20話
○湊優希
「と言うわけなんだけど、どう?分かった?」
「ごめん、全然分かんないわ」
「要するに、優香ちゃんとは絶賛冷戦中ってこと」
「うん、やっぱ分からん。何をどう要したのかは知らないけど、その最後の電話から今に至るまで何があったのかが一番分からん。もうちょっと噛み砕いて説明して」
「まあ、そうだね……。とは言っても、当事者の私自身、分かっていないことが多すぎるんだけど……。えーと、理由は全く知らないけど、あれ以来私は優香ちゃんに遠ざけられてるの。とりつく島もないって感じ。どんなメッセージを送ってもほとんど返信はないし、電話にも出ない。たまに返ってくる返信も、迷惑だとか鬱陶しいだとかで、それで私もそこまで言うなら放置しておこうかなって思ってね。で、気づいたらこれ以上無いほど険悪な状態になってたってこと」
「ふんふん……まだ腑に落ちない点もあるけど、半分くらい分かったわ」
「それは良かった。それと、腑に落ちないって言うのは私も同意。最初は理由も分からず邪険にされて腹が立ったこともあったけど、それ以上に釈然としないというか、なんでこんなに嫌われてるんだろうって言う疑問の方が強くて、困ってたのよね。…………なっちゃんは、なんで優香ちゃんが怒ってるか分かる?」
「いや、全然。分かったのは、ゆっきー姉妹の険悪具合が想像以上に酷そうだなって事だけ。……でも、そうだなー。妹の立場から言わせてもらうと、優香ちゃん、意地になってるだけかもね」
「意地、ねー。……そういえば、なっちゃんも妹だったね。お兄さんは今いないの?」
「うちのにーちゃんは、彼女と同棲中」
「え、うそ」
「ほんと」
「……同棲、か。なんか、大人って感じだね」
「どこが。あんな子供っぽいやつ……」
「ん……?なっちゃん、もしかしてお兄さんと喧嘩中?私みたいに」
「いや、喧嘩でもないし、あんた達ほど険悪でもないけど」
「そっか。……でも、不機嫌だよね」
「いや、だから違うって……。ん……ああ、そっか……」
「何?どうしたの?」
「あ、いや………………えっとさ、前にもこんなこと聞いたと思うけど、ゆっきー彼氏できた?」
ドキッとした。
何故いきなりそんなことを!?
「いや、いないけど」
嘘ではない。
彼氏ではなく、彼女なので。
「そっか」
「いきなりどうしたの?」
「ああ、いや、もしかしたらと思ったんだけど。勘違いだったみたい。ほら、ゆっきーに恋人ができて、優香ちゃんがヤキモチ妬いてるのかなーと思ってね。優香ちゃん、寂しがっていたんでしょう?」
恋人いるよ、なっちゃん。
勘違いではない。
恐るべし、親友の勘。
「……つまりなっちゃんは、お兄さんがいなくなって寂しいってこと?」
「いや、私は違うから。ヤキモチもない。最初はにーちゃんの彼女がどんな奴かって気になったりしたけど、いい人そうだったし」
「へえ、そうなんだ……」
恐るべき勘ではあったけど、私は妹に恋人ができたとは言っていないし、その線は薄そうだった。
ふりだしにもどる。
「どうしようかなー」
本当に、これからどうしようか。
家に帰るというのは論外だが。
…………そういえば、今日は月曜日か。
「なっちゃん、話聞いてくれてありがと。とりあえず私は、気分転換にその辺をブラブラしてみる」
「え、もう、うそ……あ、いや。ゆっきーほどのインドア派から、その辺をブラブラだなんて、アウトドア派の暇つぶしの最たる例みたいな言葉が出てくるだけでも驚きなのに、まさかそれを実践しようなんて発想に至るなんて…………思った以上に参ってるみたいね、ゆっきー。私で良かったら、いつでも話を聞くからね」
アウトドア派の人が暇つぶしにその辺をブラブラしているのかどうかは定かではないけれど、確かに普段の私が言うようなことではなかった。
普段の私ならそんなことは言わずに、このまま冷房の効いたなっちゃんの家でダラダラと過ごしただろう。
しかし今日がたまたま月曜日だったこともあり、私はかねてより訪ねてみようと思っていた場所へ赴こうと思い立ったのだった。
「うん、本当にありがとう。じゃあ、またね」
そして私は、親友の家を後にした。
向かう先は────
「ここ、だよね」
スマホの地図を参考に三十分ほど歩いた所に、その建物はあった。
大きな窓ガラスが並ぶその壁の向こうには、木製の机と椅子が整然と配置されているのが見える。
定休日ということは聞いていたので、店内に人一人いないことは当然なのだけど、しかし、どうも聞いていたイメージと目に映る風景が一致しなかった。
目の前の、私がこの二三ヶ月毎週のように足繁く通っていたあのお店に似た、お洒落な外観の木造建築物は、まさに喫茶店というような佇まいであり、間違っても昔ながらの定食屋と言う感じではなかった。
極めつけは、あろうことか店名まで、聞いていたのとは違った。
「場所、間違えた……?」
スマホの現在地を示すマークは時々信用ならないので、もしかしたらと思って地図を再度確かめてみたけれど、間違ってはいなかった。
間違いなくここが、黒咲さんに教えて貰った彼女の住所であり、彼女の実家兼定食屋…………のはずだった。
「どうしよう」
話に聞いた通りなのだとすれば、ここは黒咲さんの実家であり、表札やインターフォンの一つくらいあってもおかしくないはずなのだけれど、そういった一般家屋に標準装備されている類のものは、残念ながら見当たらなかった。
コミュ障な私のことだから、インターフォンはあってもこの状況で押すことは無いのだけれど、黒咲という文字が刻まれた表札まで無いとなると、本格的にここが黒咲さんの実家かどうか疑わしくなってくる。
ここは定石通り(私は知人の家に訪れる際、基本的にインターフォンは使わずスマホで到着を知らせる。知らない人が出てきたら大変困るので)、一度黒咲さんに連絡を取ってみるのがいいかもしれない。
今日は休みのはずなので、電話にも出てくれるだろう。
〜〜〜〜♪
『────お、おおおはようっ、優希さん!どど、どうしたの!?』
どうしたの、はこちらの台詞だった。
落ち着いてください、黒咲さん。おはようの時間はとっくに過ぎています。こんにちは。
 




