084 覚醒すれば、このぐらい余裕だよ
「アレク、敵」
不意に、背後から声がした。
視線を向けると、リリーが窓を開けて部屋に侵入していた。
おい、開けっ放しにしたら雨で部屋がびしょぬれになるだろ。
「え、ここ四階よ? ど、どうやって……というか、誰……?」
「——っ」
ニーナがリリーの姿を見つけた瞬間、心象魔法を発動し息苦しさを感じた。
リリーの表情が歪む。
まあ、突然知らない人が部屋に入ってきたのなら驚くのも仕方ない。
「リリー、状況は?」
「ん、中級精霊。いっぱい、街まで来てる」
中級精霊ということは、魔精霊ウンディーネの手先だろう。
この大雨は中級精霊によるものだったか。
狙いは勇者であるニーナだろう。
街の中まで攻めてくるということは、ニーナの覚醒は近いのかもしれない。
「それじゃあ、一仕事しますか」
「へ……なに……何なの……」
ニーナに背を向けて、雨の降りこむ窓に足をかける。
「ちょっと、世界の平和を守りにね。ニーナ、ここで見ててよ。俺の力を見せてあげるから。君にも備わってる力だよ」
そう言い残し、全身に肉体強化魔法を巡らせる。
空を見上げると、白く曇る雨の中に複数の巨人が存在するのが見て取れた。
数が多いな。
視界に入るだけで二十体は存在する。
「そうそう、俺がここに来たことは誰にも内緒ね」
脚部に力を入れ、その場から跳躍した。
「まって! アレクシ——」
跳躍する直前、俺を呼ぶニーナの声が聞こえた。
チラリと振り向くと、驚いた表情のまま窓枠に手をかけるニーナの姿が目に入る。
風邪を引くから、窓は閉めとくように。
魔力を集中させ、転移魔法、その応用を行う。
刹那、俺の手のひらに魔方陣が展開され——大魔法使いの杖が出現した。
よし、上手くいったぞ。
俺が転移するのではなく、向こう側から物を呼び寄せる逆転移だ。
場所を指定して物を置いておく必要はあるけど、手荷物無しで、いつでも道具を取り出せるようになった。
杖を掲げ、攻撃系統の術式を構築する。
「ル゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛————ッ!」
複数の中級精霊が俺を目掛けて突っ込んできた。
振る注ぐ雨が集約し、鋭い槍の様な形状となった魔法と一緒に。
全方位からの攻撃であり、逃げる隙間は存在しない。
だが、その攻撃は俺に届かない。
転移を行い、さらに隠密魔法により姿を眩ます。
残念、俺はもうそこにはいないぞ。
高い建物の屋根の上でじっくりと術式を構築し——俺を見失い右往左往しっている巨人たち目掛けて。
禁術魔法を放った。
巨大な緑の魔方陣が街の上に浮かび上がる。
魔方陣は風を生み、雨を飲み込み、巨人たちを巻き込んで巨大な嵐へと成長していく。
街を襲いに来た中級精霊を一匹たりとも残さない嵐は、雨雲をも飲み込み天高く上昇していった。
やがて、空を遮るものはなくなり、太陽の光が水浸しになった街をキラキラと照らす。
うむ、虹が綺麗だ。
ニーナも俺の活躍をしっかりと見ていてくれたようだ。
開いた口が塞がらないといった表情になってるけど。
口を開けたままだと美少女が台無しだ。




