051 それはまぎれもなくヤツさ
なぜ、どうして。
あの炎が直撃すれば、シルフィードを倒すことができるのに。
炎は淡く空気に溶けるように消滅していく。
いいや、炎だけではない。
ブレスを放つ聖精霊サラマンダーまでもが光の粒子となって消滅しはじめた。
まさか、そんな。
時間後れだとでもいうのか?
今の俺の力では短時間しか聖精霊をこの世界に維持できない。
だからといって。
あと一歩のところで。
こんなことがあってたまるか。
異次元の強さを持つサラマンダーは完全に消滅してしまった。
もう一度サラマンダーを召喚する魔力はもう残ってはいない。
そして、シルフィードは――
「リ゛イ゛ィ゛――――――ッ!」
俺を見て醜悪な笑みを浮かべていた。
次の瞬間には、土や岩、大木などを巻き込んだ嵐が迫ってきていた。
シルフィードから発せられた魔法は周囲を巻き込み、さらに肥大化する。
嵐はリンシアが発動している結界魔法に衝突し――結界を粉々に粉砕して俺達に到達した。
身体が宙を舞う。
意識が朦朧とする。
全身が痛い。
魔力はもうほとんど空っぽだ。
シルフィードに攻撃を加える力はもう残っていない。
まだアイツは死なないのか。
どれだけ丈夫なんだよ。
俺達を殺すまでは絶対に死なないという強い意志を感じた。
敵もまた、本気なのだ。
本気で世界を滅ぼすつもりなのだ。
嵐に吹き飛ばされながら一緒に宙を舞うリンシアとリリーを視界に捉えた。
このままでは落下の衝撃で怪我どころではすまない。
二人とも、死なせないって決めたじゃないか。
手を伸ばし、二人の腕を掴んだ。
そのまま近くに引き寄せ、抱きしめる。
重力が、俺の身体を下へと引っ張り始めた。
俺の身体は落下により加速し――、二人を守るように背中から勢いよく地面に直撃する。
「――――――ッ!」
骨が砕け、肉に刺さる感覚がした。
外から受けた衝撃が内側に伝達していくのがわかる。
二人は――、無事だ。
まだ生きてる。
「ゴフッ――――――」
口から夥しい量の血を噴き出した。
呼吸をすることができない。
砕けた骨が肺にまで到達しているらしい。
もしリンシアが結界を張っていなければ、シルフィードの魔法で即死だっただろう。
即死は免れたとはいえ、この状況は……。
治癒魔法を頼めるような状況ではない。
リンシアも力を使い果たし、動けそうにないのだから。
本当に、死んでしまうのか?
俺は。
こんなところで。
「アレク……シス……様」
淡く掠れた声で俺の名を呼ぶ。
直後、暖かい何かがリンシアから流れ込んできた。
これは……治癒魔法……?
破壊された肉体が、内側から修復されていく。
だが、普段リンシアが使う治癒魔法に比べて格段に効果が弱い。
禁術魔法ではなく、上級魔法レベルだ。
ギリギリ、俺の命を繋ぎとめるまで身体の修復が行われる。
「おね……がい。生きて……アレクシス様」
リンシアは上級魔法以下の魔法を使うことができないはずだ。
魔力量の多いものは小さな魔力を操作することが凄まじく難しい。
にも関わらず。
リンシアはほんの少しだけ残された魔力を振り絞り、俺に上級の治癒魔法をかけ、命を繋ぎとめてくれた。
自分だって死にそうな状況なのに、そうまでして俺を助けてくれた。
リンシアに、そこまでさせてしまった。
俺が無力であるがゆえに。
力が欲しい。
みんなを守れるだけの力が。
窮地を切り抜けられるほどの力が。
刹那、太陽の光を隠す巨大な影が俺に落ちた。
なんだ……?
サラマンダー……いや、火竜の魔法……?
俺は幻覚を見ているのか?
『アレクシス様! シンシア様! 我が加勢したからにはもう安心だ!』
いや違う。
幻覚でも魔法でもない。
この声は――、
「――ドラゴン!?」




