047 魔王
「魔……王……?」
その言葉が不自然に感じないほど、前方にいる人型の存在から放たれる禍々しさは凄まじい。
本当に、あれが魔王だとでもいうのか?
帝国が必死になって探し続けても、まだ見つかっていないんだぞ。
それが、今、ここに……?
≪忌まわしき勇者の仲間たちよ≫
声が、聞こえた。
音ではない、耳を通してではなく、直接俺に声が届いたのだ。
杖を持つ手が震える。
心の底から震えあがっている。
ああ、次元が違う。
過去の勇者パーティーはこんな恐ろしいものと戦っていたのか?
≪非常に残念だ。我が今ここで直接お前たちの命を奪えないことが≫
「お前は……魔王なのか……!」
命をかけて世界を守るのが俺の役目だ。
ここで引けるわけがないだろ。
気力を振り絞り、魔王と思わしき黒い人型に言葉を投げた。
≪だが、直接手を下せぬ代わりに我が配下シルフィードに役目を与える≫
「リ゛……イ゛イ゛……」
どうやら俺の質問には答えてもらえないらしい。
だが、間違いなくアレは魔王だと俺の本能が訴えている。
黒い人型のオーラが、シルフィードに注がれ始めた。
直後、シルフィードの肉体がミシミシと音をたてながら肥大化しはじめた。
まさか、急速に成長させているのか!?
あれ以上成長されては、俺の攻撃が届かなくなる可能性がある。
まずは成長を阻止しなければ!
「リンシア! リリー!」
「――っ! リリー、動く……!」
「はい! 恐れている場合ではありません、阻止しましょう!」
俺の掛け声により、リンシアとリリーが同時に動き始めた。
リンシアはローブの袖で鼻血を拭き取り、治癒系統、補助系統の魔法を同時展開する。
肉体の強化に加え、先程消費した魔力を回復する効果も付与されている。
リリーは強化された身体能力で魔王に爪を向け、突進した。
同時に俺も杖を掲げ、禁術魔法を発動する。
もたもたしている場合ではない。
即効性かつ高威力を放たなければ。
杖の先から黄色に輝く魔方陣が展開され、刹那、雷撃が魔王に向けて放たれた。
激しい光の攻撃魔法はリリーの爪撃と共に魔王に到達するが――、
「なっ、防がれた!?」
まるで水のように動く黒いオーラによって攻撃が阻まれてしまった。
直後、雷撃の爆音が遅れて周囲に響き渡った。
あのオーラで俺の発動した火竜の禁術魔法も防いだというのか?
≪急激な成長により、シルフィードは役目を終えるだろう。だが、お前たちを葬り去るにはこれで十分だ≫
シルフィードの肥大化は止まらない。
どう見てもシルフィードは苦しんでいるように見えた。
魔王の言葉通り、無理な成長を強引に行ったせいでシルフィードはこの後死ぬのだろう。
だが、死ぬまでの時間、俺達を殺すのには十分余裕がある。
魔王は、おそらくそう言っているのだ。
クソッ、何か手を打たなければ。
魔力のある限り、禁術魔法を放ち続ける。
だが、俺の攻撃はいとも簡単に防がれてしまう。
≪仲間のいない勇者など、取るに足らぬ。もう、同じ過ちは繰り返さないのだ。我が完全に復活した暁には、この世界を闇に染め上げてみせよう≫
魔王がそう言い放った直後。
黒いオーラは消え去った。
先ほどまで恐ろしい存在感を放ち続けていたというのに、一瞬にして、この場から消失した。
成長を遂げた、シルフィードを残して。
「リ゛イ゛イ゛ィ゛ィ゛ィ゛…………リ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛――――ッ!!」




