029 今さら戻れと言われても――
背後から地鳴りをさせながらドラゴンが付いてくる。
いかにもシュールな光景だ。
街中を歩き、王都の中心から離れてくると屋内に避難していた住民が隙間から覗いているのがわかった。
物語の強敵として出てくるドラゴンが静かに道を闊歩している状況。
気になって様子を窺うぐらいはするだろう。
しかし、誰も声をかけようとはしない。
安全かどうか確証を持てないといった感じだ。
国王陛下は王都の端にある教会に避難しているようだ。
さりげなく密偵が情報収集していたようで、王都の中心にはドラゴン、そして王都から離れれば今度は低級の魔物が溢れている。
今は情けない姿になっているが、こう見えてドラゴンは上級の魔物だ。
低級の魔物はドラゴンが威圧していることで王都内に足を踏み入れることができないらしい。
ギリギリ安全が確保できている王都の境界線辺りに避難民が多く集まっている。
しばらく移動していると、教会が見えてきた。
国王陛下とその他、有力な貴族たちの避難場所とあって、かなりパニックになっているように見える。
グランドル伯爵は俺達の前を歩き「私がドラゴンを従えた!」などと叫んでいる。
滑稽に見えるが、グランドル伯爵は国王陛下とも面識があったはずだ。
知っている人物の訴えとなると、国王陛下も食いつくかもしれないという算段である。
そして算段通り……、
「グランドル伯爵か!? 本当にドラゴンを……、錯乱しながら勇者の生まれ変わりを探しに行くと言って飛び出したきり、帰って来ぬから死んだものかと思っていたぞ」
国王陛下が釣れたようである。
複数の取り巻きと、護衛を連れて教会から出てきた。
「この通り、ドラゴンを従えましたぞ! 勇者の生まれ変わりも連れて参りました! 全部……私の……私の功績だ……!」
余りにも必死に叫ぶグランドル伯爵に国王陛下は引き気味だ。
護衛を行っている王国兵も警戒を強めている。
荒い呼吸をするグランドル伯爵を余所に、リンシアが国王陛下へと近付いていく。
「お言葉ですが、これは王国より救援要請を受けた帝国の功績です」
「なんだと小娘! 手柄を横取りするつもりか! ドラゴンを手名付けたのはアレクシスだ! アレクシスは私の所有物だ! この功績は私のものなのだ!」
「いえ、あなたはアレクシス様を存在しないものとし、追放したはずです。存在しない人の功績を自分のものと言い張るつもりですか?」
リンシアに噛み付いたグランドル伯爵の言葉が、バッサリと切り捨てられる。
「うるさい黙れ! アレクシスは……私のものだ……!」
「グランドル伯爵、控えよ。帝国の使者の話を聞きたい」
それでも喰いかかるグランドル伯爵に、国王陛下が控えよと命令するが――、
「ぐうんんぎぎぃぃぃ――――――ッ!」
グランドル伯爵は密偵を振り払い、俺の両肩を掴む。
密偵がグランドル伯爵を取り押さえようとしたが、俺が待ったをかけた。
これは、俺が付けなければならない。
けじめだ。
「お前は私の所有物なのだ、なあ、そうだろ! そうだと言え! 私はお前を評価していた! 勇者の生まれ変わりだと見抜いていたんだ!」
誰がどう見ても気が狂っている男を前に、俺は黙って視線を送り続ける。
「あの時は悪かったと思っている! 気が立っていたんだ! ドラゴンを従えた魔法、アレは素晴らしかった! お前ならできると思っていた! アレクシス! お前は、この国の未来に――必要な人間なんだッ!」
グランドル伯爵の叫びを聞き終え、俺はゆっくりと口を開いた。
「――もう遅い」




