008 差し伸べられた手は、暖かい
「平和な時代に魔王の復活など、戯言を。つぎ込んだ金を考えると、お前を切り捨てるのは気が引けていたが。魔法が使えず、嘘つきで、妄言を吐き散らす人間を側には置いておけぬ」
つまり、それは。
そういうことなのだろう。
「アレクシス、お前を追放する」
「そん……な……」
「初級魔法すら使えないお前に居場所はない。いや、お前はこの国の未来に必要のない人間だ」
あの時、お前は国の未来に必要だと手を差し伸べてくれたのに。
「お前はあの時、病気で死んだのだ、両親と一緒にな。私は勇者の生まれ変わりなど引き取っていない。わかったか。わかったならその面を二度と私に見せるなッ!」
グランドル伯爵は怒りながら俺に罵声を浴びせ、そのまま部屋の外に向かい、バタンと扉を閉めた。
直後、俺の周囲を透明の膜が覆う。
遅い。
今さら魔法が発動したって、もう遅いんだよ。
何もかも、終わったんだ。
俺はもう、何者でもない。
死んだ人間だ。
貴族の後ろ盾がなければ、農民など居ないのと同じだ。
もう学園にも行けないだろう。
行ったところで、俺が使える魔法は世の中に求められているものではない。
俺は。
俺は――――、
◇
頭が真っ白になったまま歩き続け、気付けば俺の故郷に到着していた。
いや、元故郷か。
俺が使った魔法のせいで何も存在しない。
ぬかるんだ地面が広がるだけだ。
俺にはもう、帰る場所すら残されていない。
ポツリ、ポツリと雨が降り始め、涙を隠すように俺の顔を濡らす。
「おかえりなさい、アレクシス様。わたしが想像していたよりも遥かに早いお帰りです」
約束通り、リンシアはここで俺のことを待っていた。
結界魔法を使っているのか、雨はリンシアの頭上で遮られ、全く濡れていない。
「こうなることを知ってて俺を帝国に誘ったのか」
「何があったのか、わたしには知る余地もありません」
知る余地もないか。
本当に知らないのか、もしくは知っていたのか。
それを証明する方法もない。
何もかも、何が正しくて、何が間違いなのかわからない。
「知る余地もありませんが、その眼を知っていると言ったのを覚えていますか? わたしは、アレクシス様が戻ってこられることを確信していましたよ」
去り際に、そんなことを言っていたような気もする。
だが、それがなんだというんだ。
何を知っているっていうんだ。
「だって、かつてのわたしと同じ眼をしていたのですから」
かつての、リンシアと同じ眼を?
「もともとわたしは連邦国の貧困層出身です。魔力だけは膨大にありましたが、初級魔法すら一切使えない異端児として、観察の対象でした」
俺ではなく、リンシアの話をしているのか?
魔力は有り余っているのに、初級魔法すら使えなかった……?
「魔力は魔法を発動させるために不可欠なものですから、観察対象といっても生活には不自由ありませんでした。が、しょせん金持ちの物でしかなかったのです」
……本当に。
「使えない物に価値なんてありません。罵声を浴び、裏切られ、追放され。わたしは一度死にかけました。いえ、連邦国から存在を消され、こころも一度死んだといってもいいでしょう」
リンシアも、俺と。
「そこで、初めて、魔法が使えたんです。アレクシス様と同じ、禁術魔法を。偶然、帝国の人間がその様子を見ていて、わたしを保護してくれました。わたしは、帝国で新しい人生を始めたんです」
俺と同じ境遇なのに、こんなにも明るく、輝いて。
「アレクシス様は一人ではありません、わたしが付いていますから。さあ、行きましょう」
雨は止み、雲の切れ目から光が差し込んだ。
その光に照らされ、俺に手を差し伸べるリンシアの姿はまるで女神のようで、
「わたしと、一緒に」
俺は、差し出された綺麗な手を。
握った。