006 恩
「どうです、帝国に来てくださる気になりましたか?」
「ちょちょ、ちょっと待って、考えさせてくれ」
桁を間違えてる訳じゃないのか?
こんなの数年帝国で過ごせば一生遊んで暮らせる金額になるぞ。
それこそ、王国で魔法の開発をするのがアホらしいと思えるぐらいに。
「本当にこの金額であってる?」
「ええ、帝国は魔王討伐に関して出し惜しみしませんから。アレクシス様の魔力総量によってはもっと貰えるかもしれませんよ」
頭がクラクラしてきた。
いやいや、でも、こんなのは口約束だ。
そんなお金が貰えるだなんて確証は……、
「はい、こちら前金です」
ジャラリと音がする重い袋をリンシアから手渡しされる。
紐をほどき、中を見てみると……金色に輝く硬貨。
帝国金貨だ。
王国金貨とは価値が違うだろうが、いや金で出来ているのだから同等の価値があるはずだ。
それをポンと、家を一軒買えるような金額を前金で手渡しだと……!?
「どうです、来ていただけますね?」
「いやいやいやいや、ちょっとま――」
もはや決定事項のように言うリンシアに、金貨の入った袋を返そうと身体を動かした瞬間、激痛が俺を襲う。
凄まじい魔法と、リンシアにあっけをとられて忘れていたが、変な方向に足が曲がっているのだった。
「あ、やっぱり大丈夫ではなかったのですね。その足」
「み……見ての通り……。っ……」
気が付けば俺の身体、かなり冷たくなってるじゃないか。
「今、治療してさしあげます」
「へ……」
刹那、杖を構えたリンシアから緑の光が放たれる。
光は俺の足を包み込み――次の瞬間には完全に治癒が完了していた。
嘘だろ、あんな重傷を一瞬で治癒できる魔法があるのか?
学園で学んでいた治癒系の魔法は、いかに美しく肌の潤いを保つことができるかといった内容だ。
「さて、これで歩いて帝国までいけますね。行く気になりましたよね?」
「……歩けない俺を無理やり連れていくこともできたはずだ」
「いえ、わたし力がないので無理ですよ」
いや、そういう意味じゃなくてだな……。
「じゃあ、治癒と引き換えに帝国に来いみたいな」
「アレクシス様の意志を尊重すると言ってるではありませんか。そりゃ、来てくれれば嬉しいですが。今のは困っていた人を助ける為に魔法を使っただけです。それを引き合いに出すつもりはありませんよ」
俺を試しているのか?
確かに、リンシアの出す条件は魅力的だ。
だが……だがしかし……。
「まだ……その、グランドル伯爵にも相談しないと」
「相談すれば、決められますか? あなたにとって、グランドル伯爵はそれほどまでに大切な人ですか?」
大切な人かといわれると、どうだろうか。
俺の両親が死に、膨大な魔力を持っていることが発覚し。それに対する投資であることは重々理解している。
けど、俺に衣食住を与え、学園に通うお金を全額工面してくれた。
まだ結果は残せておらず、初級魔法すら使えなかったけれど。
俺でも使うことのできる魔法があるんだって知ることができた。
一方的な愛情かもしれない。
でも、与えられた分ぐらいは恩返ししたい。
「ああ、伝えないといけないことがあるから。前金は返しておく」
「そう、ですか。では、わたしはここで待っていますね」
「ここで? 俺は戻らないかもしれないぞ」
「かもしれません。でも、わたしはアレクシス様を信じます。わたしは、その眼を知っていますから」
どういうことだろうか。
ほほ笑んだり、テンションが上がったり、真面目な顔になったり。
感情が不安定な人だ。
この人についていけば、きっと楽しいのかもしれない。
俺の魔法を認めてくれて、凄まじい待遇で雇ってくれると言って。
でも、まずは恩を受けた人に恩返しをするのが先。
それに、もし魔王が復活したとなれば、それは緊急事態だ。
確証はないけれど、グランドル伯爵の耳に入れた方がいいかもしれない。
「じゃあ、俺は戻るよ」
「ええ、お早いお戻りを」
その場から立ち上がり、リンシアに背を向けて歩き出した。
ずっと、背後からの視線を感じつつ。