057 第一章 エピローグ
帝国宮殿内部。
即時会話が可能な魔道具から青い光が放たれ、報告を行うダニエル大佐が浮かび上がっている。
その報告を聞く赤髪の男が一人。
この国の皇帝陛下、オスヴァルトだ。
「報告、ご苦労」
そう言い終えると、魔道具は光を失い、浮かび上がっていたダニエル大佐の残像が消え去る。
暗くなった部屋で、オスヴァルトは安堵のため息をついた。
やっと、魔王の配下である魔精霊シルフィードを倒す事ができた。
それも勇者パーティーが誰も欠けることなくだ。
誰か一人でも欠ければ、それは敗北を意味する。
魔王に抗うには、必ず四人の力が必要であるのだから。
オスヴァルトはこれまでの経緯を思い返す。
過去の勇者から意志を受け継ぎ、巨大に成長した帝国は魔王の復活に備え、常に魔力の観測を行ってきた。
そして魔力の歪みを感知する。
魔精霊が発生する前兆であった。
魔王が復活したことを帝国は知ったのだ。
そこからが不可思議な事態が起こった。
本来一番最初に復活するはずであった第一柱・魔精霊イフリートではなく。
第二柱・魔精霊シルフィードの出現が確認された。
順番が違ったのだ。
まだ勇者パーティーは誰一人確認されていない状況、備えてきた戦力で何とか状況を持ちこたえていた。
だが、状況はさらに豹変していく。
魔精霊シルフィードの出現から数日後、帝国から東に存在する海に面する連邦国が、過去にないほどの大水害に襲われたのだ。
嵐が近づいていたわけではない。
あまりにも不自然で突発的な水害。
予想されるのは第三柱・魔精霊ウンディーネの仕業だ。
海の中で復活を遂げたため、魔力を感知できなかったものだと考えられる。
そしてまたしても第一柱ではなかった。
事態の確認を行うため、オスヴァルトは帝国軍を水害のあった連邦国に派遣する。
そこで帝国は信じられないものを発見する。
押し寄せた水に流され、漂流物にズタボロにされた少女が地面に倒れていた。
帝国軍の兵は死んでいるものと思い、埋葬を行おうとしたが——その少女は立ち上がっていた。
緑の光を放ちながら、傷が修復されていく。
ここまで瞬時に傷を治すことは上級魔法であったとしても不可能。
人の域を超えた魔法、【禁術魔法】であることは明らかだった。
帝国は勇者パーティーの一人、大聖女リンシアを発見した。
魔王の復活に合わせ、勇者パーティーもまた姿を現したのだ。
次に魔力が観測されたのは帝国に隣する王国からであった。
帝国と王国はかつてから険悪な状態が続いており、魔王の復活が予期されるため調査させてほしいと依頼することは不可能。
防衛のため、帝国軍が王国に足を踏み入れればそれこそ戦争になりかねない。
魔王を前にして、王国と戦争をしている暇はないのだから。
帝国は内密にリンシアを偵察に送り込んだ。
勇者パーティーの一員であり、禁術魔法の使い手ということもあって一番死亡率が低いと思われたからだ。
もちろん、倒しに向かわせた訳ではなく、あくまでも偵察。
魔精霊の発生を観測するだけが目的であった。
実際に魔精霊による被害が発生し、王国から救援要請を受けてから帝国軍を派遣すれば棘が立たない。
だが、獣人王国のように一夜にして滅ぶ可能性もある。
それも致し方ないとオスヴァルトは考えていたが……。
偵察から帰ってきたリンシアの報告は予想の斜め上を行くものであった。
新たに出現した勇者パーティーの大魔法使いアレクシスが、第一柱・魔精霊イフリートを討伐完了。
さらにアレクシスを仲間に引き入れ、帝国へと連れてきた。
これほどまでの成果はあるだろうか。
魔王が復活する以前から、王国では何十年かに一度、勇者の生まれ変わりと持てはやされる人物が現れていた。
帝国も内密に調査を行っていたが、過去に現れた勇者の生まれ変わりはどれも偽物であった。
過去の勇者の出生地でもあるからこそ、そういった噂がながれるのだろう。
今回も偽物だろうと高を括っていたところ、アレクシスは勇者ではなかったが、大魔法使いであるということが発覚した。
さらに王国からドラゴンが発生したとの救援要請を受け、それに対応したアレクシスとリンシアがドラゴンを従え、湧き出した下級魔物の掃討にあたらせた。
シルフィードに向けている戦力を王国の防衛に割く必要がなくなったのだ。
吉報は続く。
魔精霊シルフィードが発生した地にて、闘戦士リリーの発見が報告される。
立て続けに勇者パーティーが発見されていったのだ。
残りは勇者のみとなる。
まさに神のお導きといえた。
オスヴァルトは勇者の血を引き、赤髪という共通点はあるが勇者ではない。
なにせ、重要な部分で勇者と特徴が違うのだから。
産まれた時点で自分は勇者ではないと確信していた。
ここで、オスヴァルトはある共通点に気が付く。
勇者パーティーの発見場所と、魔精霊の出現場所がどれも重なっているのだ。
そこから導き出される結論は――
「魔王が勇者パーティーの出現場所を予期していた、か」
偶然と結論付けるにはあまりにも重なりすぎている。
故に魔王は勇者パーティーの出現を予期し、魔精霊を使って殺害を試みたものと思われる。
出現の順番が異なっていたのも、それが要因であるかもしれない。
恐らく、勇者が出現するときも何らかのアクションが起こると思われる。
第四柱、第五柱の魔精霊は他の三体の魔精霊とは一線を画す強さを持っていると、過去の勇者が記録に残していた。
が、その強さ故、魔王ですら召喚を維持することが難しいとされている。
恐らく、力を取り戻していない今の魔王では召喚することができないはずだ。
すぐに現れないことを祈るしかない。
可能性があるとすれば第三柱・魔精霊ウンディーネの襲撃である。
成長を妨害していたシルフィードでさえ、あれほどの強さを持っていたのだ。
全く成長妨害を行うことができていないウンディーネの強さは……想像を絶するものと思われる。
また、シルフィードの戦いの際に魔王本体と思わしき存在の干渉もあったという。
そのせいで戦いはギリギリのものとなった。
過去のように倒されまいと、魔王も策略しているものと思われる。
だが、今回の勇者パーティーも以前と少し違うようだった。
大魔法使いアレクシス。
特に彼が顕著といえよう。
シルフィードとの戦いの際、なんと第一柱・聖精霊サラマンダーを召喚したというのだ。
本来の力のほんの片鱗で短時間だったとはいえ、神の力を使った。
過去の大魔法使いドラトニスでさえ、魔王との最終決戦でやっと聖精霊を召喚できたと記録されている。
あまりにもイレギュラーなのだ。
逆に、聖精霊を召喚しなければ対抗できないほどに魔精霊も力をつけているということ。
簡単に終わる戦いでないことは明らかだ。
「皇帝陛下、お伝えしたいことがございます」
音もなく、部屋の中に密偵の一人が現れた。
「聞こう」
密偵が、オスヴァルトの耳元でささやく。
「で、あるか」
その内容に、オスヴァルトはニヤリと口角を上げた。
まだ見つかっていなかった現代の勇者についての報告だ。
思考を巡らせ、今後の展開を考案する。
聖剣を持った勇者が戦力になれば、盤面をひっくり返すことができる。
ウンディーネに対しても十分すぎる戦力だ。
だが、勇者だけでは魔王に勝つことはできない。
大魔法使い、大聖女、闘戦士、そして勇者がそろってこそ、初めてその真価を発揮する。
その真価を発揮するにも、一筋縄ではいかないだろうが。
「待っていろ、今度こそ完全に滅ぼしてやろう」
オスヴァルトは魔王――その奥に潜む者に敵意を向ける。
過去に魔王を使い、世界を恐怖に陥れた元凶。
「――邪神、ジュレストネレス」
世界は、戦いの時を迎える。




