050 かわいい女の子を見殺しにするはずなかろう
聖精霊サラマンダーの炎による延焼は起こらない。
だが、二体の巨大な精霊が大暴れしていることにより、森の地形はどんどん変形させられていく。
木々をなぎ倒し、土煙を上げ、暴風が吹き荒れた。
俺はさらに力を振り絞り、肉体強化魔法を発動した。
大魔法使いの杖を手放し、全力で疾走する。
激しい戦いの真下に、まだリリーがいるのだ。
俺が禁術魔法を発動させるまでの間、全力でシルフィードを抑え込んでくれていた。
聖精霊サラマンダーと入れ替わるように限界を迎えたリリーを助けに行かなければならない。
そのまま放置していれば戦いに巻き込まれて死んでしまう。
こんな所で死なせてたまるものか。
リリーは、俺の女なのだから。
精霊たちが引き起こす衝撃により、大地が波打つ。
破壊され続けている地面の上を次から次へと跳躍し、前に進んだ。
刹那、もつれ合ったシルフィードとサラマンダーが俺の方へと迫って来る。
ドタバタと暴れまわる巨大な脚や爪、尻尾などをギリギリのところで回避して、さらに前へ――。
地面に横たわるリリーが視界に入った。
力を使い果たし、もう動くことができないのだろう。
地面を貫きながら背後から迫る衝撃よりも速く。
――――速く。
全力で跳躍し――、リリーの身体を掴んだ。
「ア……レク……」
「もう大丈夫だ」
両腕でリリーを抱え、その場から全力で退避する。
飛んでくる土や岩、木々を掻い潜り、走り抜けた。
走り続け、暴れ狂う精霊たちの攻撃が届かないところまで逃げ切った。
――――逃げ切ったぞ!
「アレクシス様! こちらへ!」
その声を頼りに、リンシアのいる場所まで到達した。
刹那、漲っていた力が抜け、ひどい倦怠感が襲い掛かる。
どうやらリンシアが俺にかけていた肉体強化魔法を解除し、結界魔法の維持に専念したらしい。
俺だけの力では絶対にリリーを助けることができなかった。
リンシアの協力があったからこそ、肉体強化魔法を維持し続ける事ができた。
ホントに、リンシアは凄い人だ。
限界なんてとっくに超えているだろうに。
戦いが終われば、全力で想いをぶつけてやる。
結界越しに見える次元の違う戦いは、聖精霊サラマンダーが有利であった。
いや、徐々に有利になり始めたというのが正解か。
魔精霊シルフィードが急激な成長に肉体が耐えきれず、徐々に動きが鈍り始めていた。
羽衣は燃え尽き、皮膚はただれ。
怒りに満ちた表情でサラマンダーに食らいついている。
もう下級精霊を生み出すことができないほどに弱体化している。
やがて成すすべもなく、サラマンダーの攻撃を受けるだけになった。
間もなく決着がつくだろう。
サラマンダーがシルフィードにとどめを刺すため、大きく息を吸い込み始める。
敵を焼き尽くすブレスを放つようだ。
胸部が大きく膨れ上がったサラマンダーは、敵を見据える。
シルフィードはその光景を憎しみの籠った眼で睨みつけていた。
ゴゥっと、灼熱の炎が広がる。
魔に属するものだけを焼き尽くす聖なる炎が、シルフィードに――――――
――――――到達することはなかった。
炎はシルフィードの寸前で消え去っていく。




