003 魔法
静かな世界が広がっていた。
先ほどまで、炎の魔人の轟音と唸り声が鳴り響いていたのに。
俺以外の音が一切存在しない。
目の前には俺を覆うように透明な膜が張られていた。
その膜の向こう側には土煙が巻き起こっている。
何が起こった?
いや、感覚でわかる。
魔法を使ったんだ。
かつて敵の攻撃を防ぐために使われていた、結界魔法を。
沢山魔法の勉強をしたのだから、間違いない。
これは、結界魔法だ。
けど、魔法が使えなかったはずの俺が結界魔法を?
もしかすると、命の危機を感じたことで魔法が使えるようになったのかもしれない。
いやまて、先ほど炎の魔人が放ったファイアボールは尋常でない威力だったはずだ。
俺の知っている結界魔法で防げるものなのだろうか。
結界魔法は柔軟でありながら繊細で、様々な形状に変化させられる応用的な魔法だ。
物を包んだり、水をすくったり、器用な使い方はできるが衝撃には弱いというのが教本に書かれている内容である。
もしかすると、見た目だけで威力のないファイアボールだったのか?
そんなことを考えている間に立ち込めていた砂埃が晴れて――絶句した。
俺の周囲の地面が存在しない。
結界から外にある土が全て消し飛び、巨大なクレーターが出来上がっている。
ふと、炎の巨人に視線をやると。
少し驚いたような表情をしている気がした。
そんな表情をしていたのもつかの間。
炎の巨人が、今度は五つのファイアボールを同時に生成する。
まずい、一つでもこの威力なのに、五つ同時に放たれたら俺の故郷が消滅してしまう。
この際どうやって防いだのかは後回しだ。
結界魔法が使えたのだから、別の魔法も使えるかもしれない。
炎を消すには……水だ!
そう考えを巡らせた瞬間。
体内を巡る魔力がゴッソリと減ったのを感じた。
体感として二割ほどだろうか。
今まで魔法を使ったことがなかったので、魔力を消費する感覚というのは不思議だ。
「は……?」
不思議どころではない。
一体どうなっている。
俺を覆う結界の外が水没していた。
凄まじい量の水が、炎の巨人を目掛けて流れ出している。
いや、なんだこの水の量は!?
俺の故郷が水で流されていく!
水は放たれたファイアボールと衝突し、白い蒸気を起こしながら爆発するが、その勢いも飲み込みながら水はさらに増え続けていく。
まずいまずいまずい。
水深が深くなり、太陽の光すら届かなくなってきた。
どうにかしないと!
強引に水の流れを変えるように意識していると、またもや魔力が消費され――水をコントロールする感覚を掴めた。
よし、いける。
生み出された全ての水を炎の巨人に一気に集約させる。
激流が生まれた。
全てを巻き込み、一か所へと集まる水圧は、どんなものでも押しつぶす。
やがて全ての水が消え去り、そこには炎の巨人の姿も……俺の故郷すらも跡形なく消滅していた。