表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百合の話(仮題)  作者: ねこのぬいぐるみ
18/64

18話

 〇湊優希



 期末試験を終え夏休みに入った私が、実家に帰ってきてから三日。


「優香ちゃん」


「……」


「無視することないでしょう?」


「……」


 妹が、口をきいてくれない。






 事の発端は三ヶ月以上も前に遡る。


 まだ黒咲さんに出会う前。一人暮らしの生活にもようやく慣れてきた頃の話だ。


 その日、妹の優香ちゃんから電話がかかってきた。


 そして、私は優香ちゃんと喧嘩した。


 電話越しで。


 口喧嘩をした。


 私たち姉妹にとって喧嘩は珍しいことでは無い。私は妹のことを可愛がっているし、妹も私のことをそれなりに慕ってくれていると思うが、それでも日々一緒に暮らしていれば、些細なこと、くだらないことが原因で言い合いになることは多々ある。


 日常茶飯事だ。


 しかしその日の喧嘩は、今まで無数に経験してきた、湊家姉妹の間ではありふれている、いつも通りのただの喧嘩────ではなかったと、そうではなかったのだと、今になって思う。





 回想。


 三ヶ月前。


 五月の初め。


『ゆーちゃん!どうして帰ってこないの!?』


 着信音が鳴るスマホの通話ボタンを押すや否や、優香ちゃんは私が挨拶を言う間もなく、そう言った。


「……あー、もしもし、優香ちゃん?」


『はい、今年大学生になって一人暮らしを始めたゆーちゃんと会えなくてとっても寂しかったけどゴールデンウィークには会えると思って友だちとも彼氏とも遊ぶの我慢したのにずっとずっと我慢してきたのに結局ゆーちゃんが帰ってこないまま長期休暇の最終日を迎えたゆーちゃんの妹こと優香ちゃんです』


「……あー、うん、そっか」


 二言目で現状は概ね把握できた。


 要するに、私に会いたいらしい。


『なんで帰ってこないの』


 再び、優香ちゃんが私に問う。


 なんで。


 そう言われても、はっきりとした理由はない。


 そもそも帰るつもりがなかった。


 帰るという選択肢がなかった。


 と言っても、優香ちゃんは納得しないだろう。


 ならば私がどうゴールデンウィークを過ごしたかを思い出し、それを理由にしようとも思ったけど、買うだけ買ってまだ読んでいなかった数々の本を読み漁るという贅沢な連休を過ごしたと言ったところで、火に油を注ぐ結果となるのは火を見るより明らかだった。


 しかし、優香ちゃんの事をすっかり忘れていたというわけではないが、それでもあの子のことを蔑ろにしてしまったのもまた事実だ。


 もともと予定も約束も無かったので、私が優香ちゃんに怒られているのは、言ってしまえばただの優香ちゃんのわがままに過ぎないのだけれど、優香ちゃんからしてみれば今までずっと一緒にいた私は帰ってくるのが当たり前だと、そう思っていたのだろう。


 私が、帰らないのが当たり前だと、そう思っていたように。


 そう考えると、私にも多少の非があると思える。


 だから、謝った。


「ごめんね、優香ちゃん」


『……』


 通話終了。


「えー……」


 何も言わずに切られてしまった。


「なんでそんなに怒ってるの……」


 分からない。


 でも、それはいつものことだ。


 妹のことは、いつも分からない。


 知っていることも多いけれど、知らないことの方が多い。


 今のだって、なんで切られたのか。


 それに帰ってきて欲しいなら、事前に、もしくは連休の途中にでも連絡をくれれば、それで帰ったのに。


 会いに行ったのに。


「……」


 そういえばこっちに来てすぐの頃は、頻繁に連絡を取り合っていたけれど、最近はそれもなかった。


 飽きたか、それとも面倒になったのかなとか勝手に思っていたけど、優香ちゃんに何かあったのだろうか。


 何かあって、それで連絡がなかったとは考えられないだろうか。


 何かあって、つまり問題が起きて。


 優香ちゃんは習い事をしてないし塾にも行っていない。


 家族関係も良好と思われる。


 問題が起きるとしたら……


「学校で、何かあった……?」


 いや、考えすぎか。


 私じゃあるまいし。


 優香ちゃんは、私と違って非常に社交的で、人懐っこい。


 故に当然、友達は多い。


 女子も、男子も。


 本当に血が繋がっているのかと疑いたくなるくらい、明るくて元気で活発で、眩しい。


 春休みも私が家に篭って読書をしている間に、優香ちゃんは友達と大型ショッピングモールで遊んでいたし。


 一部の趣味や好みは私と似ているので、全く似ているところがないでもないけれど。


 そういえば、さっきも友だちや彼氏との遊ぶ約束を断ったとか、そんなことを言っていた。


「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………ん?」


 友だちや、彼氏。


 彼氏?


 え、いつの間に!?


 私はすぐさま電話をかけ直した。


 ~~~~♪


 ~~、プツ。


「……?」


 間違えたのかもと思って、もう一度かけ直した。


 〜、プツ。


「……」


 間違いではなかったらしい。


 着信拒否。


 優香ちゃんにされるのは初めての経験だった。


 これは相当お怒りのようだ。


 分かっていたことだけど。


「仕方ない」


 今ままじゃ話になりそうにないので、もし今週進展がなかったら週末に一度帰ってみようと、私は心に決めた。


 一応言っておくと、私が帰るのは仲直りのためであって、妹の交際関係は二の次である。本当に。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ