」


「ええ。今こうして優希さんと話せてるのも生徒会長になったからだと思うと、やって良かったと思えてきたわ!」


 途端に思考がポジティブになった。


 さっきまでの空気との温度差が酷い。


「そういえば、優希さん。最初の話に戻るのだけど」


「最初の?」


「優希さんが妹さんと喧嘩した話よ」


 そうだった。


 それがあって、私は今ここにいるのだった。


「それが、どうかしたんですか?」


「大したことではないのだけど……その、もし家に帰りたくないのなら、ここに泊まっていくとか、どうかしらと思って」


 ……大したことなのでは?


「……聞き間違いでなければ、恋人からお泊まりに誘われた気がしたんですけど」


「大丈夫、変な事は考えていないわ。私の家族もそのうち帰ってくるし」


 それなら……。


「……いえ、やっぱり遠慮しておきます。いきなり泊まるというのは、黒咲さんの家族の方に迷惑かもしれないですし、それに、このままだと着替えとかもありませんから」


「……そう。なら、残念だけど、今日は諦めるわ」


 諦めるとは言いつつも、ちらちらとこちらを見てくる。


 最近黒咲さんといるとよく思うことだけれど、その様子はやはり、大人と言うよりは、子どもっぽかった。


 残念ながら、初期の頃に感じた大人らしさは、すでに容姿にしか残っていない。


 ───ちらちら。


 とりあえず無視。


 ───しゅん…。


 …………………。


「はぁ……黒咲さん。泊まるのはナシですが、私が家に帰りたくないって言うのもその通りなので、ぎりぎりまでここに居させてくれますか?」


 パァァァ!(笑顔の効果音)


「勿論よ!」





 場所は移って、リビングにて。


「隣、いいかしら」


「はい。というか、付き合ってるんですから、いちいち確認しなくてもいいですよ」


 にこにこ。


 ソファに二人、並んで座る。


 机の上には、海外のチョコレートと饅頭(まんじゅう)が置いてあった。


 黒咲さんが出してくれたものだ。


 私は和菓子が好きなので饅頭を頂いた。


 黒咲さんは両方食べていた。


「この饅頭美味しいです」


「ええ、そうね。こっちのチョコは、少し変わった味がするわ」


「ああ、海外のチョコって、変わった味のが多いですよね」


 ところで。


 最近の悩みといえば、一番に来るのは当然優香ちゃんのことなのだけれど、その次に来るのが何かといえば、それは黒咲さんの事だったりする。


 というのも、このところ、年上で大人の女性であるはずの黒咲さんのあまりの扱いやすさに、この人本当に大丈夫だろうかと思わずにはいられない日々が続いているのだった。


 最近は、そんな子どもっぽい黒咲さんの様子から、二人目の妹が出来たような感じがして、これはこれで悪くないのかもと思い始めている自分もいるのだけど。


 隣に座った黒咲さんの頭を撫でると、擦り寄ってきたり肩に頭を乗せてくるところとか、実の妹である優香ちゃんが甘えてくる仕草そのものだった。


 こんな感じで。


 撫で撫で。


「ゆ、優希さんっ!?」


 撫で撫で。


「〜〜〜〜っ!!」


 撫で撫で。


 撫で撫で。


 撫で撫で。


 ぎゅーーっ!!


 黒咲さんが横から腕に抱きついて─────あれ?


 抱きついてきたんだけど?


 いつもと違う。


 というか黒咲さんの力が強い。


 って、うわヤバい、倒れる────


「きゃっ………………く、黒咲さん?」


 反射で瞑っていた目を開けてみれば、黒咲さんが私に覆い被さっていた。


 私と黒咲さんの距離は、ハグをしたあの時くらい接近してある。近い。


 というか、何?


 どういうこと?


「あ、えっと、起き上がれます……?」


 突然のことに混乱しながらも、とりあえず私の上にいる黒咲さんにどいてもらおうと私は声をかけた。


 がしかし、その声は黒咲さんの耳には入らなかったらしい。


「あのね、優希さん。実は私、二週間も優希さんに会えなくて、凄く寂しかったのよ」


「は、はい」


 先週は私が期末試験の勉強をしていたため会わなかったのだ。


 それより、起き上がってくれないんですか?


 あと目が恐いんですけど?


「でも、優希さんに迷惑かもと思って、我儘を言うのを我慢していたわ」


「えっと……」


 いつの間にか、私の両腕が黒咲さんの両手によってソファーに拘束されていた。


 あの、黒咲さん?


 手がですね、動かないんですけど。


 いや、本当に。


 ビクともしないんですけど。


 あれ?


 もしかして、冗談じゃなく本当に危険な状態では?


「だけど……あんなふうに頭撫でられて……優しくされたら……」


「っ……」


 片手の拘束が外れ、離された手が私の頬に添えられた。


 頬に。


 手が。


 添えられた?


 え。


 うそ。


 これって、まさか。


 目の前には、黒咲さんの顔。


 頬が赤らんでいて、目は潤んでいて。


 それが、だんだんと、ゆっくりと、近づいてくる。


 そして────


「優希さん、好きよ………………」









 ────私の上に倒れ込んだ。


「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あのー、黒咲さん?」

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[一言] やっちまいましたな 最早定番の事一歩手前風寝落ち
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