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百合の話(仮題)  作者: ねこのぬいぐるみ
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1話

 小学生の頃。


 最初はどこにでもいる普通の子だった、と思う。あくまでも主観的な話だ。私はどちらかと言うと内向的な性格で、地味な女子というイメージ。


 小学校では色々あった。本当に。高学年の頃の話だ。あまり思い出したくはない。


 結果、その頃から一人でいる時間が増え始めていたように思う。本を読み始めたのもその頃からだったはずだ。


 一人の時間が増えたのは、簡潔に言うなら人間関係に煩わしさを感じたから。


 だから他人と距離を置き始めた。




 中学生。


 何人かいた親しい友人は、みんな他の中学へ行った。私立へ行った子もいたし、私と同じように市立の中学へ行った子もいた。私だけ別の中学へ行くことになったのは、住んでいる地域がたまたま別の中学の区域だったから。


 誰だこの区域決めたやつ、といくら愚痴を言っても現実は変わらない。


 友人が一人もいないという、人付き合いを苦手に感じていた私としてはなんとも絶望的な環境の中、新たな生活が始まった。


 結果として、私は新たな友人を作ることが出来た。


 三人できた友人は他の小学校から来た子だった。幼稚園が同じだったという話から、何となく名前覚えてるかもー、などと盛り上がって仲良くなった。ラッキー。


 三人とも優しかったことにとても安心したのを、今でも覚えている。


 部活はその子たちに誘われて美術部に入った。趣味に絵を描くことが増えたのはこの時からだ。


 三人はいわゆるオタクだった。ゲーム、マンガ、アニメなど、小説しか知らなかった私はどんどん沼にハマっていった。


 今ではすっかりオタク仲間となっている三人とは、中学を卒業したら離れ離れになった。直接会うことは少ないが、アニメの感想を言い合ったりマンガや小説を勧め合う仲である。


 オタク仲間三人と一度も同じクラスになれなかった私は、自分のクラスでは完全に一人ぼっちだった。基本的に仲のいい人以外と話したくなかった私は常に本を読んで過ごした。そうしていたら、三年が過ぎていた。


 中学はあっという間だった。




 高校生。


 そしてまた、友人のいない新生活。


 高校で新たな友人ができることは無かった。


 話しかけてくれる人がいなかった訳では無い。


 でも話そうとすると、いつも鼓動が早まるのを感じた。ドキドキするのだ。相手が男子だから?違う。女子の時でも同じだった。


 これが恋なら良かったのに。


 そう思った私はおかしいのだろうか。他人と接するのを拒絶しながら、誰かと親密な関係になりたいと思っている。恋愛小説の読みすぎかもしれない。


 たぶん、私が憧れているのは物語のような恋の話。自分の秘密を打ち明けたり、気になる相手の気持ちに踏み込んでみたり、お互いの思いをぶつけ合ったり。


 私には無理だな、と自嘲した。


 それじゃあ、さっきのドキドキはなんだったのか。その答えは、私の両の手のひらの中に存在していた。物理的に。


 私は、緊張していたのだ。


 ただ数回他人と話すだけで手汗をかき、鼓動が早まり、顔が赤くなり、うまく喋れなくなるほど緊張していたのだ。


 この時、私はあることを思い出していた。それは小学生の頃の記憶。もう忘れていたと思っていた、中学の楽しい記憶で上書きされたと思っていた、嫌な記憶。


 なんで今さら。


 いわゆるトラウマってやつかな、これってコミュ障なのかな、などと考えながら私は懸命に蘇った記憶を忘れようとした。


 しかし、忘れることは出来なかった。嫌な記憶は落ちないシミ汚れのように、私にこびり付いたままだった。高校の間、他人と話すたびに緊張し、その記憶を思い出した。


 高校はとても長く感じた。




 そして現在。より少し前。


優希(ゆうき)、荷物これで全部?」


「うん、それで最後」


「いいなー、ゆーちゃん。私も一人暮らししたい!」


「はいはい、それはもう聞いたから」


 私は妹の言葉を聞き流しながら、お母さんと部屋の整理をしていた。四月から住む新しい部屋である。


 大学生。


 実家の隣の県にある大学に合格した私は一人暮らしをすることになったのだ。


 またまた新生活。今のところ中学と高校で一勝一敗といったところかな。誰かと仲良くなれるだろうか。


 そんなふうに少し期待しつつも、いままで通りの生活が始まるのだろうと思っていた。




 そして現在。


 大学生らしく大人っぽい雰囲気を楽しみたいと思った私は、休日にはオシャレな喫茶店やカフェを探して回り、見つけたお店で読書をするようになっていた。


 先週見つけた喫茶店が気に入って、再び同じ席で読書を楽しんでいた私は、突然声をかけられた。


「相席、いいかしら」


 答えることは出来なかった。


 こんなところで声をかけられると思っていなかった私は既に極度の緊張状態である。コミュ障は治っていない。むしろ重症化している。


 もしかしたら知っている人かもと淡い期待を抱いてチラッとみたが、知らない人だった。


 ドクドク。鼓動がさらに一段速くなる。


 目が合って、視線を本へと戻す私。それをOKのサインと勘違いしたのか、見知らぬ女性はにこにこ顔のまま私の向かいの席に座った。


 ちなみに私以外にも客はいるが席は半分以上空いており、さらに私の席は入り口からは見えない端の席。椅子は二つ。


 他の人からは、あたかも待ち合わせしていた親しい友人同士のように見えただろう。


 だが実情は知らない人同士が相席しているという、私には攻略難易度が高すぎるシチュエーション。


 私に残された選択肢は


 1.読書を続ける。

 2.トイレに逃げる。

 3.お会計。


 これだけだった。会話という選択肢はない。それは自滅に等しい行為だ。話したら死ぬ。


 私がごちゃごちゃと考えていると、目の前の女性は少し頬を赤らめつつ喋り始めた。


「今日は優希さんに話したいことがあって」


 初対面のはずの私に話したいこととはなんだろうか。


「初めて見た時から好きでした。私とお付き合いしてください!」


「……」


「…えーと、沈黙は肯定って聞いたことがあるんだけど、これってそう言うことかしら?」


「……」


「そう言うこと?付き合っていいってこと?嬉しい!」


 ………………あれ、いま私、告白された?

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