092 勇者ニーナ
「ニーナ。なぜここに呼ばれたか聞いているな?」
「はい……アタシが勇者かもしれないって」
皇帝陛下の問いに、ニーナが答えた。
しかしまあ、リンシアはよくニーナを説得して受け入れてもらえたものだ。
普通、あなたは勇者ですと言われても、はいそうですかと納得するのは難しいんじゃないだろうか。
無意識に心象魔法で周囲を威圧していたけど、いままで魔法が使えないと思っていたのだから。
ふと、ニーナが俺に顔を向けてニッコリと笑った。
――その笑顔は反則だろ。
どういった意図かは知らないが、凄まじい破壊力を持った美少女スマイルだ。
なんだか恥ずかしくなってしまう。
ん、いや待て。
これ、魅了の効果じゃないか……?
ニーナ、今度は威圧じゃなくて魅了の心象魔法を使ってる。
うん、そりゃドキッとするよ。
あれも無意識でやってるんだろうなぁ。
「では、剣を」
皇帝陛下が聖剣に手を向ける。
ニーナはコクリと頷き、聖剣の前まで歩いて行った。
勇者と同じ特徴を持つ赤い髪の少女が、聖剣を握り――、
「えいっ――!」
軽々と引き抜いてみせた。
俺がどれだけ力を入れて引っ張っても抜けなかった聖剣が、いとも簡単に。
刹那、ニーナは眼を見開いた。
そのまま聖剣を天に掲げる。
木々の隙間から差し込む木漏れ日を受け、柔らかなで靡く赤い髪の少女は――、
ああ、やはり、本物の勇者であった。
俺達の、仲間だ。
そこにいるだけで、圧倒的な存在感を放つ救世主。
聖剣カラドボルグを手にしたことで、今、覚醒がなされたんだ。
不可視であるはずの魔力が、オーラとなって見えた。
俺やリンシア、リリーとは比べ物にならないほど、驚異的な魔力を秘めている。
「アーネリアフィリス……さま……」
そう、ニーナが呟いた。
アーネリアフィリスは過去の勇者に聖剣と禁術魔法を授けたと伝わる神の名である。
今、ニーナは俺達では干渉することができない神と対話をしているのだろう。
人類は今、再び神と対話する機会を得たんだ。
やがて可視化されていたオーラは収まり、風が止んだ。
どうやら対話が終わったらしい。
「ニーナ、アーネリアフィリス様は何と」
皇帝陛下がニーナに近づき、そう問いかけた。
呆然としていたニーナが「ほえっ!?」っと声をあげながら皇帝陛下に視線を向ける。
「ああ、あのっ! えっと、その! あのですね……えっと」
「ゆっくりとでいい」
うん、引きこもりだったからね。
皇帝陛下のカリスマで急に話しかけられたら動揺するのもしかたない。
ニーナは「すーはー」と深呼吸して落ち着きを取り戻す。
「えっと『まずはオスヴァルトへ、勇者アディソンの意志を継ぎ、役目を果たしてくれたことを感謝します』と伝えてほしいと言ってました」
「そう……であるか。やはりアーネリアフィリス様は我々を御見守りくださっていたのだな」
皇帝陛下が目を瞑り、グッと拳に力を入れた。
自分は勇者の子孫であれど、神の言葉を聞くことができなかった。
魔王が復活するだなんて、他国の人々は馬鹿にするような内容であったとしても。
過去の勇者の意志を継ぎ、何代にも渡って帝国を大きく成長させてきた。
今日、この日、ニーナが聖剣を手にするために。
それだけのために、どれほど積み上げたものがあったのだろうか。
俺には想像もできない。
改めて思った、俺を雇ってくれた皇帝陛下は本当に偉大な人物であると。




