198 救済
巨神同士がぶつかり合った瞬間。
世界という概念が揺れた。
神の力は世界を作ることも、世界を壊すこともできる。
それほどの力を持った者が二柱、全力でぶつかり合ったならば空間が不安定になるのは必然だろう。
『俺の魂を転写して、記憶も共有されたってんならなんで邪魔をする』
『共有したからこそ、止めないといけないって思ったんだよ』
上位世界と下位世界が混ざり合い、本来存在しえないものが現れては消えて、消えては現れたりする。
およそ普通の人間には理解の及ばない精霊の遺物が周囲に浮かび、朽ち果てていった。
『わかったように言ってんじゃねぇ』
『わかるさ、俺なんだから』
ドラトニスの手には魔剣フラガラッハが握られていた。
振りかざされた剣を防ぐように、聖剣カラドボルグを顕現させる。
今の俺は完全に四足歩行のドラゴン形態なので、口に剣を咥えるスタイルだ。
斬撃が空間を切り裂き、周囲の概念は更に歪んでいく。
『お前は差し伸べられた手を握らなかった』
ドラトニスからの返答はない。
帰ってくるのは巨大な剣による攻撃だけだ。
『コルネリアの命を犠牲にしてどん底にあったのは知ってる、お前と分岐する前に同じ経験をしたからな』
記憶の共有がなされ、俺はドラトニスであった頃の記憶も完全に持ち合わせている。
『あの時、アディソンとミミーがお前に差し伸べた手を。お前は自分で振り払ったんだ。過去を見て、今を拒絶し、一人でいることを自ら選んだ』
生きていれば辛いこともあるだろう、失うものも多いだろう。
『自らが成長できる機会を拒み、過去に執着したんだ』
それがよくないことだとドラトニスも理解はしていたのだろう。
だからこそ地下空間で「お前は過去なんかに囚われるな、好きに生きろ」と俺に伝えたんだ。
だが、人間であった頃にその決断に踏み切ることができなかった。
差し伸べられた手はもう存在していなかったのだから。
人の命は短い。
アディソンもミミーも死んでしまった後で後悔しても遅いのだ。
だから、生まれ変わった俺はリンシアに差し伸べられた手を、力強く握った。
同じ過ちを繰り返さないようにと。
だが、ホムンクルスとして分岐してしまったドラトニスは違う。
作り物の魂の形は変わらず成長することができず、地下空間で延々と後悔を繰り返していた。
『今のお前はもうホムンクルスじゃない。本物の魂を手に入れて、成長できる存在なんだ』
『もう遅い、この世界に俺の居場所なんて存在しないんだよ。だから新しい世界を作るんだ』
『自分から一人になっておいて追放者気取りか? もう遅いなんてあるかよ、聞こえないのかよ、さっきからお前の名前を呼ぶ声が』
今、俺を構成しているドラゴンの体には他の勇者パーティーとドラトウス、ドラキュリアの魂も含まれている。
魂が繋がりあい、強大な力を持つ一個体を保持しているのだ。
体を統べるのは俺だが、それぞれの魂は独立して存在しており、後で切り離して元の肉体に戻すことも可能だ。さすが神様パワー。
その独立した魂、アディソンとコルネリアとミミーが必死にドラトニスに対して訴えかけている。
ドラトニスが耳を塞ぎ、聞こえない振りをしているだけだ。
『……ヤメロ』
『もういいだろう、ドラトニス。お前は一人じゃないんだよ』
『――ヤメロヤメロヤメロ』
『みんなの手を取るんだ』
『ヤメロ――――――――――――――ッ!!』
ドッと、ドラトニスの肉体から黒いギラギラとした魔力が噴出した。
力を奪う際、取り返せたのはほとんどがアーネリアフィリスであった部分だ。
残りのジュレストネレスはドラトニスの中に残り続けている。
恨みの籠った感情が暴走し、魔力を噴出させているのであると思われる。
ドラトニスは最後まで決断を迷っていたはずだ。
でなければ、帝都の人間を全員安全な場所に転移させるだんて面倒なことをするはずがない。
ホムンクルスの状態から新たな命を与えられた段階で、ジュレストネレスに心が蝕まれ始めたのだろう。
ドラトニスの肉体はいつか見た魔王のように真っ黒な魔力で覆われていた。
もうドラトニスとは呼べない存在だ。
『なあジュレストネレス、お前にも言いたいことが色々あるから。後でじっくりとお話しようじゃないか』
『√﹀╲_︿╱﹀╲/╲︿_/︺╲▁︹_/﹀╲_︿╱▔︺╲/————!!』
奇声を発しながら向かってくる神に向けて、魔法を発動させる。
ドラトニスが本来、ジュレストネレスを倒す……いや、元に戻すために考えに考え抜いた魔法を。
『救済の魔法』