066 泳げない俺に向かってその攻撃はよくない
潮はさらに引き、水を失った魚がピチピチと跳ねていた。
ただ潮が引いている訳ではなく、脈打つ血管のように水が移動していく。
なにが起きている。
これだけ大量の水を一度に動かせる規模となると、上級魔法ではまずありえない。
確実に禁術レベルの魔法だ。
だが、誰が?
まさか、勇者?
勇者と思われる公女殿下は屋敷から連れ出せないんじゃなかったのか?
沖の方へ流れていった水は、重力に逆らい上へと昇っていく。
そして——、
「マジか……」
水を失った海底の上に、巨大な水の塊が浮かび上がった。
「大魔法使いの杖を」
「こちらに」
俺の声に即座に反応して現れた密偵から杖を受け取る。
誰の仕業かわからない。
が、あの水の塊からは悪意のようなものを感じた。
そう、魔精霊シルフィードと戦った時の様な。
「アレク! あれ!」
リリーが指差しながら叫ぶ。
目を凝らして水の塊の周囲をよく見てみると——、人……?
人のようなものが水の塊の周囲を飛んでいる。
それも一人ではなく、三人ほど。
刹那、水の塊が動いた。
俺達のいるビーチ目掛けて、勢いよく。
飛んできてるんだが!?
いや、まずいだろ!
あの量の水が一気に押し寄せたら泳げない俺はひとたまりもない!
「リンシア、補助を!」
「わかりました!」
即座に杖を構え、魔法を発動する。
敵は魔力によって水を操作している。
ならば、その操作を俺の魔力で上書きすれば魔法を乗っ取れるはずだ。
難しい術式は必要ない。
単純に、魔力の暴力で押し切ってやればいい。
迫り来る水に魔力で触れる感覚を感じる。
重い。
高密度な魔力によって水を操作しているようだ。
だが——、リンシアのサポートが加わった俺の魔力のほうが、より高密度である。
勢いよく迫ってきた水の塊は空中で静止した。
「この水、返すぞ!」
杖を握る手に力を込め、魔法の制御を完全に奪い取る。
静止した水は動き出して、沖に向かって勢いよく射出された。
水の塊は空っぽになった沖に落下し、激しい波を起こす。
どうやら宙に浮く人型たちにはよけられてしまったらしい。
そのまま人型は激しい波と共に陸上に向けて飛翔しはじめる。
「ル゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛!」
おぞましい奇声を発しながら。
人型が接近してきて姿をハッキリと目視することができた。
人間よりも遥かに大きい、巨人だ。
青い肌に踊り子のような衣装を身に纏っている。
それが三体。
「どうやら下級精霊のようですね。いえ、使用した魔法の規模から考えうるに中級でしょうか」
魔精霊本体ではなさそうだが、生み出された精霊であることは間違いない。
俺達が倒さなければならない敵の一員だ。




